菌類

きのことは何か?

 きのこはカビ、酵母、地衣類などとともに菌界に属する生き物の総称です。菌界は陸上生態系において最も多様化したグループのひとつです。現在まで記載された菌類の種数は10万種以上にのぼりますが、未記載種や未発見種を含めた本当の種数は100万を超えると推定されています。『きのこ』という単語はグループの正式な名称ではなく、菌類のうち人間の目に見える程度の大きさの有性生殖器官(子実体と呼ばれる胞子を作る器官で、一般的にきのこと呼ばれる部分)を形成する種をひとまとめにして「きのこ」と呼ぶに過ぎません。きのこの大半は菌界の中でも担子菌門ハラタケ綱というグループに属しますが、それ以外のグループ(子のう菌門など)にも多様なきのこが存在します。きのこの多様性もはっきりとしたことはわかっていませんが、既知種数が約20,000種であるのに対して、本当の種数は10万を超えると考えられています。

きのこを調べるためのフィールドワーク

 きのこの調査は伝統的に「子実体」を採集することで進められてきました。多くの場合、きのこの子実体は手やナイフを使って採集することができるからです。地面の下に生えるトリュフ類(地下生菌類)については、熊手やレーキを使い、表面の落ち葉層を掻きとることで見つけることができます。また、多くのきのこは特定の基質から発生するので、調査するきのこの種類によって、集中的に探す場所(土の上なのか、落ち葉なのか、倒木なのか、など)を選択する必要があります。きのこは分解者としての役割が有名ですが、それだけではなく、多くのきのこは菌根菌として知られています。菌根菌はほとんど分解に関わることはなく、生きた樹木と地下の根っこを通じてつながっています。樹木からきのこへ、そしてきのこから樹木へ、と双方向へ栄養や水分のやりとりが行われ、お互いに利益を得ているため、相利共生の典型的な例とされています。菌根菌の多くは特定の植物のグループのみと共生します。ミャンマーにおいては、菌根共生のパートナーとして、フタバガキ科、ブナ科、マツ科などがあります。

採集したきのこはその日のうちに適切な処理をする必要があります。まず新鮮なうちに形や色を記録するために写真を撮影します。また、子実体の小片を切り取り、後のDNAを使った研究のために保存液で保管します。近年の菌類学の分野ではどんな基礎研究(分類学、生態学その他)においてもDNA情報は欠かすことのできないものとなっています。記録が完了した子実体は、その日のうちに乾燥機を使い、摂氏50度程度の温度で一晩から数日間乾燥します。乾燥には様々な方法がありますが、温風が出て温度も調節できるディハイドレーター(ドライフルーツを作るための機械)が便利ですが、小型の温風ヒーターと金網などを組み合わせて自作しても問題ありません。乾燥後の子実体は、種名や採集場所などのデータをラベルに印字して、学術標本として標本室に保管されます。後の研究のために半永久的に保管されることになるため、温度、湿度、虫害等に注意が必要です。

ミャンマーでの採集地の風景(ピンウーリン近郊)

図 1. ミャンマーでの採集地の風景(ピンウーリン近郊)。きのこは山奥まで行かなくてもどこでも採集できるが、時には大雨ぬかるんだ道をひたすら進むこともある。撮影:2016年8月29日。

海岸のきのこ調査(ランピ島)

図 2. 海岸のきのこ調査(ランピ島)。海岸ではスエヒロタケ Schizophyllum communeをはじめ、様々なきのこを採集することができた。撮影:2017年5月23日。

野生きのこマーケットのきのこ(1)チチタケ

図 3. 野生きのこマーケットのきのこ(1)チチタケ Lactifluus volemus。道沿いに開店する野生きのこの売り場も重要な調査場所。撮影:2016年8月30日。

野生きのこマーケットのきのこ(2)オオシロアリタケの仲間

図 4. 野生きのこマーケットのきのこ(2)オオシロアリタケの仲間 Termitomyces sp. オオシロアリタケ属のきのこは熱帯地方で広く食べられている。撮影:2016年8月30日。

野生きのこマーケットのきのこ(3)ベニタケの仲間

図 5. 野生きのこマーケットのきのこ(3)ベニタケの仲間 Russula sp. 複数のベニタケ属の種がまとめて販売されていた。撮影:2018年6月13日。

きのこ標本処理風景

図 6. きのこ標本処理風景。床にシートを敷き、写真撮影、DNA用サンプル採取、記録記入などを行う。撮影:2017年5月18日。

調査地の宿舎で撮影したカレバキツネタケ

図 7. 調査地の宿舎で撮影したカレバキツネタケ Laccaria vinaceoavellanea(ハラタケ目ヒドナンギウム科)の写真。撮影:2016年8月31日。

ミャンマーのきのこ

 これまでの記録でミャンマーのきのこについて最も詳細なリストはThaung(2007)によるもので、約180種のきのこが紹介されています。それ以後はまとまった調査の記録が無い状態でしたが、2016年以降に国立科学博物館とミャンマーの研究機関による共同研究の結果、400点を超えるきのこ標本が採集されています。ミャンマーにおけるきのこ調査は始まったばかりで、まだまだたくさんの新産種や新種が発見されることでしょう。

2019年にミャンマーから新産種報告されたカラカサタケ属の一種

図 8. 2019年にミャンマーから新産種報告されたカラカサタケ属の一種 Macrolepiota velosa(ハラタケ目ハラタケ科)(Hosaka et al., 2019)。撮影:2016年8月28日。

カラカサタケ属の一種

図 9. カラカサタケ属の一種 Macrolepiota velosaの根元には本属にしては珍しくつぼがある (Hosaka et al., 2019)。撮影:2016年8月28日。

ヒメツチグリ属の一種

図 10. 2021年にミャンマーから新産地報告されたヒメツチグリ属の一種 Geastrum courtecuissei (ヒメツチグリ目ヒメツチグリ科) (Hosaka et al., 2021, 2022)。撮影:2016年8月28日。

スッポンタケ属の一種

図 11. 2021年にミャンマーから新産地報告されたスッポンタケ属の一種 Phallus merulinus(スッポンタケ目スッポンタケ科)(Hosaka et al., 2021, 2022)。撮影:2017年5月17日。

2021年にミャンマーから新産地報告されたチチタケ属の一種

図 12. 2021年にミャンマーから新産地報告されたチチタケ属の一種 Lactarius austrotorminosus(ベニタケ目ベニタケ科)(Hosaka et al., 2021)。撮影:2016年8月26日。

チチタケ属の一種

図 13. チチタケ属の一種 Lactarius austrotorminosusのヒダと白色の乳液。撮影:2016年8月28日。

ランピ島で採集されたタマハジキタケ属

図 14. ランピ島で採集されたタマハジキタケ属 Sphaerobolus sp.(ヒメツチグリ目タマハジキタケ科)。直径2ミリほどの極小の子実体をもつ種で、DNAデータの解析結果から未記載種である可能性が高いと思われる(Hosaka et al., 2020)。撮影:2017年5月23日。