特定外来生物セアカゴケグモ (協力:動物研究部 小野展嗣)
セアカゴケグモ,多数発見
6月上旬,愛知県愛西市と岐阜県海津市にまたがる国営木曽三川公園の駐車場の排水用の側溝で,特定外来生物(詳細後述)セアカゴケグモが多数生息しているのが発見されました。最大で体長約15ミリの個体から1ミリ程度の個体まで約60匹が捕獲され,側溝全体では推計で600匹程度いるとしてバーナーで焼却,駆除されました。
公園を管理する国土交通省中部地方整備局の木曽川下流河川事務所では,生き残った個体がいる可能性を考慮して注意を呼び掛ける看板を設置しました。その一方で愛知県などの協力を得て公園内での生息状況調査を行い,最初に発見された駐車場以外でも河川敷等でクモを発見,駆除しました。
その後徹底した調査・駆除の結果,河川事務所の発表によると,6月19日の捕獲を最後にセアカゴケグモは確認されなくなり,7月現在新たな個体は見つかっていないとのことです。
セアカゴケグモが日本で最初に発見されたのは1995年の11月,大阪府高石市でのことでした。同年のうちに兵庫県神戸市など,関西地方の港湾都市で複数件の発見の報告があり,全国的な毒グモ騒ぎとなりました。
生息地域から輸入された国際貨物に紛れて侵入したものと思われ,これまでの発見場所は商工業港や空港が中心でした。
今回,発見場所が海岸線からおよそ14キロ離れた内陸だったため,新聞等でも取り上げられ,再び騒ぎとなったのでしょう。
セアカゴケグモ(フリー百科事典『Wikipedia』)セアカゴケグモの生態
セアカゴケグモとその網
右上部分が住居。捕虫糸の下の方(矢印部分)のみ粘液がついている。
(東海大学出版会:小野展嗣著『クモ学-摩訶不思議な八本足の世界』より転載)
セアカゴケグモ(Latrodectus hasseltii)はヒメグモ科ゴケグモ属に属し,オーストラリア・南太平洋・東南アジアなどの熱帯・亜熱帯域に生息しています。脚を除いた体長はオスが3ミリ,メスでも10~14ミリと小型ですが,背赤というその名前のとおり,腹部の背面に赤またはオレンジのひし形をふたつ並べたような特徴的な模様(通常見えませんが腹面にも赤い模様があります)が人目をひきます。
セアカゴケグモの「巣」は私たちが普段住居内などで見慣れたような,円形ではありません。セアカゴケグモを含めゴケグモ科のクモは地面の割れ目や岩の間,下草や低木の枝葉の間などに,不規則な形の網を張りますが,その網には自分の体がちょうど収まる程度の大きさの,コップを逆さまにしたような形の住居がついており,クモは通常そこに隠れています。そして網から地面にむかって,まるで釣り糸を垂らすように,捕虫用の糸を垂らしています。捕虫糸は地面に近い部分のみねばねばになっており,地面を這う虫がそれに触れてくっつくと,クモはそれを釣り上げて食べます。飛行性の昆虫であっても糸につけば食べますし,人間の手がねばねばの部分を触れば餌と間違えて咬みついてくることがあります。
人間の生活圏内で彼らが好むのは,今回三川公園で発見されたような側溝の蓋の裏,ベンチの後ろ,墓石の間など,このような形の「巣」を張り易い場所です。
夜行性で,森林よりも夜まで明かりがついており虫が集まり易い所為なのか,都市環境を好むようでもあります。
地面から比較的近い所に,「巣」を張り易い覆い状のものが被さっている,という形を考えてみると,自動車の車体下も当てはまります。
クモの仲間の多くは糸を風に乗せ,それと一緒に空を飛ぶ「バルーニング」と呼ばれる方法で分布を拡大します。しかしセアカゴケグモではこれまでのところ,バルーニングの習性は確認されていません。その代わり,自動車の下などにくっついて人間と一緒に,人知れず移動している可能性があります。
人工物を嫌がらないこともあり,港湾地帯から多くの自動車が内陸へ人や貨物を運んでいることを思えば,今回のような侵入・拡大はそれほど驚くことではないのかも知れません。
セアカゴケグモ,2つの問題
セアカゴケグモの毒は,咬まれることによって体内に注入されます。問題の成分はα-ラトロトキシンというタンパク質で,体内に入ると神経と筋肉が接合する部分の神経側に作用して神経伝達物質アセチルコリンを急激に,また必要以上に放出させてしまいます。その結果咬み傷のみならず,全身の筋肉に痛みや痙攣が生じます。吐き気やめまい・頭痛・高血圧・呼吸困難などの症状を訴える人もあります。
しかしおとなしい性質のため直接触ったり掴んだりしなければ咬まれることはほとんどありません。また現在では抗毒血清が開発されており,この毒によって生命の危険に晒されることは原産国でもごく稀になりました(小児や高齢者の場合には重症化する危険があり,大人でもアナフィラキシーショックを起こす可能性があるため,咬まれたと思われる場合は自己判断で放置せず,速やかに医療機関を受診してください)。
セアカゴケグモについてもうひとつの問題は,それが元々日本にいない生物であった筈だ,という事実そのものです。
今日,貿易の国際化やエキゾチック・アニマルの飼育ブームなどにより,多くの野生生物が偶発的に,または人間の手によって国境を超えるようになりました。
本来の生息地域ではない場所に連れてこられた生物の多くは,人間の庇護がなければ生きていくことは困難です。逃げ出した個体1世代なら生き延びることができたとしても,新たな土地で繁殖し数を増やしていくことは難しいことがほとんどです。
ところが,やって来る個体の数が極端に多かったり,地球温暖化などの影響によって新しくやってきた土地の環境が変わったりした場合,新たな土地に適応し,定着・繁殖することがあります。
セアカゴケグモも初めは持ち込まれていただけでしたが,温暖化のため日本で越冬できるようになり,定着しつつあるのではないかと危惧されています。
※日本に生息する「毒グモ」は,セアカゴケグモだけではありません。同じく外来種で神奈川県横浜市などの港湾地域で発見されているハイイロゴケグモ,山口県で発見の情報があるクロゴケグモが知られており,国産種ではフクログモ科のカバキコマチグモがあります。全国に広く分布しており,ススキなどイネ科の植物の葉をちまき状に巻いてつくった巣の中に住んでいます。手で掴んだり,巣を壊したりしなければ咬まれることは滅多にありませんが,咬まれると激しく痛み,傷口が腫れたり水ぶくれになることもあります。
※「毒グモ」として悪名を馳せることとなってしまったこれらのクモたちですが,実際は他の多くのクモも毒を持っています。クモ毒は獲物とする昆虫を麻痺させるため,或いは天敵から身を守るために発達したものであり,人間に有害な成分を含む毒を持つクモ,人間の皮膚を貫通できる大きさの毒牙を持っているクモはごく一部です。
参考:毒グモとその毒 (大利他,現代科学,1996,(302))
特定外来生物とは
前項でも少し触れたとおり,人間の活動の国際化によって国境を越えて運ばれる,持ち込まれる外来生物が近年大幅に増えています。
日本にやって来る生き物の中にも,人間に直接害を及ぼすもの,農作物に被害を与えるもの,日本固有の生態系を乱し或いは破壊する可能性があるものなど,好ましくない影響を与えるものが複数あります。
そのような生物の防除や管理を目的として,平成17年6月1日,『特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法)』が施行されました。この法律は外来生物のうち上に挙げたのような問題を引き起こす生物を特定外来生物として指定し,その生物の飼育・栽培・運搬・輸入などが規制されます。生きているものに限られており,個体だけでなく卵や種,器官なども含まれます。
「持ち込まれた生き物たち」コーナーに展示中のセアカゴケグモ(赤楕円内)釣り魚・食用魚として全国の湖沼に持ち込まれ,在来の魚を捕食することで問題となった北米原産のオオクチバス,コクチバス(通称ブラックバス)は現在,釣った現場でそのまま放流するキャッチ・アンド・リリースを除く新たな放流が禁止され,卵や稚魚を回収する,食材としての消費を促すなどの駆除策がとられています。
同じく北米原産のアライグマは,特に1980年代以降,ペットとして大量に輸入されました。しかし可愛らしい外見とは裏腹に成体になると凶暴な個体も多く,し尿の臭いが強いなど飼育が難しいため,各地で捨てられ,野生化しました。雑食性のアライグマは小型の哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・魚類・昆虫類などの動物,野菜・果物・穀類などの植物の両方を幅広く餌としています。このため特に北海道では,在来の固有種であるニホンザリガニやエゾサンショウウオの減少,トウモロコシや果物への食害など大きな被害が出ています。
毛皮用として輸入されたものが後に捨てられて野生化・定着したヌートリアは,南米原産です。餌となる水生植物をめぐって水鳥などとの競合が心配されるほか,イネや葉野菜など農作物への食害,水辺を好んで巣をつくるため水田の畔を破壊することがあるなど,特に西日本で大きな問題となっています。
特定外来生物に指定するか否かが大きな論議となったのがセイヨウオオマルハナバチです。トマトを中心にナス,イチゴなどのハウス栽培,サクランボやリンゴなどの露地栽培で受粉者として利用されており,労力の削減,ホルモン剤の節減に大きな恩恵をもたらしてきました。その一方で日本在来種のマルハナバチと比べて,在来種の受粉を行わず花弁の側面に穴をあけて蜜だけを舐めとる「盗蜜」の頻度が在来種より高いため野生植物の種子生産を阻害する,女王蜂が活動を開始する時期が早いため巣作りの場所をめぐる競争に有利であるなどの理由から在来のマルハナバチ,野草双方への影響が心配されてきました。特に北海道のエゾオオマルハナバチは,セイヨウオオマルハナバチとの競合により大きく数を減らしたと考えられています。
こうした状況を鑑み,法施行から1年3ヶ月後の平成18年9月,セイヨウオオマルハナバチは特定外来生物に加えられました。農業に使用されているハチは,野外に逃げ出さないよう出入口にネットを張るなどの対策を取ったハウスの中に限って,許可を得たうえで引き続き使用することができます。
このように多くの生物が日本に持ち込まれる一方で,日本から持ち出され,海外で大きな問題となっている生物も存在します。
一例を挙げると,日本を含め北太平洋沿岸原産のマヒトデが,オーストラリアの海岸で養殖されていたホタテやカキを食害して問題となりました。持ち込まれた原因のひとつと考えられているのが,日本とそれらの国々を行き来する船が運んでいる海水「バラスト水」です。
バラスト水は船舶に荷物が積まれていないとき,船の重心を下げるためなどの目的で船内のタンクに積み込まれ,寄港先で荷物が積み込まれると排出されます。積み込んだ港と全く別の場所で排出されるため,例えば日本で積み込まれた水に含まれていたマヒトデがオーストラリア沿岸まで運ばれ,そこで定着する,ということが起こります。
バラスト水には他にも多くの水生生物が含まれており,日本由来のものに限らず世界各地で外来生物を運搬し,生態系を擾乱するものとして問題視されています。
科博では日本館2階『日本人と自然』の中で,「持ち込まれた生き物たち」としてセアカゴケグモほか外来生物について紹介しています。
(研究推進課 西村美里)