チリの大地震と津波警報 (協力:地学研究部 横山一己)

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大津波警報:緊張の1日を振り返って

2010年2月27日,日本時間同日15時34分,南米,チリ中部の沖合(南緯36.1度,西経72.6度)でマグニチュード8.8(アメリカ地質調査所発表)の地震が発生しました。
3月5日現在の共同通信の発表(新しいものが出れば差し替え)によると,現地ではこの地震で亡くなった方が800人を超え,行方不明の方も多いため被害の全貌ははっきりしていません。5日にもマグニチュード6を超える余震が2回発生するなど,不安が続いているようです。震源に近い地域では飲料水や救援物資の供給が不十分なほか,電力も復旧していません。

地震発生から約18時間後の,28日朝9時33分。気象庁は青森県の太平洋沿岸・岩手県・宮城県に大津波の津波警報(以下,大津波警報と書きます),北海道から沖縄,小笠原諸島を含む太平洋側の広い地域と,日本海沿岸,瀬戸内などの一部の地域に津波警報,オホーツク海沿岸や瀬戸内,西日本の日本海沿岸の一部に津波注意報を発表しました。
大津波警報は高いところで3メートル程度以上,津波警報は同じく2メートル程度の津波が予想される場合に警戒を呼び掛けるもので,津波注意報は高いところで50センチ程度の津波が予想される場合に注意を促すものです。

1メートル以上の津波が観測された地点1メートル以上の津波が観測された地点(気象庁HPによる)

地方自治体ではこれを受けて,大津波・津波警報が発表された地域を中心に,沿岸の住民などに対して避難指示または避難勧告が出されました。28日午後6時現在の朝日新聞の集計によれば,避難の指示や勧告を受けたのは20都道府県で約66万5千世帯,149万8千人に上りました。
交通機関への影響も大きく,国土交通省の取りまとめ(3月2日10時,国土交通省災害情報)によると,鉄道路線ではJR各社などを含む16事業者の合計58路線が,最も長いところで28日の午前11時から翌日の始発までの運転を見合わせました。高速道路は最大3ヶ所,国道は10ヶ所で通行止めとなりました。フェリーも48事業者が運休しました。

津波の第1波が最初に観測されたのは,小笠原諸島南鳥島の検潮所で12時43分,高さは0.1メートルでした(28日13時02分,気象庁津波情報3号)。その後13時14分には茨城県神栖市,13時47分には根室市花咲などに相次いで第1波が到達しました。
3月1日10時33分(同20号。この地震に関する最終情報)までに津波が観測した国内の検潮所は,北海道から沖縄までの各地で,合計118か所に上りました。

幸い津波の高さは予報ほどには上がらず,大津波警報は津波警報へ,津波警報は津波注意報へと段階的に縮小・解除されました。気象庁は3月1日,津波の予測が過大だったこと,警報・注意報が長引いたことについて謝罪しました。
一方で,人的な被害こそ出なかったものの,三陸沿岸では丁度収穫期を迎えていたノリや昆布の養殖施設が壊れ,大きな損害が出ています。ホタテやカキの施設も多数が損傷しました。今年の収穫だけでなく,施設自体の損害によって来年以降にも影響が残るのではないかと心配されています(3/2 gooニュース)。

津波発生と到達のメカニズム

津波の多くは,地震によって海底地殻が変動することで発生します(※1)。
地震の断層運動によって海底が隆起,或いは沈降すると,その上の海面も一緒に上昇,若しくは下降します。津波はこの海面の変動が波となり,放射状に広がったものです。

海水面の変動は,水深の深い沖合ではそれほど目立ちません。波長は数十~100キロメートルにもなるため,一見して波と認識するのは容易ではありません。
しかしその間にも津波は,沿岸へ向かって確実に進んでいます。津波の伝わる速さは(波の高さ+水深)×重力加速度の平方根で表されますが,太平洋の平均深度を4000メートル,深度と比べて津波の高さは極めて小さいので0メートル,重力加速度を9.8(m/s2)として計算すると秒速は約200メートル,時速に直すと約720キロとなり,ジェット機にも匹敵する(実際の速度は飛行条件によって大きく異なります)驚くべきスピードで進んでいることが判ります。

沿岸に近づくに連れて,津波のスピードは遅くなります(※2)。これは深度が浅くなるためで,先述の計算式から導くことができます。しかしこれは津波の危険性が小さくなるという意味では全くありません。一般に深度が浅くなるほど,波の高さが高くなるからです。
波の最初の山が浅瀬に至ってスピードが落ちる時,次の山は最初の山より数百メートルも後ろ,最初の山と比べれば深いところに位置しています。この瞬間のふたつの山の速度を比べれば,最初の山より次の山の方が速く動いていることになります。この結果,後ろの山と前の山との距離が縮まる,言い換えれば波長が短くなります。後ろの波に含まれていた海水は前の波に重なる為,波高は次第に高くなることになります。

津波の発生と伝播津波の発生と伝播(Wikipedia英語版より翻訳・改変)

また,リアス式海岸など,陸側に複雑に入り込んだ海岸線では,水が湾の両岸から押される形になって波高が高くなります。1960年に発生したチリ地震では,三陸沿岸などのリアス式海岸で大きな被害が出たことが知られています。 例えば岩手県の宮古湾では,湾の入り口で1.4メートルだった津波が,湾の奥では6メートルと4倍以上高くなっていました(防災科学技術研究所HP)。
岬の先端付近では,海底がその周囲と比べて浅くなっています。浅い部分では津波の進む速度が遅いため,外側のより深いところを進んでいた波の進路は内向きに曲がります。この波の屈折により,岬の先端では波のエネルギーが集中して波高が高くなります。

もっと広い視野で考えてみると,津波は必ずしも発生地点から直接やって来るものばかりではありません。発生後放射状に広がった津波は,日本だけでなく他の島や大陸の海岸線にも到達しています。海岸線で反射されたり,島や大陸を回り込んだりして,更には別の進路を辿った複数の波が重なったり打ち消し合ったりと,波の進路は刻一刻と複雑に変化して行きます。

このような複雑さ故に,津波の高さを予想することは簡単ではありません。最初に到達した波よりも,後で到達する波の方が高くなっていることも多くあります。
実際,今回の津波についての気象庁の観測情報を全て眺めてみると,第1波を識別することができた全ての観測点で,第1波よりも後で到達した波の方が,観測値が大きくなっていることに気がつきます。最終情報発表までに津波の高さが1メートルを超えたのは岩手県久慈港・高知県須崎港(いずれも1.2メートル)を含めて5ヶ所ですが,それらの場所での第1波は最も高いところでも0.3メートル,微弱あるいは第1波が識別されなかったところもありました。

最初の波が低かったからもう安心…と避難所から引き上げたり,海に様子を見に行ったりしてしまうことは,時に大きな危険に繋がります。決して自分だけで判断せず,気象庁や地方自治体などの呼び掛けに従って行動するようにしてください。

※1 地震の他に,海底地滑りや海底火山の噴火などの海底地形の変化も津波の原因になります。また,陸上で発生した地震であっても,断層が海底まで続いている場合などには津波が起きる可能性があるため,警戒が必要です。

※2 たとえ遅くなっているとはいえ,例えば水深5メートル,津波の高さが5メートルの時,秒速は約10メートル,時速に直すと36キロで,普通の人間が走って逃げるのはまず無理です。速度だけ見れば自動車ならば逃げ切れるようにも思えますが,多くの人が避難を試みれば車が渋滞し,本来のスピードを出せない可能性が高くなります。
 実際,1993年の北海道南西沖地震地震で津波被害を受けた北海道奥尻町では,渋滞やそれに伴なう混乱のため,車で逃げようとした方の多くが津波に巻き込まれてしまいました(石垣地方気象台HP)。

津波Q and A

普通の『波』と『津波』はどう違う?

「海上の波の高さは1メートル(※3)…」テレビの天気予報でよく聞くこの台詞。この予報を聞いて,皆さんはどう思いますか?大きな波が来る,と思いますか?海水浴に向いているとはあまり言えないかも知れません。しかし,直ぐに高台に避難しなければ!と警戒する人はまずいないでしょう。
特に津波と断りのない場合,天気予報などでいう波とは波浪のことです。波浪は風によって海面付近の水が波立つ現象のことで,波長は津波よりずっと短く,数メートルから長くても数百メートルに留まります。表面付近の水だけが動くこと,波長が短いことから,ひとつひとつの波のエネルギーはそれほど大きくなりません。
津波の場合海底から海面までの広い範囲でエネルギーが伝わり,波長が長いため1つの波の山が運んで来る水の量が波浪とは桁違いに大きくなります。波というより水の塊が押し寄せて来ると言った方が良いかも知れません。

とは言え,波高が高くなれば勿論波浪にも危険はあります。干渉などの影響で稀に予報より遥かに高い波ができたり,波が沖へと戻る流れが強くなり,水難事故の原因になることもあります。
例えば東京23区なら1.5メートルで波浪注意報,3メートルで波浪警報が出されます。不用意に海岸に近づいたり,海に入ったりしないようにしてください。

津波と波の違い
低気圧の時に起こる『高潮』との違いは?

高潮は別名風津波とも呼ばれるため,時として誤解を招きますが,発生のメカニズムも被害の形も,全く異なる災害です。
高潮は台風など低気圧の際,気圧の低下に伴って海面が上昇する現象のことです。
低気圧とはその名の通り,周囲に比べて気圧が低い状態のため,周囲から空気や風,真下に海面があれば海水をも引き寄せています。海面を吸い上げる効果は,気圧が1ヘクトパスカル低下するごとにおよそ1センチ程度です(気象庁HP)。
海面が持ち上がる上に,低気圧に伴う風で生じた波浪も加わり,沿岸での浸水などの被害に繋がります。

※3 天気予報などで報じられている波浪の高さは有義波高といい,連続した波の波高のうち高い方から3分の1の個数の波の平均をとっています。目で見た場合の印象に近い数値が得られますが,これ以上高い波が来ないという意味ではありません。同じ場所で波高を観測し続けた場合,100個に1個は予報値の1.6倍,1000個に1個は予報値の2倍近い高さの波が来る可能性があります(気象庁HP)。

ラフカディオ・ハーンと『稲むらの火』

『いつからとも判らないほど遠い昔から,日本の海岸は(中略)地震や火山によって起こる巨大な高潮によって大きな被害を受けて来た。この恐ろしい海面の上昇を日本人は津波と呼んでいた(筆者訳。高潮と津波の違いについては前頁で紹介の通りですが,ここでは原文のまま高潮としています)』
『最近では,1896年6月17日の夕方に起こった。200マイル近くにまで伸びた波が宮城・岩手・青森などの東北部の沿岸を襲い,町や村の境界線を破壊し,3万人近い人々の命を奪った(同)』
1896年,ギリシア出身で日本に帰化した小説家,ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が,随筆“A Living God”の中で紹介した,明治三陸地震による津波の被害です。
地震の規模はそれほど大きくはなく,現在の震度で2または3程度だったとも言われます。しかしその約30分後に襲来した巨大な津波によって,日本の津波災害史上最大となる2万2千人にも上る死者が出ることになりました(防災科学研究所『広報ぼうさい(No.28)』)。

大海嘯極惨状之図1896年明治三陸地震津波「大海嘯極惨状之図」(国立科学博物館蔵)
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日本人にとっても大きな痛手となったこの災害の衝撃は,外国出身のハーンには一層大きかったのかも知れません。
地震と津波から3ヵ月後に書かれた“A Living God”は,日本人の宗教観・神仏感について紹介する作品でもありますが,1854年の安政南海地震の際に実際にあった出来事をモチーフに(※4),地震による津波から人々を救ったひとりの村長が,村人たちから生き神として祀られるまでの顛末に多くのことばを費やしています。

その粗筋は,このようなものです。
祭りの準備に賑わうある村で,小さな地震が起こります。地震の規模は大きくなく,村人にそれを畏れる様子はありません。しかし年老いた村長は,その地震の揺れが奇妙であることに気がつきます。周期が長くゆっくりとした,足元がふわつく感じの揺れで,近くの小さな地震ではなく,何処か遠くで起こった巨大地震がもたらしたものであるように思われました。
揺れが収まると,今度は海で異変が起こります。海水が大きく沖へ引き始め,海面が異常に下がったのです。村人たちはその様子を確かめに,海辺に出て行ってしまいました。しかし高台の自分の家から見下ろしていた村長は,子ども時代に伝え聞いた話から,それが津波の前兆であると気がつきます。
海岸にいる村人たちを,一刻も早く避難させなければ危険です。知らせに行っていては間に合わないかもしれません。彼は自身の田の稲の束に火をつけて,村人たちが高台に集まって来るよう仕向けました。400人の村人たちが全員高台に集まった時,果たして津波は襲い掛かり,低地の家々を呑み込みました。村長は自身の財産である稲を全て失いましたが,引き換えに400人の村人の命を救うことができたのです。

この場面は,その後小学校教員中井常蔵によって翻訳され,『稲むらの火』として戦前の国語教科書に掲載されました。村長の自己犠牲の精神を称えるものでもあったのでしょうが,『地面が揺れ,海水が引くのが見えたら直ぐに避難すべし(※5)』という教訓を伝える防災教材としても高く評価され,2003年には気象庁が,『稲むらの火』と実際の安政南海地震を題材とした防災パンフレットを作成しています。

※4 “A Living God”および『稲むらの火』のモチーフとなった実話については,下部リンクなどをご参照ください。

※5 海水が引いたら直ぐ避難。この教訓は正しいのですが,海水が引かなかったら避難しなくても良い,という意味ではありません。現在では津波は必ずしも引き波から始まるとは限らないことが判っています。沿岸で地震を感じたら,水が引いても引かなくても,『津波の心配はない』ことが報道されるまで,決して海岸には近づかないようにしてください。

(研究推進課 西村美里)