日本の両生類とカエルツボカビ (協力:植物研究部 細矢剛)
最新の研究成果から
現在、世界各地でカエルをはじめとする多くの両生類が減少、或いは絶滅の危機に瀕しています。その原因のひとつと考えられているのが、真菌類の一種、カエルツボカビによって引き起こされる高致死率の感染症カエルツボカビ症(※1)、です。
これまでアジア地域には存在しないと思われていたカエルツボカビですが、2006年12月には飼育下のカエルの感染が報告され、2007年6月には日本固有の野生のカエルからもカエルツボカビの遺伝子が発見されて、野生での感染の疑いが強くなっていました。
日本には多くの貴重な固有の両生類(※2)が生息しています。カエルツボカビの侵入は、これらの生物にどのような影響を及ぼすことになるのでしょうか?
写真提供:麻布大学・宇根有美准教授2007年11月、日本の野生の両生類のうち約7%がカエルツボカビに感染している、という報告が「爬虫類と両生類の臨床と病理の研究会」(麻布大学)で発表されました。日本の野生の両生類で、カエルツボカビ症を発症して死んだ個体は今のところ見つかっていませんが、実験室内で人為的にカエルツボカビを感染させた個体は一部が発症・死亡したことも判りました。
1年前、カエルツボカビが初めて日本で問題とされた時には、世界のカエルツボカビは全て同じ種類で、病原性も全て同じおそれがあると考えられていました。しかし今回の発表では、カエルツボカビには遺伝子型の異なるものが複数タイプ存在することが紹介されました。日本の両生類が感染しているカエルツボカビは、世界各地で両生類を死に追い遣って来たものと同じタイプも一部ありますが、他はそれとは別のタイプの、病原性などが未だよく判っていないものでした。このタイプのものの危険性の解明、日本の両生類への影響の調査が待たれるところです。
日本の両生類がカエルツボカビに感染しているからといって、直ちに日本の両生類の危機だとおそれる必要はありません。しかしカエルツボカビの実体が完全に解明できたとは言えない現在、両生類の保護にあたっては常に最悪のケースを想定して行動する必要があるのです。
※1 カエルツボカビ (Batrachochytrium dendrobatidis) によって起こる感染症です。発病すると表皮が冒され、異常な脱皮や変色などが起こり、皮膚呼吸が阻害されて死に至ります。
※2 オオサンショウウオやモリアオガエルなどが代表的ですが、日本に棲息する58種5亜種のうち、84%にあたる48種5亜種が日本の固有種です。奄美諸島や琉球列島では特に固有種が多く、島の生態系にも深く関わっています。
日本の全ての両生類が危険に晒されているのですか?
直ちにそうとは言い切れません。カエルツボカビに感染しても発症しない両生類が何種類かいるらしいことが判っています。
例えばアフリカツメガエルは、感染しても全く症状が出ないまま、菌と共存することができます。しかしその為に、感染していることに気がつかれないまま、世界各国に実験生物などとして輸出されてしまうという問題も起こりました。
一方で日本でもペットとして人気の、ベルツノガエルやマルメタピオカガエルなどの南米原産のカエルでは、日本でも飼育下で感染・発症してしまった個体がありました。
『爬虫類と両生類の臨床と病理に関するワークショップ』(爬虫類と両生類の臨床と病理の研究会主催)では、実験室で人工的にカエルツボカビに感染させた日本在来のカエルのうち2種がカエルツボカビ症を発症して死亡したことが報告されました。
実験室と野生では、同じ菌に感染しても、個体に掛かるストレスや雨などからの清浄な水の供給など、その後の生息環境には大きな違いが出て来ます。日本の両生類が天然でカエルツボカビにどのような反応を示すかは今のところ判っていません。万が一発症して死亡する個体が出てしまってからでは取り返しがつかない可能性があるため、今のところ危険な状況かもしれないとして厳重な注意の呼び掛けが続けられているのです。
両生類を守るために、具体的に何をすれば良いのですか?
今すぐに個人でできることが幾つかあります。
先ずカエルなどを飼育している人は、自分のカエルにカエルツボカビ症の発症が疑われる症状が出たらすぐに検査を受けましょう。各地域ごとに検査手続きを担当するコア獣医師がいますので、最寄の獣医師に紹介を依頼してください。生物を傷つけない安全な検査です。
万が一カエルツボカビに感染してしまっていても、飼育下であれば治療や、他のカエルへの感染の予防が可能です。野外に放すことは絶対にしないでください。病気のカエルを飼いたくない、という場合には獣医師に引き取ってもらうこともできます。
自分のカエルがカエルツボカビ症かも知れない症状で死んでしまったら、死体は焼却するか、絶対に死体がゴミ袋の外に出てしまわないよう厳重に包んで燃えるゴミとして捨ててください。可哀想ですが土に埋めてしまうと、土壌や水を通じてカエルツボカビが環境中に流出(※3)してしまうことになります。
両生類を飼育していない、今後も飼育するつもりもない、という人も、カエルツボカビが蔓延している地域に出掛けたら、他の地域に汚染を拡大させないために靴についた泥などを十分に消毒する必要があります。
沖縄県西表島では、イリオモテヤマネコの餌となるカエルがツボカビ症によって減少することのないよう、2007年6月から入島者の靴の消毒を行なっています。このような対策は今後も増やされる可能性があります。
※3 カエルツボカビなどツボカビ類は、鞭毛を持った胞子(遊走子)で増えます。遊走子は水中を泳いだり、水流によって運ばれたりして両生類の皮膚に辿り着き、感染します。カエルツボカビは寄生できる生物が存在しない状態でも土壌中などで最長7週間程度生き続けるため、一度環境中に流出してしまうと取り除くことは非常に難しいと考えられています。
科博からのお知らせ
国立科学博物館では、2008年1月から、ニュース展示『カエルツボカビ~その生物学と環境への影響(仮称)』の開催を予定しています。
カエルツボカビ問題のこれまでとこれから、生物としてのカエルツボカビの分類と生物学、更に日本に固有の両生類たちを、標本と写真でご紹介します。
監修はこのニュース記事と同じく、植物研究部の細矢剛です。
最後にカエルツボカビについての、細矢のコメントをご紹介します。
「現在地球で知られている菌類は7万種とも8万種とも言われます。しかし、それは知られている(記載されている)種数であって、実際に存在する種の数は、少なくとも150万種にのぼる、という説があります。ツボカビ類は現在900種が知られていますが、いままで生きた両生類に発生する菌はまったく知られていませんでした。だから、カエルツボカビは、現在唯一知られる両生類に寄生するツボカビ類なのです。そのようなこともあって、本種(Batrachochytrium dendrobatidis)は1999年に新属新種として記載されました。
また、最近の遺伝子解析の結果は、ひとくくりにされてきた「カエルツボカビ」に複数の生物学的実体が存在していることを示唆しています。菌類の世界は、まだまだ新種・新産種がワンサカいる未知の世界なのです。いまいちど、生物学的実体としてのカエルツボカビについては冷静に考えることが必要でしょう。その一方で、リスク管理の基本は『転ばぬ先の杖』です。最悪の場合を意識し、行動することが求められています」
(研究推進課 西村美里)