植物

ミャンマーのフロラ研究

ある地域にどのような植物が生育しているかその全体像を明らかにすることをフロラ研究と言い、それをまとめた出版物をフロラ(植物誌)と呼びます。ミャンマーは、東南アジアで唯一この植物誌がない国で植物の多様性研究が遅れています。
環境が多様化しているミャンマーには、どのような植物が自生しているのでしょうか。これまでのフィールド調査で新たに発見された植物たちをご紹介します。

フィールド調査(種子植物)

植物標本は、平面に圧搾して乾燥させて作製します。フィールドでは、折りたたみ式の標本乾燥用のフレームを組み立てて、下に熱源を入れて乾燥させます。

調査風景

ミャンマー半島部・ダウェイ周辺の調査風景

標本乾燥用フレーム

厚さ1mmのアルミでできた海外調査用の標本乾燥用フレーム(特注)。

標本を乾燥している風景

ザガイン北部のチンドウィン川流域の調査で標本を乾燥している風景

種子植物

ミャンマーから発見された新分類群

1.ショウガ科 ウコン属

Curcuma kayahensis

Curcuma kayahensis Nob.Tanaka & M.M.Aung
クルクマ・カヤヘンシス
東部カヤ州の石灰岩地帯から見つかったウコン属の新種。

Curcuma stolonifera

Curcuma stolonifera M.M.Aung & Nob.Tanaka
クルクマ・ストロニフェラ
ザガイン北部のチンドウィン川流域のタマンティー野生生物保護区で発見されたウコン属の新種。根茎が水平に長く這う特徴をもっています。

Zingiber flavofusiforme

Zingiber flavofusiforme M.M.Aung & Nob.Tanaka
ジンギベル・フラウォフシフォルメ
同じくチンドウィン川流域のタマンティー野生生物保護区で発見されたウコン属の新種です。共同研究者のムームーアウン(M.M.Aung)は、植物に学名をつけた最初のミャンマー人です。

ingiber procumben

Zingiber procumbens Nob.Tanaka & M.M.Aung
ジンギベル・プロクンベンス カヤ州
カヤ州の標高1000mほどの石灰岩地域で見つかったショウガ属の新種です。2022年に新種として発表しました。

ジンギベル・プルプレオアルブム1
ジンギベル・プルプレオアルブム2

Zingiber prupreoalbum Nob.Tanaka & M.M.Aung
ジンギベル・プルプレオアルブム
カヤ州カレン丘陵の標高1500mで見つかった新種。

2.ツリフネソウ科

インパティエンス・キングドンウォルディイ

Impatiens kingdon-wardii Nob.Tanaka & T.Sugaw.
インパティエンス・キングドンウォルディイ
チン州ナマタン(ビクトリア山)国立公園で見出されたツリフネソウ科の新種。1950年代にイギリスのプラントハンターとして名高いキングドン-ウォード卿が同地を調査した際に採集した本種の標本が大英自然史博物館に収蔵されていました。種小名は、半世紀以上前にすでに本種を採集したキングドン-ウォード卿に因みます。

インパティエンス・ラディアタ・ミンダテンシス

Impatiens radiata Hook.f. var. mindatensis S.Akiyama
インパティエンス・ラディアタ・ミンダテンシス
チン州南部のミンダットで発見されたツリフネソウ科の新変種

3.ラフレシア科

サプリア・ミャンマレンシス1
サプリア・ミャンマレンシス2

Sapria myanmarensis Nob.Tanaka, Nagam., Tagane & M.M.Aung
サプリア・ミャンマレンシス
ザガイン北部のザロン山で発見されたラフレシア科のサプリア属の新種サプリア・ミャンマレンシス。

コケ類

池で水生の蘚類調査

ミャンマー西部の蘚苔類(コケ類)の調査を2017年に実施しました。チン州ミンダットの北方、標高約2,400 mのQuerucus semecarpifoliaRhododendron arboreumなどからなる常緑広葉樹林の中に小さな池がありました。近づいて水中を覗くと底に植物が生えているのがわかりました。手に取るとどうもコケのようです。ヤナギゴケ科の一種と思われますが、今回の調査で初めて見る種類でした。

コケ班画像2

石灰岩地での調査

ミャンマー東部の蘚苔類(コケ類)の調査を2019年に実施しました。カヤ州ロイコーの南方、標高約1,000–1,500 mに位置する石灰岩の丘や石灰洞では、石灰岩性の蘚類であるセンボンゴケ科の種を多数確認することができました。

コケ班画像3

ミャンマー新産のNotothylas levieri Schiffn. ex Steph.を発見

2017年、ミャンマー西部の調査において、ツノゴケ類ツノゴケモドキ科のNotothylas levieri Schiffn. ex Steph.をチン州マトピの南方、標高1,840 mの道路わきの崖で確認しました。本種はこれまでインド、ネパール、タイ、中国から報告されていましたが、今回の調査でミャンマーに分布することがわかりました。本種の特徴として、軸柱、4〜8列の厚壁細胞からなる裂開線、らせん状または環状の肥厚帯を有する蒴壁の裏打ち層、暗褐色の胞子などを持つこと、らせん状の肥厚帯を有する弾糸を持たないことなどがあげられます。今回の資料の研究から、ユニークな胞子分散の詳細が初めて報告されました。

コケ班画像4

ミャンマー新産のPlagiothecium argentatum (Mitt.) Q.Zuoを発見

2017年、ミャンマー西部の調査において、蘚類サナダゴケ科のPlagiothecium argentatum (Mitt.) Q.Zuoをチン州ミンダットの北方、標高2,520 mのカシ林で確認しました。本種はインド、ネパール、ブータン、中国のヒマラヤ地域に分布することが知られており、今回の発見により、ミャンマーにおけるヒマラヤ要素の蘚類を確認したことになります。これまで本種の茎の表皮細胞は小形の厚壁の細胞からなることが報告されていましたが、ミャンマー産標本を観察したところ、匍匐する茎にはサナダゴケ科の特徴の一つである大型で薄壁の表皮細胞があることを確認しました。

コケ班画像5

ミャンマー新産のHymenostyliella llanosii (Müll.Hal.) H.Rob.を発見

2019年、ミャンマー東部の調査において、蘚類センボンゴケ科のHymenostyliella llanosii (Müll.Hal.) H.Rob.をカヤ州ロイコーの南方、標高1,000–1,500 mに位置する石灰岩壁で確認しました。本種はこれまでインド、タイ、フィリピン、パプアニューギニアから報告されていましたが、今回の調査でミャンマーにも分布することがわかりました。本種の特徴として、乾くと葉が強く内側に巻くこと、葉の細胞の向軸面がマミラ状に膨れること、葉上部の縁に鋸歯が発達することがあげられます。本種が含まれるHymenostyliella属のDNA情報は未知でしたが、今回の資料の研究から、DNA情報にもとづいて本属の系統的位置が初めて明らかになりました。

コケ班画像6

ヨウラクボク(マメ科)とサプリア属植物(ラフレシア科)に含まれる化学成分

ヨウラクボク(Amherstia nobilis)に含まれる化学成分

ヨウラクボクはミャンマーに固有のマメ科の植物です。5センチほどの橙色から橙赤色の花をつけますが、この花は俗に「世界で最も美しい樹木の花」ともいわれています(図 1)。しかし、この植物に含まれている化学成分は27種類の油溶性成分がガスクロマトグラフィーで分析されているのみで、その他の成分は花からも葉からも報告されていません。

本研究では、ミャンマーのヤンゴン大学に植栽されているヨウラクボクの花と葉に含まれている成分を分離し、それらの化学構造を決定しました。花に含まれていたのは、3種類のアントシアニン色素と、8種類のフラボノイドでした(図 2)。アントシアニンはシアニジン(cyanidin)を基本とするものでしたが、この色素は本来、秋の紅葉に代表される赤色の成分です。ところが、ヨウラクボクの花の色は橙色から橙赤色で、含まれている色素の色とは若干異なっています。アントシアニンという色素は酸性では橙色から橙赤色、アルカリ性では紫から青色を呈しますが、花弁のpHを測定したところ、強酸性のpH 3.3で、これによって赤色が橙色に変化していることが判明しました(図 3)。花の色は本来、花粉媒介のために、昆虫も含めた動物を誘引するためにあります。ヨウラクボクは現在に至ってもまだ、本来の自生地が発見されておらず、この花の色は、現地では橙色を好む動物(これらの色は鳥が好むので、おそらく鳥類)が、花粉媒介をしていると推測されます。一日も早い自生地の発見が望まれるところです。

一方、フラボノイドは一見無色の成分ですが、紫外域に“色”をもちます。人類には見ることができませんが、昆虫や鳥類は紫外域の“色”を見ることができるので、動物の誘引に一役買っていると思われます。ところで、葉に含まれる成分ですが、今回の研究では11種類のフラボノイドが分離され、化学構造が決定されました(図 4)。しかし、1種類を除いて、花に含まれるものとは異なる成分でした。これらについては、フラボノイドは訪花動物の誘引、紫外線防御、抗酸化、抗ストレスなど、さまざまな活性が報告されており、花に含まれているフラボノイドと、葉に含まれているフラボノイドでは、おそらくそれぞれの機能が異なっているのではと推測されます。

ヨウラクボクの花

図 1. ヨウラクボク(Amherstia nobilis)の花

ヨウラクボクの花に含まれるアントシアニンとフラボノイド

図 2. ヨウラクボクの花に含まれるアントシアニンとフラボノイド

ヨウラクボクの花色素を用いた花色の再現実験

図 3. ヨウラクボクの花色素を用いた花色の再現実験

ヨウラクボクの葉に含まれるフラボノイド

図 4. ヨウラクボクの葉に含まれるフラボノイド

サプリア属(Sapria)植物に含まれる化学成分

サプリア属はラフレシア科に属する植物です(図 5)。ラフレシア科はサプリア属の他に、ラフレシア(Rafflesia)とリザンテス(Rhizanthes)の3属で形成されていますが、主に熱帯に分布しており、いずれも無葉緑の寄生植物で、ブドウ科のミツバビンボウカズラ(Tetrastigma)属植物に寄生します。ラフレシア属の植物の花は地球上で一番大きな花といわれています。ラフレシア科に属する植物はこれまで含有される化学成分の知見はなく、今回が初めての報告となります。本研究で材料としたのはサプリア・ヒマラヤナ(Sapria himalayana f. albovinosa)と今回のミャンマー調査で発見されたサプリア・ミャンマレンシス(S. myanmarensis)で、これらには葉などはなく、花と寄生根しかありませんが、3種類のアントシアニン、4種類のフラボノイド、それに6種類のタンニン(ガロタンニン)が分離され、その化学構造が決定されました(図 6)。

サプリア属植物の花は赤色ですが、この色がシアニジンを基本としたアントシアニン色素によることが初めて判明しました。今回分離された成分のうち、アントシアニンとフラボノイドは含量が少なく、おそらく表皮細胞にのみ存在していると考えられます。一方で、タンニン類は著量が検出され、植物体全体に含まれていると推測されます。サプリア属植物における、これらの成分の機能についてはまだわかっていませんが、特異な生き方をするラフレシア科の生育様式を解明する一助となるかも知れません。

サプリア・ミャンマレンシス

図 5. ミャンマーから明らかになったサプリア属の新種 サプリア・ミャンマレンシス

サプリア・ヒマラヤナおよびサプリア・ミャンマレンシスに含まれる化学成

図 6. サプリア・ヒマラヤナおよびサプリア・ミャンマレンシスに含まれる化学成分