速報:上野動物園最後のパンダ,リンリン死亡 (協力:動物研究部 川田伸一郎)

4月30日,リンリン死亡

4月30日午前2時ごろ,上野動物園のジャイアントパンダ(愛称リンリン,オス,22歳7ヶ月)が死亡しました。
上野動物園の発表によれば,リンリンは人間でいえば70歳と高齢で,昨年の夏ごろから身体に水がたまってむくむなど,心臓や腎臓など循環器系の不調が疑われるようになっていました。特に今年に入ってからは屋外の運動場へ出るのを嫌がるなど活動も鈍くなっており,なるべくストレスを与えないよう,寝室と展示室とを自由に行き来できるようにしていましたが,来園者からは見ることのできない寝室から出て来ないことも増えていました。4月に入って食欲も低下したため, 4月29日には公開を中止し,治療に専念するとの報道がされたばかりでした。病理解剖の結果,死因は慢性的な心不全でした。

日本では上野動物園のほかに,兵庫県神戸市立王子動物園にオス・メス各1頭,和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドにオス・メス各3頭の計8頭のジャイアントパンダが飼育されています。しかしこれらの8頭はいずれも中国から貸与されている個体であり,リンリンは日本が所有権を持つ唯一のジャイアントパンダでした。

リンリンの遺体は研究のため国立科学博物館に寄贈され,剥製として残されることが決まっています。

上野動物園に暮らしたパンダたち

上野動物園で暮らしたパンダたち

日本に初めてジャイアントパンダがやってきたのは1972年。当時の田中角栄首相と中国の周恩来首相との間で「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」(日中共同声明)が調印され,その記念として贈られたオスのカンカンとメスのランランが最初でした。公開初日には徹夜で並んだ人も含めて6万人にも及ぶ見物客が詰めかけ,動物園からの行列は上野駅まで届くほどだったと言われています。

残念ながらこの2頭の間の2世誕生はなりませんでしたが,次に来日したフェイフェイ,ホアンホアンの間に人工授精で3頭の子どもが生まれています。最初の子,1985年に生まれたチュチュは生後2日で死んでしまいましたが,翌年生まれたメスのトントンと1988年に生まれたオスのユウユウは無事に成長しました。

1992年,ユウユウとの交換で上野にやって来たのがリンリンでした。1985年に北京動物園で人工授精によって生まれたリンリンは,年の近いトントンとの繁殖を期待されましたが叶わないまま2000年にトントンが死亡。その後2001年から2003年まで,メキシコのチャプルテペック動物園との共同繁殖契約(※1)に基づいてメキシコに3度移送され,先方のメスと繁殖が図られましたがこれも失敗に終わりました。人間に良く慣れておとなしく,人懐っこいとも言われたリンリンでしたが,慣れない場所のせいか餌を食べなかったり,檻内をうろうろと歩き回るなど神経質な様子だったといいます。
それならば慣れ親しんだ場所で,と,2003年の末,今度はチャプルテペック動物園から上野へメスのシュアンシュアンがやって来ました。2年間の滞在の間にお見合いや人工授精が試みられましたがいずれも失敗,ジャイアントパンダの繁殖の難しさ(詳細後述)が,改めて浮き彫りとなりました。
2005年の9月にシュアンシュアンがメキシコに帰国,以来リンリンは1頭だけで飼育されてきました。リンリンの死により36年間続いてきた「上野のパンダ」の歴史は途切れたことになります。

※1 現在世界各地で飼育されているジャイアントパンダは,ほとんどが中国国籍の個体です。かつて中国は友好・親善などの目的で各国にジャイアントパンダを譲渡していましたが,現在では種の保護のため,有償の貸し出しに変更されています。賃借料は非常に高価で,1年間で1億円とも言われています。また仮に繁殖に成功しても,生まれた場所やつがいの相手となったパンダの国籍に関わらず,生まれた子どもは全て中国籍となります。
1度譲渡された個体やその子どもたちは譲り受けた国の国籍になるため,ランラン・カンカン以降の上野の個体は全て日本国籍でした。この他に中国以外の国籍のパンダはチャプルテペック動物園のメスとドイツにいるオスだけで,日本国籍の新たなパンダの入手にはリンリンとメキシコのメスたちとの間の繁殖が唯一の方法でした。
共同繁殖計画は2001年から2005年の5年間で,リンリンがメキシコにいる間に生まれていれば奇数番目の子どもが,シュアンシュアンが日本にいる間に生まれていれば偶数版目の子どもが日本国籍になる筈でした。

参考:東京ズーネットメールマガジン『Zoo Express』

ジャイアントパンダの生態と繁殖

ジャイアントパンダ(Ailuropoda melanoleuca)は,食肉目クマ科に属しています。
クマ科には他にヒグマやホッキョクグマ,ツキノワグマなどが含まれます。食性はいずれも雑食ですが,ツキノワグマは植物を,ヒグマやホッキョクグマは肉や魚をより好む傾向にあります。
ジャイアントパンダは現在はタケ科植物を中心としてほぼ完全な植物食(※2)ですが,その祖先は他のクマ科の生物と同じく雑食,更に古くは肉食であったと考えられています。その証拠のひとつは短い腸管で,体長の約4倍の長さしかありません。これは肉食獣のライオンなどとほぼ同じ比率で,雑食のヒトでは体長の約7~8倍,植物食のウシでは20倍以上にもなることと比較してもジャイアントパンダが本来植物食ではないことが判ります。
また,ジャイアントパンダの体内に生息する腸内細菌は肉を分解するタイプのもので,パンダの腸内では植物からの栄養素は食べた分の20%ほどしか吸収されていません。このためパンダは1日のほとんどを食べることに費やしています。それだけ食べても未だ養分は不足がちで,それがパンダの繁殖力が弱まる一因になっているとの研究もあります。

ジャイアントパンダのメスの繁殖期は1年に1度,個体によって差がありますがおよそ2月から6月の間に訪れます。期間は数日と非常に短く,動物園では行動の変化や尿中の性ホルモンの変動から自然交配或いは人工授精のタイミングを測ります。
妊娠期間は平均135日ですが,ジャイアントパンダのメスには実際には妊娠していないにも関わらず妊娠時と同じ行動,ホルモンパターンを見せる偽妊娠と呼ばれる現象があるため,実際に子が生まれるまで交配が成功したかどうかを見極めることは困難です。
実際,2004年にリンリンとシュアンシュアンとの間で試みられた人工授精ではシュアンシュアンに食欲の変化や,巣作りなどの特徴的な行動が見られ,ホルモン値の上昇も見られたため妊娠の期待が高まりましたが,やがて行動,ホルモン値ともに元に戻り,偽妊娠だったと判りました。
偽妊娠の起こる確率や実際に妊娠した場合の胎子の死亡率など,ジャイアントパンダの妊娠については未だ多くの謎が残っています。

子どもは通常1頭から2頭で,体長は約10センチ,体重は100~200グラムしかありません。おとなのジャイアントパンダの体重はオスで100~150キロ,メスで80~120キロですから,約1000分の1しかないことになります。
生まれた直後は全身ピンク色ですが,約1週間で目の周りや耳,肩,四肢がうっすらと黒く見えるようになります。
うまく行けば約1年で親離れしますが,ジャイアントパンダの母親は育児を放棄することもあり,動物園ではしばしば人工保育が行われています。

※2 上野動物園でジャイアントパンダに与えられていた飼料はタケ(しの竹・孟宗竹)のほか,サトウキビ・ニンジン・リンゴ・ナツメ・煮甘藷・パンダ団子でした。パンダ団子はトウモロコシ粉・大豆粉・パンダ専用粉ミルク・キビ砂糖を混ぜたものでした(上野動物園解説より)。野生では植物の他,ネズミなどの小動物の死肉,昆虫の幼虫,鳥の卵などを食べているとの報告もあります。

国立科学博物館とジャイアントパンダ

地球館3階に展示中のフェイフェイ(左)とトントン地球館3階に展示中のフェイフェイ(左)とトントン

国立科学博物館地球館には,現在3頭のジャイアントパンダの剥製が展示されています。3階の「大地を駆ける生命」コーナーにいるのがフェイフェイとトントンの父娘,1階の「栄養を求めて」のコーナーにいるのが母親のホアンホアン(ホアンホアンと一緒に展示されている手の骨格はフェイフェイのもの)です。

ジャイアントパンダを含めクマ科の生物の手は,獲物の生物を狩ることに特化した構造をしています。鋭い爪の生えた5本の指が互いに並行に並んでおり,これらの指はそれぞれの関節から曲げる,伸ばすのふたつの動作しかできません。人間がものを掴む時のように親指だけを内側に折り曲げて他の4本の指と向かい合わせること(母指対向性)ができないため,竹や笹のような細いものを握って食べることは本来難しいと考えられます。
これを解決するために,ジャイアントパンダでは,他のクマ科では極めて小さい手首の親指側の関節の骨のひとつ,橈側種子骨が巨大化しています。ヒグマでは5ミリ程度の骨がジャイアントパンダでは40ミリを越えます。この橈側種子骨は俗に「偽の親指」と呼ばれ,パンダが竹や笹を掴もうとする時手首側で支えとなって,落下を食い止めていると考えられてきました。
ところが1995年に死亡したオス,フェイフェイの解剖調査を行った元動物研究部の遠藤秀紀(現・東京大学総合研究博物館)は,第六の指というべき「偽の親指」が親指に繋がる掌の骨にしっかりとくっついてしまっており,指の代わりとして自由に動かすことなどできそうもないことに気がつきました。
1997年に死亡したメス,ホアンホアンの手をCTスキャンに掛けたところ,ジャイアントパンダがものを掴む際にはもうひとつ,いわば第七の指が関与していることが判明しました。
第七の指として使われていたのは,小指側の手首にある副手根骨と呼ばれる骨でした。ジャイアントパンダを含めクマ科の生物は,人間に比べ手首をより深い角度で折り曲げることができます。パンダがものを掴もうとする時,手首を深く折り曲げていくと「偽の親指」は親指の骨と一緒に内側に折れ曲がりますが,それは丁度副手根骨と並行になる位置になります。手首を折り曲げることで,五本の指と「偽の親指」そして副手根骨の七本が竹や笹を握ることのできる空間を形成することが判ったのです。

リンリンの遺体がこの後どのように使われることになるのかは未だ決まっていません。皆さんの前に剥製として姿をお見せできる日もあるかも知れません。その折にはまた改めてこの場で,または国立科学博物館ホームページでお知らせしたいと考えています。

参考:遠藤秀紀著「パンダの死体はよみがえる」ちくま新書(2005)

(研究推進課 西村美里)

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