ダイオウイカ ― 深海のミステリー (協力:動物研究部 窪寺恒己)

ダイオウイカが現れた!

2010年2月20日,現存する世界最大級の無脊椎動物,ダイオウイカ(Architeuthis sp)が,新潟県新潟市の海岸に漂着しているのが発見され,新聞・ネットニュース等で報道されました。腕を含めた全長3.4メートル,胴の部分の長さ(外套長)は1.7メートル,体重は109.2キロ。残念ながら既に死んでいましたが,傷などが少なく良い状態とのことです。

日本海に面した山陰地方や能登半島では,冬,ダイオウイカが稀に海岸に漂着して話題となることがあります。過去のニュースを調べてみると,近いところでは2007年,島根県大田市沖で漁をしていた男性が漂流していたダイオウイカの死体を回収したとあります(※1)。外套長1.35メートル,新潟の個体では失われていた,腕の中でも最も長い触腕と呼ばれる2本が残っていたため,それを含めた全長は6.7メートルを超えました。
2007年は特に漂着の多い年で,これを含めて7個体が見つかっています。しかし,2008年,2009年は一個体も記録がありませんでした。

国立科学博物館では,動物研究部の窪寺恒己・無脊椎動物研究グループ長が,長年にわたり日本近海をはじめとする北太平洋の中層・深層に棲息する大型頭足類の分類や生態などを調査,研究しています。
今回新潟で発見されたダイオウイカも,受け入れ先のマリンピア日本海(新潟県新潟市)のご厚意で,研究用標本として提供頂けることとなりました。

窪寺グループ長と言えば,2004年に小笠原諸島父島付近の近海で,生きているダイオウイカの写真撮影に世界で初めて成功したことでご存知かと思います。更に窪寺グループ長は,2006年には同じく小笠原諸島弟島近海で生きたダイオウイカを釣り上げ,海面近くで暴れるダイオウイカの姿を動画に撮影することにも成功しました。ダイオウイカの釣獲自体は小笠原や沖縄などで前例がありますが,生きて動いている姿が動画で記録されたのは世界初でした。

※1 山陰中央新報社による

ツツイカ類の体(筆者画)ツツイカ類の体(筆者画)

ダイオウイカを追いかける

欧米では伝説の海の魔物クラーケンのモデルとも言われ,日本国内でも人気RPGにモンスターとして登場するなど,大型頭足類の中では抜群の知名度を誇るダイオウイカ。科博でも地球館1階『サイズへの挑戦』に液浸標本を展示しています。
しかし知名度とは裏腹に,ダイオウイカの生態は長い間謎に包まれて来ました。深海に暮らすダイオウイカが人間の生活圏に現れることは滅多になく,サンプルの入手は今回のような漂着・漂流や,トロール漁などで稀に,偶然捕獲される個体に頼っているためです。

ダイオウイカは何処に,どの程度の数棲息しているのでしょうか。何を食べ,何に食べられているのでしょうか。何年くらい生きるのでしょうか?

それらの疑問に迫るため,窪寺グループ長は2001年より調査チームを結成して,ダイオウイカを含む中深層性大型イカ類の調査・研究を開始しました。
ダイオウイカの居場所についてヒントを与えてくれたのは,マッコウクジラでした。高い潜水能力を持つマッコウクジラは,水深数百メートルから千メートル以上まで潜ってそこに棲むイカを食べています。調査捕鯨で捕獲されたマッコウクジラ約30頭の胃内容物を専門研究者と窪寺グループ長が調査したところ,95%以上がイカ類だったことが判りました。ダイオウイカなど巨大イカ類の肉片や顎板(からすとんび)も含まれており,他の中型・大型のイカに比べて被食数は少ないものの,体が大きい分,重量比では比較的大きな割合を占めていました。
マッコウクジラの個体数は,日本近海を含めた西部北大西洋だけで約10万頭と推定されています(2001年,日本鯨類研究所)。この数のマッコウクジラを支え,なおかつ自分たち自身,食い尽されてしまわないだけのイカ類がその海域に潜んでいるであろうことは疑いありません。そしてそのイカたちの中に,ダイオウイカもいる筈です。

小笠原式深海縦縄漁具構造図小笠原式深海縦縄漁具構造図(提供:窪寺恒己)
調査方法のヒントとした漁具の構造で,調査に使われた縦縄そのものではありません。
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1990年代後半以降,ダイオウイカを撮影,或いは捕獲しようという試みは世界各地で行われて来ました。潜航するマッコウクジラにカメラを取り付けてみようとしたり,深海探査艇で直接探したりもしました。しかしダイオウイカの姿は,捉えられないままでした。

探査艇等が近付いて行くことで,イカが驚いて逃げてしまっているのかも知れない,そう考えた窪寺調査チームは,イカを刺激せず,深海の環境にもなるべく影響を与えない調査方法を模索しました。そして考え出されたのが,ソデイカやアカイカなど比較的大型のイカの漁獲に使われる漁法,樽流縦縄漁法(※2)を応用する方法でした。その方法を具体的にご紹介しましょう。

旗をつけた浮きにポリエステルとナイロンでできた縦縄をつけ,縦縄の先に水中データロガーを,更にその下にイカ釣り用の仕掛けを取りつけました。仕掛けは3メートルのテグスの下端にソデイカ用のイカ針をつけ,餌として生スルメイカを吊るしたものでした。テグスの途中には枝糸をつけて,一方には釣針とスルメイカ,もう一方には匂いでダイオウイカを誘うため,すり潰したオキアミをたっぷり詰めたメッシュの袋を取りつけました。
データロガーはデジタルカメラとストロボ,タイマー,深度センサーがセットになったものです。設定した推進に達するとカメラのスイッチが入り,一定の時間間隔で自動的にデジタル画像を撮影できるようになっています。国立極地研究所が,アザラシなどの潜水行動を調査するために開発したものを借用させて貰いました。

小笠原ホエールウォッチング協会からの情報で,マッコウクジラは毎年9月から12月に掛けて,小笠原諸島近海にメスと子どもが群れで現れ,特に父島の南東10~15キロの大陸斜面によくいることが判りました。潜航する深度は日中で800~1000メートル,夜間では400~500メートルで,餌となるイカもこの付近にいる可能性が高そうです。
窪寺調査チームは2002年10月,小笠原での縦縄調査を開始しました。縦縄の長さはクジラの潜航深度に合わせて400,600,800メートルの3種類とし,2003年からは1000メートルのものも追加しました。

※2 1960年代に兵庫県でソデイカを釣るために考案された漁法です。目印となる旗をつけた大きな樽を浮き代わりに,樽の下に縄,縄の先にテグス,テグスの先にイカ針をつけて海中に垂らします。テグスに分枝をつけて,複数のイカ針を同時に使う場合もあります。数時間後に巻き上げると,針に引っ掛かったイカが獲れます。

ダイオウイカを撮影する

2004年に撮影されたダイオウイカ写真:2004年に撮影されたダイオウイカ(提供:窪寺恒己)
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2002年から始まった窪寺調査チームの調査・研究は,2004年のダイオウイカの撮影でひとつのハイライトを迎えました。2005年に公表された英語論文(※3)から,撮影の様子を紹介しましょう。

2004年9月30日,撮影を終えて巻き上げられた長さ1000メートルのイカ針に,1本の巨大な触腕が引っ掛かっていました。触腕とはイカ類が獲物を捕まえる時に使う腕のことで,10本の腕の中で特に長い2本をいいます。
窪寺調査チームはこの触腕を陸へ持ち帰ると共に,ロガーのデータを確認し,触腕の持ち主の姿を探しました。するとそこには,海面下約900メートルに現れたダイオウイカが腕を大きく広げ,獲物を包み込むように丸めた触腕を口の方へと引き寄せている様子が撮影されていたのです。
窪寺調査チームは得られた画像から,ダイオウイカは仕掛けとほぼ水平の方向からやって来て,餌のスルメイカを触腕で攻撃し,その際に触腕の一方をイカ針に引っ掛けたものと考えました。引っ掛かった後は泳いで針から逃れようとしたのか,続く画像からはダイオウイカの姿は消えました。やがて再び姿が写るようになりましたが,今度は腕と触腕を針とテグスに巻きつけて,針を外そうとしているように見えました。この80分の間にロガーは水深900メートルから600メートル付近まで引き上げられていました。
ダイオウイカはその後疲れたのか,仕掛けを強く引くことはなくなったようです。ダイオウイカとロガーは縄の長さいっぱいまで,徐々に沈んで行きました。
最初の映像から4時間13分後,ダイオウイカは逃げ去りました。仕掛けの糸が大きくたわんだ写真からそれが判りました。後には1本の触腕が残りました。ダイオウイカは自らの泳ぐ力で触腕を付け根から切ってしまったのです。

回収された触腕の長さは6メートル。先端の掌部の長さは72センチで,4列に並んだ吸盤がついていました。内側の2列の吸盤が特に大きく,直径は28ミリありました。この測定値とこれまでの漂着個体などから得られたデータを元にして推定すると,触腕の主は外套長約1.7メートル,腕を含めた体長は4.7メートル,触腕を含めた全長は8メートルを超えると試算されました。
また,触腕の筋肉からミトコンドリアDNAを採取することにも成功しました。これまでに日本近海で得られた5個体のダイオウイカのDNAと照合し,99.7~100%合致したため,DNAからもダイオウイカだと確信することができたとのことです。

更にもう1つのハイライトは,2006年のダイオウイカの釣獲と動画撮影の成功でした。国立科学博物館が当時行った記者発表から,その時の状況を紹介します。

2006年12月,窪寺グループ長が調査のためチャーターしていた漁船の縦縄で,1個体のダイオウイカが釣獲されました。データロガーをつけた縦縄ではありませんでしたが,縦縄の長さが650メートルだったので,およそその深度で掛かったものと考えて良いでしょう。
窪寺グループ長の話では,ダイオウイカは最初にイカ針にかかったアカイカを,その長い腕で抱くようにして上がって来たそうです。恐らくイカ針にかかったアカイカを捕食しようとして自分自身も針に引っ掛かったのでしょう。

深海から引き上げられて来たにも関わらず,ダイオウイカはまだ元気に生きていました。記録用ビデオカメラで撮影されたダイオウイカの映像を筆者も見ましたが,長く太い腕を動かしたり,漏斗から海水を噴き出したりする様子は釣り上げられまいと抵抗しているようにも見えます。体の色は背側が明るい赤褐色,腹側が白でした。
このダイオウイカは船に引き揚げられる途中で残念ながら死んでしまったそうで,赤褐色の表皮も脆いものだったのか大部分が剥けてしまったとのことです。触腕は2本ともなくなっていましたが,触腕ではなく腕でアカイカを捕獲しようとしていたことから,釣り上げられたためではなく,それ以前から失った状態で生きていたのだろうとのことでした。
外套長は約1.4メートル,ヒレから腕までの体長は約3.5メートル,体重は約50キロでした。

※3  Tsunemi Kubodera and Kyoichi Mori (2005)
First-ever observations of a live giant squid in the wild.
Proceedings of the Royal Society B

ダイオウイカの生態と謎

漏斗から水を噴くダイオウイカ_2006年の釣獲個体漏斗から水を噴くダイオウイカ。2006年の釣獲個体(提供:窪寺恒己)
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分類

ダイオウイカはツツイカ目開眼亜目ダイオウイカ科に属します。
窪寺グループ長による調査・研究で,日本近海のダイオウイカは外套長と腕の長さの比率やひれの形などから複数種,または複数亜種いるらしいことが示唆されています。
腕が比較的細く長い個体と,太く短い個体とを見比べてみると,素人目に見ても同じ種類ではないように見えます。しかしそれらの個体のミトコンドリアDNAを比較してみたところ,見た目の違うダイオウイカ同士でも,日本と海外で採集されたもの同士でも,DNAの塩基配列にはほとんど違いがなかったのだそうです。
ミトコンドリアDNAの一部領域が同じだったからと言って,必ずしも同じ種であるとは限りません。他の遺伝子も解析すれば違いが見つかる可能性もあります。見た目の違いが種の違いなのか,個体差なのかは今のところ結論が出ないとのことです。

食う・食われる

2004年の映像と2006年の釣獲から,窪寺調査チームはダイオウイカが日中,水深650~900メートルの中層域で餌を採っていることはほぼ確実であると結論づけました。これはマッコウクジラが日中潜水する深度ともほぼ重なっています。
調査チームによれば,ダイオウイカが何を食べているのかについての情報は未だ十分ではないと言います。しかし,2004年には仕掛け針に掛けられたスルメイカ,2006年には針に掛かって弱ったアカイカを捕食しようとしていることから,自分より小型のイカ類を好んで食べている可能性は低くないとのことでした。また,漂着個体などからは,小型のソコダラ類を食べていたという記録も残っているそうです。
一方でマッコウクジラはやはり天敵である可能性が高そうに思えます。マッコウクジラが確実にダイオウイカを捕食していることを証明するためには,現場が観察される,あるいは撮影されるまで待つ必要があるのでしょうが,潜航深度が重なっていること,マッコウクジラの胃内容物からダイオウイカの肉片が見つかることなどを聞くと,マッコウクジラとダイオウイカが深海で戦う姿をつい想像してみたくなります。
私たち人間はどうなのでしょうか?窪寺グループ長の体験では,アンモニア臭く,とても食べられたものではなかったとのことです。ダイオウイカの筋肉には,深海で浮力を保つため,アンモニアを含んだ細胞が分布しているためとのことでした。

運動能力

写真・動画が撮影される以前は,筋肉にアンモニアが含まれることから,ダイオウイカは筋肉に締まりがなく,それほど活発に動き回ることはできないと推測されて来ました。触腕も体からだらりと垂れ下がった状態で,自分より下層にいる生き物を捕える為に使う程度のものだと考えられていました。
しかし前頁でもご紹介している通り,窪寺調査チームは2004年に撮影した写真から,ダイオウイカが自分とほぼ水平の位置にいる獲物に触腕で攻撃しているらしいこと,更には獲物を補足した後,触腕を丸めて抱え込み,口元に引き寄せているらしいことが判ったと発表しました。その様子は,大蛇が餌を捕えた後に体を丸め,獲物を締め上げて弱らせる行動にも良く似ているように見えたそうです。そうだとすればダイオウイカはこれまでの想像に反して,活発な捕食者なのかも知れません。
ダイオウイカがそうしているかどうかは確かめられていませんが,多くのイカ類は漏斗からの水の噴出と,ヒレの羽ばたきを使って素早く,自在に泳ぐことができます。針に掛かった触腕を自分の遊泳力で引き千切って逃げた可能性があること,また2006年の動画で,漏斗から大量の水を噴き出している様子から,ダイオウイカも高い遊泳能力を持っている可能性が示唆されています。

性別

窪寺グループ長によれば,2006年に釣獲されたダイオウイカは,外套膜の内側に未発達の卵巣が確認されたため,未だ成熟していないメスだったことが判ったそうです。また,他の個体でも性別は判っている場合が多く,全体としてメスの方が,オスより大きくなる傾向があるとのことです。
2004年の画像に映った個体については性別が判る写真はなかったとのことですが,外套長が1.7メートルと大型なことから,恐らくメスと考えて良いだろうとのことでした。

その他

2006年の個体では触腕は失われていたと先に紹介しましたが,調査チームの報告によると,つけ根から切れた傷痕のうち一方は治りかけていたそうです。他の腕で獲物を獲っていたことから考えても,触腕を失うことは捕食や遊泳にとって致命的とはならないのではないかとのことでした。しかしこの個体は未成熟であり,このまま生き続けた場合,触腕の揃った個体と同程度の大きさまで成長できたかどうか,成熟後の繁殖に支障がなかったかどうかは判らないとのことです。

このようにして少しずつ生態が明らかとなってきたダイオウイカですが,残された謎もまだまだ沢山あります。
窪寺グループ長は今後もダイオウイカの研究を続けていくとのことですので,新たな発見,謎の解明にこれからもどうぞご期待ください。

(研究推進課 西村美里)

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