NEWS展示続報-研究続く鯨類のストランディング (協力:動物研究部 山田格)

2006年NEWS展示以降のストランディング研究続報

国立科学博物館は2006年,NEWS展示『カズハゴンドウ(詳細次項)のマスストランディング(※1)』を開催しました。同年2月28日千葉県一宮町付近一帯の海岸に,約百頭のカズハゴンドウが打ち上げられたマスストランディングを取り上げ,実際に打ち上がったイルカの骨格標本や研究資料などを展示して,カズハゴンドウに何が起こったのか,ストランディングとは何なのかについて紹介および問題提起を行ないました。

カズハゴンドウのマスストランディングはその前後にも,右表のように複数回知られています。これらのケースを総合的に分析した結果,一宮町の1回のみからは判らなかった新たな情報,新たな謎が見えてきました。
最近の成果としては,2007年12月,南アフリカケープタウンで開催された国際学会での京都大学の早野あづさ氏や帝京科学大学の天野雅男氏らの発表によれば,基礎的な体長組成やミトコンドリアDNAの調査から,ストランディングしたグループの相互の関係が見えてきました。2001年と2002年に茨城県でストランディングしたグループは,発生時期は異なりますが同じ群れの個体と考えられます。その一方で同じく2001年に種子島にストランディングしたのは,それとは異なる群れに属する個体である可能性が高いことも判りました。

カズハゴンドウカズハゴンドウ(渡辺芳美)

現在問題になっている謎は,本来ハワイやフィリピンなど,熱帯・亜熱帯の海に棲息するカズハゴンドウが何故,温帯域の日本で打ち上げられるのか,ということです。しかもストランディングの時期が,全て海水温の低い,冬であることも説明がつきません。
熱帯の海と日本の海を繋ぐものに海流の黒潮があります。黒潮は非常に流れが速く,マグロやカツオなどの回遊魚のほか,多くの熱帯の魚などを日本近海まで運んできます。カズハゴンドウもこれに乗って日本に辿り着き,冬の水温の低下によって体力を奪われたのかも知れません。
しかしもしカズハゴンドウが黒潮に乗ってきたのだとすれば,茨城と種子島のグループは同じ群れ由来でも良い筈です。それぞれのグループがどこからやって来たのかは今も謎のままです。

そもそもストランディングは何故起きるのでしょうか?NEWS展示でもご紹介した,幾つかの説を振り返ってみましょう。
2006年1月,2月のストランディングでは,いずれも発生前,沖合いにシャチの群れがいたという証言があります。シャチから逃げようとパニックを起こし,浅瀬に近づき過ぎてしまったのかも知れません。
2004年,ハワイ・カウアイ島でカズハゴンドウの群れが入り江に迷入したことがありました。同時期に沖合いで演習を行なっていた海軍の潜水艦のソナーに驚いたものと考えられ,演習が終わると入り江から出て行ったことが判っています。

右表に上げたストランディングの現場は全て,遠浅の砂浜です。ハクジラのなかまはソナーのように超音波を発して対象物からの反射を感知し,地形を認識していますが,遠浅の砂地では超音波が複雑に反射・吸収され,地形を把握しにくくなります。
クジラ・イルカは尾びれを縦に振って泳ぐため,1度浅瀬に入り込んでしまうと尾が底に当たって泳ぎにくくなるとも言われます。

このように,ストランディングの原因については未だ諸説あります。全てのストランディングの原因が共通しているという訳ではなく,それぞれに異なる理由があるようにも思えます。
今後とも個々のストランディングそれぞれについて,また複数のストランディングを総合的に調査を続けてデータを蓄積し,原因の解明に向けた努力が続けられていく予定です。

※1 ストランディングとは,本来海に棲息しているクジラ・イルカなどの鯨類やアザラシ・オットセイなどの鰭脚類,ジュゴン・マナティなどの海牛類などが,生死を問わず海岸に打ち寄せられたり,湾や河口に迷い込んだりする現象のことです。特に母と子以外の複数の個体がまとまって打ち上げられることを大量座礁「マスストランディング」といいます。人間の漁具などに掛かったような場合は「混獲」として区別しています。

謎の多い種:カズハゴンドウ

カズハゴンドウ(Peponocephala electra)はクジラ目ハクジラ亜目マイルカ科に属する海棲哺乳類です。熱帯・亜熱帯に主に棲息しますが,稀に温暖な温帯に近づいて来ることもあります。外洋を好み,近海で観察できることは一部海域を除いて多くはありません。このため,ストランディングは数少ない観察機会のひとつになっています。
体長は約2.7メートル,体重は200kgを超えます。約100頭から,多い時には1000頭を超える群れをつくって行動しています。餌はイカ類や小型の魚類です。

1966年まではマイルカ科カマイルカ属に分類されていましたが,現在ではカズハゴンドウ属として独立した分類になっています。カズハゴンドウ属に属する種はカズハゴンドウだけで,他のどのクジラ・イルカに近い種なのかは不明です。個体数や生活史も良く判っていません。

外見を見ると,良く似ている種に同じくハクジラ目マイルカ科のユメゴンドウ(Feresa attenuata)があります。ユメゴンドウは体長2.5~2.7メートル程度,体重は160kg超程度です。
見分けるポイントは顔,胸びれの形と歯の数です。カズハゴンドウとユメゴンドウの顔を比べると,カズハゴンドウでは上顎の先端が一番前方に出ているのに対し,ユメゴンドウではメロンと呼ばれる,額部分の脂肪組織が前に突き出しています。しかし高齢のカズハゴンドウではユメゴンドウに近い顔つきになっていることもあり,これだけでの判断は容易ではありません。
胸びれの形は,カズハゴンドウでは先端が尖っていますがユメゴンドウでは丸くなります。
一番見分けやすいのは歯の数で,カズハゴンドウでは上下それぞれの顎の片側で20~25本の小さな歯が生えていますが,ユメゴンドウには10~15本の比較的大きな歯があります。カズハゴンドウの「カズハ」とは漢字で書くと「数歯」,歯の数が多い,という意味なのだそうです。

同じマイルカ科のハンドウイルカ・オキゴンドウ・シャチなどは人に懐きやすく,水族館の環境にも良く適応しています。
しかしカズハゴンドウについては,ストランディングした個体を治療のために飼育した例が僅かながらありますが,保護した際の傷や病気などがあり,長期飼育には成功していません。残されている数少ない記録によると,気性が荒く懐きにくいようです。

カズハゴンドウ_ユメゴンドウ_違い

ストランディング調査の実際

国立科学博物館では,平成13年以降日本鯨類研究所や各地の大学,自治体,水族館などの協力を得て,海棲哺乳類のストランディングに対応するための体制づくりを目指してきました。具体的にはストランディング情報を収集し研究を行なうと同時に,関心のある方々への啓蒙活動も行なっています。
ストランディングは私たちに,海で泳いでいる姿を観察するだけではなかなか判らない,クジラ・イルカの貴重な生態・生活の情報をもたらしてくれます。ストランディングした個体が新種のクジラと判明したこともあります。生きているクジラ・イルカを新たに殺したり,傷つけたりする必要がないというメリットもあります。
実際にストランディングの現場で調査・指導に当たっている動物研究部脊椎動物グループ・山田格グループ長に調査の方法や,現場の様子を聞いてみました。

Q.ストランディング現場に到着されてからの,大まかな作業の流れを教えてください。
A(山田).最初に行なうのは,発見の状況や個体の特徴を記録するための写真撮影です。次に計測,続いて解剖・サンプル採取を行ないます。

Q.その場で解剖するのですか?
A.小型の個体は冷凍などして持ち帰れますが,大型のものの運搬は難しいのでその場で調べます。人間より遥かに大きな個体もあり,死んで漂着したものでは腐敗していることも多く,大変な作業です。

Q.解剖の時に調べるポイントはどこですか?
A.1つは死因です。海に生きる彼らが溺れる,というのはにわかに信じ難いかも知れませんが,溺れ死ぬ個体は少なからずいます。海が荒れた後はストランディングする個体が増えますが,既に死んで漂っていたものが流れ着くのに加え,溺れてしまったものも含まれています。
病気が見つかることもあり,漁具に絡まったらしい傷など,人間が介在するトラブルがあったらしい個体も時に見られます。
その個体の死ぬ直前の状況も調べることができます。栄養状態はどうだったのか,寄生虫がどの程度いたかなどの健康状態を見ます。胃の内容物を調べると,何を食べていたかに留まらず,何処に生息していた個体なのか,回遊する種ではそのルートまでわかることもあります。
生殖腺の発達をみると,単におとなか子どもかというだけでなく,繁殖期にある個体かどうかや,そのグループの繁殖サイクルもわかります。

Q.ストランディングの原因は寄生虫ではないか,という話を聞いたことがあるのですが?
A.今のところ,100%寄生虫の所為,と言うのは難しいと思います。健康な個体にも寄生虫はいます。ただ,ひとくちに寄生虫と言っても,種類や数,寄生する場所によって受ける影響は異なってきます。数があまりに多い場合や,聴神経や脳などに寄生した場合には悪影響があるかも知れません。

Q.サンプル採取,というお話が出ましたが,どのような部分を採取されるのでしょうか?
A.博物館標本としては伝統的に骨格,それもできれば全身骨格を採取します。一般的な生物学データ,生活史データを記録するには生殖腺,胃内容物などを,死因や健康状態評価には,全臓器の小片をとって顕微鏡で調べることも行います。環境汚染物質調査には表皮・筋肉・腎臓・肝臓を採取します。表皮からはDNAを抽出します。
有機塩素やスズ,重金属など,自然界で分解されにくい人間由来の汚染物質は,一旦海洋生物の体に取り込まれると容易には排出されず体内に蓄積されます。ハクジラ類は海の食物連鎖の上位捕食者として,小型魚・中型魚・イカなど様々なものを食べていますが,餌となる生物の体内に蓄積された汚染物質を一緒に取り込むため汚染の度合いは下位の生物と比較してより高くなります。実際,スジイルカの脂皮(表皮の脂肪層)の有機塩素濃度は海水中の1000万倍にもなっていたというデータもあります。

Q.それだけ汚染が進んでいると,何らかの悪影響があるのではありませんか?
A.有機重金属や塩素化合物は人間の場合,水俣病,イタイイタイ病,あるいはさまざまなダイオキシン類の蓄積による悪影響などが知られています。人間が自分たちの生産効率を上げるためや生活を快適にするためにつくりだす様々な物質は海洋などの自然環境に蓄積されて野生動物たちを苦しめている可能性が大きいのです。

Q.全ての作業にはどのくらいの時間が掛かるのですか?
A.カズハゴンドウの場合ではありませんが,新鮮なオウギハクジラ(体長5メートル程度)で4時間程度掛かります。標本などに利用するため骨を露出させる場合は更に1~2時間必要です。10mをこえる大型のクジラの場合には2,3日掛けないと必要なデータ採取ができないのがふつうです。

Q.ありがとうございました。

科博からのお知らせ

平成20年4月20日(日)国立科学博物館新宿分館および筑波実験植物園にて,研究部特別公開・『科博オープンラボ』が開催されます。
上野の展示室では公開されていない研究用標本や新着標本など貴重な資料を公開するとともに,研究者の講演,体験講座・実演などさまざまなプログラムをご用意して皆様をお待ちしています。

新宿分館オープンラボでは,今回監修の山田および研究室のメンバーによるイルカの解剖の実演が予定されています。ストランディングの後科博に運び込まれたイルカの研究の一端を間近にご覧いただけます。
魚類や海産無脊椎動物の資料庫,プランクトンの観察なども予定しています。他研究部のイベント,公開資料と合わせ,詳しい情報は近日中に科博ホームページ,ポスターなどでお知らせします。ご期待ください。

(研究推進課 西村美里)

昨年のオープンラボの様子昨年のオープンラボの様子。研究者による標本の解説。
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