海に棲んでいる哺乳類たちについて知ろう!“海棲哺乳類の多様性―東アジア沿岸域の現状―”
海に棲んでいる哺乳類たちについて知ろう!─海棲哺乳類の多様性 東アジア沿岸域の現状

今年2010年は国際連合が定めた「国際生物多様性年」です。様々なところで、“生物多様性”という言葉を聞きますね。来月10月には、名古屋市で生物多様性条約の第10回締約会議(COP10)が開催されます。
「COP (Conference of the Parties)」とは、国際条約を結んだ国の関係者が条約の内容について議論し,方針を定めていく会議(締約国会議)のことです。多様な生き物や生息環境を守って、その恵みを将来にわたって分け合っていくために結ばれた生物多様性条約の「COP10」(10回目の締約国会議)には様々な国から約8000人もの人々が参加するということです。
今年は、国立科学博物館でも、生物多様性をメインテーマとして、春から特別展「大哺乳類展―陸のなかまたち」、そして企画展「日本の生物多様性とその保全」を開催しました。そして、「大哺乳類展」の第二部として、イルカ、クジラ、ジュゴン、マナティ、オットセイやアザラシなど、海棲哺乳類を紹介する特別展「大哺哺乳類展―海のなかまたち」(2010年7月10日(土)~9月26日(日))を開催しています。
8月28日には特別展「海のなかまたち」の関連イベントとして、国際シンポジウム「海棲哺乳類の多様性」(主催:国立科学博物館、後援:文部科学省、環境省、朝日新聞社・TBS、国際自然保護連合・日本哺乳類学会、日本動物園水族館協会、日本セトロジー研究会)が開催されました。このシンポジウムでは、特に東アジアの沿岸性の海棲哺乳類に着目して、第一線で研究されている研究者たちが集合し、現在の研究の状況について報告と、これからについての議論が行われました。東アジアの沿岸性の水域には、スナメリやコククジラなどの鯨類、ゴマフアザラシやトドなどの鰭脚(ききゃく)類、そして、この地域では唯一の海牛類であるジュゴンなどが生息しています。沿岸部は、身近であると同時に私たちの社会活動の影響を最も受けやすい場所でもあります。
今回のホットニュースでは、2010年8月28日に一般向けに開催されたシンポジウムの内容で、我が国とアジアの国々での海棲哺乳類の現状と共生についての講演内容を紹介します。海で暮らす哺乳類のなかまたちについて、かれらの現状に関する研究の成果とこれからの課題について紹介したいと思います。
アジア沿岸域の海棲哺乳類の現状 ─今、かれらはどのように生活しているのだろうか?

アジア沿岸域の様々な海棲哺乳類の現状の報告について紹介していきましょう。
揚子江における鯨類保全と絶滅の可能性が高いヨウスコウカワイルカ
揚子江を分布域とする鯨類は、ヨウスコウカワイルカ(学名:Lipotes vexillifer)とヨウスコウスナメリ(学名:Neophocaena phocaenoides asiaeorientalis)の2種です。これら両種とも、過去30年の間に大きく個体数が減少してしまい、分布域も大幅に縮小しました。
特にバイジー(ヨウスコウカワイルカ)については、事実上の絶滅が2006年に宣告されました。これは国際的な研究者チームによって、分布域全域での広範な調査で一頭も発見されなかったことによります。この時の調査による、ヨウスコウスナメリの最新の個体数推定では約1800頭で、1991年以来、半数以上が消滅しており、年間の減少率は5%になります。これらの両種が直面してきた主な脅威は、乱獲、違法な捕獲、過密な水上交通、土木工事、水質汚染などです。
これまで30年間に現地での、保護水域、飼育下での保全対策が行われてきており、これからの、河川での(少なくとも現在の保護水域における)漁業の禁止、現在のTian-e-Zhou Oxbow保護区の拡張と類似の保護水域の制定、飼育繁殖プログラムの強化など、将来の保護を行っていくことが重要です。
ガンジスカワイルカの現状
ガンジスカワイルカ(学名:Platanista gangetica gangetica)はインド亜大陸に棲息する淡水性鯨類の中で最もカリスマ性のある大型動物であり、インド、ネパール、バングラデシュを流れるGanga-Brahmaputra-Meghna川とSangu-Karnaphuli川の両水系に分布します。ガンジスカワイルカは、潮間帯から遊泳可能な流域の全域に分布しています。全分布域の約2500頭、そのうちインドには2000頭以上、ネパールに数10頭、残りがバングラデシュに棲息しています。ガンジスカワイルカがさらされている脅威として深刻なものは、油脂を求める密漁、河川水質の汚染、流量の減少、沈泥、個体群を分断する堰やダムの建設による河川の変化などの環境の劣化などで、有機塩素、有機スズ、フッ素置換化合物、重金属など、河川中の有機物質の増加が自体をさらに悪くしています。
これらの結果として、全流域でガンジスカワイルカの個体数は減少しており、インドやネパールの小さな支流の大半、ヒマラヤの麓からのガンジス川本流約100kmなどでは完全に見られなくなっています。ガンジスカワイルカはインドの野生生物(保護)法(Wildlife(Protection)Act 1972)の第一カテゴリに含められて法的に保護されていますが、過去20年間、この法律の実効は現れていませんでした。
1980年代と1990年代の研究と保全の努力によって、ガンジスカワイルカの現状と、ガンジスカワイルカが直面している脅威が明らかにされただけでなく、大衆の認識も向上しました。2001年には、司法の介入があり州と中央政府に保護の手立てを講ずるように要請がなされました。このことによって、行政官、メディア、一般大衆の問題に対する意識を敏感にしました。2010年にはインド政府はガンジスカワイルカをNational Aquatic Animal(国の水産動物)に指定して、特に若い市民の関心を高め、保全と保護の支持を得ようとしています。
日本のスナメリの動向と保全
スナメリは体長1.5-2mの小型鯨類で、ペルシャ湾から中部日本に至る、水深50m以浅の海と一部大河に生息します。このような線状の分布により、地理的変異の蓄積が進んで、たくさんの個体群が形成されたと考えられます。系統分類学的な考察のためには、地理的変異の全体像を把握することが先決です。スナメリの生息域は、人類の影響を受けやすく、多くの個体群が存在が認識されることなく消滅するのではないかと危惧されています。
日本沿岸のスナメリの分布は、大陸とは不連続で、5個以上の個体群からなります。それらの一つである瀬戸内海個体群について、2回のフェリー調査(1976-78年、1999-2000年)の結果を比較してみると、1) 発見頭数/航海は全18ルートで低下している、2) 発見頭数/kmは、中部・東部海域で約10%に、西部海域で約50%に低下している、3) 面積を考慮すると瀬戸内海個体群は1/3に低下(年減少率5%)したことが示されています。多くの漁業者は、第1回調査時以前から減少があったと考えています。
減少の原因には、事故死(漁網・船舶)、健康被害(残留性化学物質汚染)、生息域消滅(埋立・砂利採取)、生活妨害(音響汚染)などが考えられるなかで、漁網事故のみが実証済みで、かつ現実に対応可能なものでもあります。これ以上の減少を止めて、かつ個体数の回復を図るためには、漁業事故防止に速やかに取り組むことが不可欠であると考えられます。これは他の生息地にも共通する課題であるといえます。
タイ海域の鯨類とシャム湾北部の沿岸個体群の分布
タイ海域(アンダマン海とシャム湾)では25種の鯨類が記録されています。タイの海岸線延長、約 2,610 kmのうち、シャム湾北部の海岸線はは402 kmあります。この海域の面積は9,530 km2あり、7つの行政区画(都道府県に匹敵)にまたがります。この海域において、目視調査やストランディング調査は2003年に始まり、カツオクジラ(学名:Balaenoptera edeni)、カワゴンドウ(学名:Orcaella brevirostris)、スナメリ(学名:Neophocaena phocaenoides)、シナウスイロイルカ(学名:Sousa chinensis)、ミナミハンドウイルカ(学名:Tursiop aduncus)、ユメゴンドウ(学名:Feresa attenuata)、ハセイルカ(学名:Delphinus capensis)の7種が確認されています。もっとも多いのはカワゴンドウで、100頭程度ですが河口付近や海岸線沿いで1頭でまたは15頭程度の群れで見ることができます。10頭程度(群は1-4頭程度)のカツオクジラや、30頭ほどのスナメリが沿岸で見られます。シナウスイロイルカは回遊性のようですが、 5頭見られています。ユメゴンドウ2頭、ミナミハンドウイルカとハセイルカ各1頭ずつのストランディングが報告されています。
カワゴンドウとカツオクジラは、通年この海域で摂餌している可能性があるのですが、カワゴンドウが最も頻繁に見られるのは10月から1月、カツオクジラは4月から9月です。カワゴンドウは、特にナマズ(学名:Plotosus canius)を好んで食べる傾向があります。カツオクジラは、アンチョビのなかま(学名:Stolephorus indicus) とイワシ (学名:Escualosa thoracata)などを食べます。さらに、小型の甲殻類 (学名:Acetes, Lucifer, Mesopodopsis, Acanthomysis)をも食べているようです。1頭あるいはグループで岸から3~20km 、深さ10~15m程度の海域でよく突進摂餌しています。小型鯨類に対する脅威は、漁具や人工の堰などです。タイでは、鯨類は全て野生動物保護保全法(Wild Animal Preservation and Protection Tax Act B.E.2535)(1992年)によって保護されています。
日本周辺におけるミナミハンドウイルカの生活
ミナミハンドウイルカ(学名:Tursiops aduncus)はインド洋から太平洋西部の暖温帯から熱帯域に分布します。九州の天草諸島、伊豆諸島御蔵島、小笠原諸島周辺海域には周年定住型の個体群が生息します。身体や背びれの傷を自然標識として個体を識別して個体数が推定されていますが、いずれの個体群も数百頭以下と小さいです。本種は浅い沿岸域に分布して、人間との関わりとしては、イルカウォッチングの対象となっており、あるいは漁具に絡まるなどの事故にあうこともあるようです。
北海道周辺における鰭脚類(ききゃくるい)の現状と生態の変化
北海道周辺には鰭脚類(ききゃくるい)のうち、5種類のアザラシ科(ゴマフアザラシ・ゼニガタアザラシ・クラカケアザラシ・ワモンアザラシ・アゴヒゲアザラシ)と2種類のアシカ科(トド・キタオットセイ)が来遊し、生息しています。その中でも、アザラシ科のゴマフアザラシとゼニガタアザラシ北海道で良く見られます。
ゴマフアザラシとゼニガタアザラシは近縁種ですが、その生態には違う点が多くみられます。両者とも近年狩猟の減少に伴い個体数が増加しており、さらにゴマフアザラシは流氷勢力の減少によって、これまで来遊のほとんどなかった北海道日本海側に、年々その来遊の個体数が増加し、上陸場の増加もみられ,来遊場所が南下拡大し、来遊時期は早期化して退去時期は遅延化する傾向が見られています。礼文島では周年棲息が、そしてトド島での繁殖も確認されています。一方で、ゼニガタアザラシは新しい上陸場は増加していませんが、同じ上陸場内での上陸する面積は拡大しています。また、20年前と比べると、雌雄ともに小型化し、性的二型が無くなり、繁殖年齢も高齢化していることが明らかになっています。
タイのジュゴン保全のための藻場の重要性
タイでは最近10年ほどの間に藻場が大変重要であるという認識が深まっています。藻場とは、沿岸域(大陸棚)に形成された様々な海草・海藻の群落のことです。2004年には約150 km2におよぶ藻場のマップが作成されました。現状では、藻場の海藻は12種が報告されているに過ぎません。しかし、藻場は,経済的に重要な種や多様性の高い海洋動物相と植物相が育つ場を提供して、重要な役割を果たしています。
ジュゴンとウミガメは、藻場を餌場としています。藻場で摂餌する大型の動物には,ミナミハンドウイルカ、カワゴンドウ、シナウスイロイルカ、スナメリなどが含まれます。マレー半島の西側のアンダマン海の藻場では、多種にわたる魚類や無脊椎動物が多数知られています。タイの藻場は、小規模漁業にとって非常に重要です。 2004年のインド洋大津波以降、藻場は海岸を浸食から守るために重要な役割を果たしていると考えられるようになりました。しかし、プッシュネットや沈泥などの人間による攪乱は長期にわたり藻場の劣化を引き起こしています。
最大の藻場はTrang 地方の海岸線で総計34km2に及び、ジュゴンの最大の群が棲息しています。Trang地方の住民は、「ジュゴン」との関連で藻場を保護してきました。彼らはジュゴンを目玉の一つにしているからです。地元自治体は1991年に、Trang地方の四つの主要な藻場での、ジュゴンに有害だったり、藻場を汚染したり、するような操業の禁止を宣言しました。これら四つの地域での違法操業を減少させようとするパトロールが、地元の住民と七つのセクターの協力で行われています。2007年には藻場とジュゴンのための国の行動計画が作成されました。藻場はジュゴンの食事の場所であるだけでなく繁殖と子育ての場でもあるのです。このように、藻場の保全はジュゴンを保全する有効な解決策のひとつであるといえるでしょう。
沿岸域の海棲哺乳類との共生─海の哺乳類と私たち

水族館における海獣類の保護
日本の沿岸では海獣類の漂着が数多く確認されています。このうち、生存しているが海に帰すことのできない個体の保護収容施設となっているのが動物園・水族館です。(社)日本動物園水族館協会が実施している血統登録台帳によると、過去40年間に22種523個体の保護例が報告されています。鴨川シーワールドでは、1970年のオープン以来、17種39頭の海獣類を近隣地域より保護収容しています。これらの個体は重篤な状態で収容されることが多く、獣医学的な治療とリハビリテーションにより健康状態の回復を図っています。保護収容個体の飼育を通して、飼育や医療技術の向上がもたらされ、新たに生物学的な知見を得ることができます。また、展示を通して一般の方への関心を高めることで、社会教育上で重要な機会にもなるでしょう。
台湾でのイルカ・クジラに対する意識の変革
台湾における鯨類保全が始まったのは1990年の春、国内外のメディアによって、膨湖(ポンフー)諸島での漁業者によるイルカ殺戮が報道され、批判されて以来のことです。同年8月には鯨類全種が,1989年に制定された野生生物保全法(Wildlife Conservation Act)による保護種のリストに加えられました。鯨類の研究とそれに関連した一般の方への教育プログラムは、それ以来拡充されてきました。2つの主要な成果として、1) 1996年には全土をカバーするストランディングネットワークができ、鯨類のストランディングに多数の機関が関与することになったこと、2) 台湾におけるホエールウォッチング産業は1997年に発足して以来、年間20万人が楽しんでいること、です。
最近では、台湾西海岸の沿岸域に棲息するシナウスイロイルカ(Sousa chinensis)の保全に関心が向けられており、このイルカの95%は水深15m未満の水域で発見されています。この個体群は非常に小さく、100頭以下と推定されており、おそらく孤立しているでしょう。岸近くの水域を好むので、特に人類の活動に由来する脅威に影響されやすいと考えられます。工業・産業開発等の深刻な圧力のなかで、研究者、産業関係者、NGO、政府は、しっかりした研究に根ざした情報の収集に努めており、現実的な保全と問題緩和の方策を求めて努力を重ねています。
コククジラ西太平洋個体群の保全とアジア東部並びに東南部の沿岸性海棲哺乳類の保全について
生物多様性の観点からすると、コククジラはヨウスコウカワイルカ(バイジー)のように、哺乳類のコククジラ科では唯一の生き残りです。ですから、コククジラが絶滅するようなことがあれば、バイジーの絶滅と同じくらい、あるいはそれ以上に壊滅的なできごとになるでしょう。しかし、コククジラはバイジーとは異なり、狭くて特異的な棲息地に定着しているわけではありません。それどころか、コククジラの近世までの分布は北半球の両大洋にまたがって、北大西洋の個体群が姿を消したのは17世紀以降ですが、それはおそらく捕鯨のためで、西太平洋個体群はかろうじて捕鯨による絶滅を免れました。数個体が商業捕鯨時代を生き抜いて、現在の個体数は120~140頭で、ゆっくり増加しています。東太平洋の個体群も、捕鯨によって大量に捕獲されたため、ひどく減少しましたが、現在では約20,000頭が確認されています。岸近くの海域を離れられないので、捕鯨がなくなったとしても、彼らの存在は危うい状態です。そのほかのアジアの沿岸や河口に棲む種と同様に、漁具による事故死や、その他の、例えば石油流出を含む毒性物による海の汚染、船舶との衝突、そして、水中の騒音など、あまりわかっていない脅威による危機にさらされています。これらの脅威は、沿岸域の都市化や工業化によって悪化して、さらに人類の人口動態、経済成長、気候に起因する急速な環境の変化などによっていっそう悪化しているようです。焦点を絞った、積極的な対策がとられない限り、東アジアと東南アジアの沿岸性の海棲哺乳類の将来は明るくならないでしょう。
海棲哺乳類から何を、どう学ぶか?─海棲哺乳類 の研究とこれから

ストランディング個体調査による海棲哺乳類のリスクファクター評価
日本沿岸には海棲哺乳類が漂着するという現象が、年間約300件以上起こっています。国立科学博物館ではここ10年、こうした漂着個体を調査・研究して、様々な成果をあげてきました。漂着個体の死因または漂着原因を解明することを目的に、病理学的に研究が進められています。多くの情報を得て初めて、その原因の一端を解明できることが多く、膨大なデータの蓄積が重要視されています。最近では、寄生虫感染と環境汚染物質の蓄積に相関性があることが明らかとなって、海棲哺乳類を取りまくリスクファクター(危険因子)には、1)感染症;細菌、ウイルス、真菌、寄生虫、2)身体的外傷;船との衝突、混獲、外敵、3)新生児および哺乳期個体が母親とはぐれること、4)環境汚染物質による影響、5)疾病などが挙げられます。1個体の中でこうしたリスクファクターは、複雑に絡み合っている場合もあるため、それぞれの個体に隠されたファクターを十分に評価して、死因や漂着原因を特定していかなければなりません。海棲哺乳類を脅かす新しいリスクファクターは現在でも世界中で発見されており、有害藻類の大量発生はそのうちのひとつでありますが、太平洋東側沿岸ではすでに深刻な問題となっています。日本周囲に棲息する海棲哺乳類の被害状況を把握するために、漂着個体の調査を進めています。このような研究成果によって、海棲哺乳類の保全に貢献できることを目指しています。
日本沿岸にストランディディングしたスナメリの化学汚染モニタリング
小型歯鯨類のスナメリ(学名:Neophocaena phocaenoides)は、沿岸での活動が多く、棲息環境の破壊、混獲、汚染物質の曝露など、人間活動の影響を受けやすい種類と考えられています。実際に、日本沿岸に棲息するスナメリについても個体数が減少していることが報告されており、その原因の一つとして環境汚染物質による内分泌かく乱作用が疑われています。鯨類は海洋生態系の高次に位置して、代謝力が弱く体内に脂皮と呼ばれる脂肪組織をもつことから、残留性有機汚染物質(POPs)を高蓄積することが知られています。一方で、近年、電子・電気製品、繊維製品等に使用されているポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)やヘキサブロモシクロドデカン(HBCDs)などの臭素系難燃剤(BFRs)による環境汚染が社会的・学術的関心を集めています。BFRsとは、家電製品や建築材料、室内装飾品などの生活用品を燃えにくくするために用いられる物質ですが、一部のBFRsはPOPsと同様に、生物蓄積性や生体毒性があるために、環境や生物に対する影響が懸念されています。欧米を中心に、BFRsによる環境汚染は多数報告されているものの、日本沿岸に棲息する鯨類については、汚染の実態や蓄積特性、経年的な推移などの情報は限られています。そこで現在、瀬戸内海および大村湾で漂着/混獲したスナメリの脂皮を対象にPOPsやBFRsを分析して、化学汚染の実態と蓄積特性、経年変動の解明の研究が進められています。
海棲哺乳類から何を、どう学ぶか
国立科学博物館では、様々な制約がありますが、現状の許す限り海棲哺乳類の標本収集を行っています。各自の研究は進めなければなりませんが、他方、世界中の研究者の要請に応えられるように、展示目的に提供できるように、メディアの要請に応えられるように、標本を収集しています。伝統的には収集標本は骨格でした。しかし、現在では分子生物学、形態学、病理学、汚染物質解析など、多様な研究領域でも活用できるような軟部組織の標本や情報をも収集する努力を行っています。「珍しい種」を重視しすぎないような努力もしています。「当たり前の種」は、時代を追って状況が変化し、時に棲息状況の再生が不可能になることもありえます。博物館は、良質なデータセットを伴った良質な標本を残さなければなりません。それによって、標本の価値が高められます。標本が様々な研究機関の様々な領域の研究者によって、可能な限り幅広く活用されることを期待しています。
監修・協力 山田格 国立科学博物館 動物研究部 脊椎動物研究グループ長
参考文献
国立科学博物館国際シンポジウム2010 海棲哺乳類の多様性―東アジア沿岸域の現状― 資料集
National Museum of Nature and Science International Symposium 2010 Diversity of Marine Mammals―Along the Asian Coasts