遅くなった紅葉 (協力:附属自然教育園 萩原信介)

関東地方全域で遅れ:記録更新も

「今年の紅葉は遅くなりそうだ」秋が近づくとこんなことばをよく聞くようになりました。
気象庁が例年9月末頃に紅葉の見ごろ予報を発表していますが,平成19年の関東地方の紅葉の見ごろは「全般的に遅いかやや遅い(※1)」,18年度は「平年並みかやや遅い」,17年度,16年度も「遅い」,15年度は「北部では平年並み,南部ではやや遅い」でした。

実際の紅葉の開始日を見てみると,東京でのイチョウの「黄葉」は平年値より6日遅れて11月25日,カエデの「紅葉」は平年より2日早い,11 月26日でした。また全国の気象台が行なっている観測の結果をまとめると,関東一都六県ではイチョウは全地点で遅れ,カエデでは12月15日現在で発表されている6地点のうち,東京・横浜を除く宇都宮・水戸・熊谷・前橋で遅れ,特に宇都宮では観測開始以降最も遅い日付となりました

カエデ紅葉と気温の関係カエデ紅葉と気温の関係
気象庁ホームページ「異常気象レポート2005」より引用画像キャプション

一般に紅葉は気温が低いと早くなり,気温が高ければ遅くなります。特に関東地方については,紅葉の開始日と9月の平均気温に高い相関があることが知られており,今年の予報が「遅いまたはやや遅い」と発表されたのも,今年9月の平均気温が平年よりかなり高かったためです。
長い目で見てみると,この傾向は更に顕著になります。2005年に気象庁が発表した「異常気象レポート2005」では,ここ50年でカエデの「紅葉」が15日以上遅くなったことが示されており,秋の気温の長期的な上昇の影響のひとつと考えられています。

植物にとって紅葉は,古くなった葉を落葉させる準備です。紅葉が遅れるとその分,エネルギー生産器官である葉を長い間使うことができます。その結果イロハモミジ(イロハカエデ)など,比較的暑さに強い種では生育に有利になります。より寒い地方を原産とする種でも葉が長く使えるメリットはありますが,イロハモミジなどと比べると受ける恩恵が小さいため,競争に負け衰退に向かってしまったものもあります。

※ 紅葉ということばは,秋に落葉樹の葉の色が変わる現象を意味していますが,その中でも特に葉の色が赤に変わる場合を「紅葉」,黄に変わる場合「黄葉」と呼んで区別することもあります。ここでは第1の意味で言う場合には紅葉と,また第2の意味で言う場合には「」をつけて「紅葉」と記しています。
※1 気象庁発表では,紅葉の見ごろが例年と比べて10日以上遅れる場合が「遅い」,5日以上送れる場合が「やや遅い」とされています。

「紅葉」・「黄葉」のしくみ

樹木の葉や草は何故緑色に見えるのでしょうか。
葉の細胞を顕微鏡で観察してみると,楕円形をした緑色の構造物が数多く含まれていることが分かります。これを葉緑体といい,光合成(※2)を行なうための細胞小器官です。
葉緑体にはクロロフィルと呼ばれる,光合成色素が含まれています。光合成を行なうためにクロロフィルは光を吸収しますが,光の波長によって吸収の度合いが大きく異なります。わたしたちの目に見える光,可視光線の波長はおよそ350ナノメートルから800ナノメートルですが,このうち550ナノメートル付近の光はほとんどクロロフィルに吸収されません。その結果,わたしたちの目にはクロロフィルに利用されずに反射されて来た緑色の光だけが届き,葉を緑に見せているのです。

それでは何故,「紅葉」した葉は赤に,「黄葉」した葉は黄色に見えるのでしょうか。

「紅葉」・「黄葉」のしくみ

光合成の効率は,十分な光が与えられている時には温度が25度程度で最も良く,また温度が低い場合には,たとえ十分な光があっても光合成効率は悪くなります。
秋になり,気温が低く,また日照時間が短くなると,温度も光も不十分なため光合成の効率は下がることになります。葉はそれ自体も養分を消費しているため,葉が生産する養分が消費する養分より少ない場合に葉を残すことは植物の生存にとって不利になります。また冬の空気は乾燥しているため,葉の表面から水分が蒸発することも問題です。秋の晴天によって紫外線が増加し,活性酸素が増大するというデメリットも生じて来ます。
そこで落葉樹では秋になると,落葉の準備が始められます。通常クロロフィルは常に分解・再生産されることを繰り返していますが,再生産が抑制され,分解だけが行なわれるようになります。その結果,緑色が薄くなり,葉に含まれる他の色素の色が見えるようになります。
黄色に見える「黄葉」は,葉の中にもともとクロロフィルと一緒に含まれていた,「カロテノイド」という黄色の色素が見えて来ることで起こります。
一方赤に見える「紅葉」は少し複雑です。「紅葉」する樹ではクロロフィルの再生産停止と同じ頃,葉の根元と枝の間に「離層」と呼ばれるコルク状の物質が形成され,葉と枝の間の物質の交換を妨げるようになってきます。葉で作られたブドウ糖が,枝に流れず葉に蓄積されるようになるのです。ここに日光,特にその中でも紫外線が当たることでブドウ糖が分解され,それまで存在しなかった新たな色素,赤色の「アントシアン」がつくられるのです。
イロハモミジなど「紅葉」する葉をよく観察すると,初め緑の葉は赤と緑が混じった茶褐色の時期を経て,次いで全体が赤色に変わって行きます。(右上図参照)
これはクロロフィルの再生産停止とアントシアンの形成が,葉の表面のさく状組織と呼ばれる部分から先に起こるためです。葉のより深い部分は海綿状組織と呼ばれ,比較的後までクロロフィルが残ります。さく状組織に新しい色素アントシアンが生成されることで,未だ光合成の機能を残している海綿状組織を紫外線から保護しているのではないかという「紅葉メリット説」が提唱されています。

生物季節観測

イロハモミジ国立科学博物館附属自然教育園のイロハモミジ。

ここで取り上げた紅葉日調査のように,植物や動物の様子が季節に伴って変化していく様子についての観測を「生物季節観測」といいます。
気象庁によって全国およそ90ヶ所で実施され,気象が生物に及ぼしている影響や,季節の進み・遅れ,また各地の気候の違いなどを知ることができます。

植物気象現象では紅葉のほかに開葉や開花,満開,また落葉の日にちを見ます。一方動物では鳥や昆虫を初めて見た日,同じく鳥や昆虫の鳴き声を初めて聞いた日も使われます。
対象となる動植物は,ふたつの基準で選定されます。ひとつは,日本全国に分布しており,全国どこでも同じように観測が可能な動植物で,これらを「規定種目」と呼びます。そしてもうひとつは,地域それぞれで特徴ある生物を,各地の気象台が独自に選定したもので「選択種目」と呼ばれます。規定種目は植物ではウメ・ツバキ・タンポポ・サクラ・ヤマツツジ・ノダフジ・ヤマハギ・アジサイ・サルスベリ・ススキ・イチョウ・カエデ,動物ではヒバリ・ウグイス・ツバメ・モンシロチョウ・キアゲハ・トノサマガエル・シオカラトンボ・ホタル・アブラゼミ・ヒグラシ・モズで合計23種類です。
例えばサクラでは紅葉と同様温暖化の影響を受けていると思われ,2005年までの50年で開花日が,大都市平均では6.1日,中小規模都市では2.8日早くなったことが判っています。

長年に渡り続けられてきた生物季節観測ですが,近年人員削減等の関係で廃止される観測点が増えてきました。これまで蓄積されたデータが途切れてしまうことはとても残念なことです。

科博からのお知らせ

自然教育園ウォークラリー自然教育園ウォークラリー スタンプシートと今月のスタンプ

国立科学博物館附属自然教育園は,東京都港区白金台にあります。
歴史を遡ってみると,江戸時代には高松藩主松平頼重の下屋敷となり,明治時代には陸海軍の火薬庫,大正時代には白金御料地として皇室財産となりました。
この間一般の人々が立ち入ることができなかったため,豊かな自然がそのままに受け継がれることとなりました。園内には中世の豪族の館の跡と思われる土塁や,下屋敷時代の松もそのままに残されています。
紅葉は12月15日現在イロハモミジやオオモミジで見ごろ,ヤブツバキの花も咲き始めています。イロハモミジは園内に約700本あり,一部の箇所では未だ緑の樹も残っている為,今後も暫く楽しむことができそうです。

美しい紅葉のためには,ブドウ糖の蓄積に十分な日照と,クロロフィルの分解のための低温,更には葉の乾燥を防ぐための適度な湿度が必要です。
今年は紅葉の開始時期こそ遅れましたが,11月の下旬に暫く晴れの日が続き,十分な日照が得られました。更に同時期,夜間の気温が8度以下と,十分なレベルまで低下しました。この2条件が揃う年は最近では珍しく,今年の紅葉はいつになく美しいものになっています。

また現在自然教育園では,ウォークラリーを開催しています。1回のご来園毎にスタンプを押すことができ,毎月デザインの変わるスタンプを合計6個集めて頂いた方に粗品を差し上げています。
12月のスタンプはイロハモミジです。12月から集め始めると6つ揃うころには初夏。四季折々の粗品をご用意していますので,是非楽しみに集めてください。

(研究推進課 西村美里)

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