マリントキシン-毒を持つ魚介類に注意!- (協力:コレクションディレクター 松浦啓一)
温暖化が原因?シガテラ毒の発生域北上
『シガテラ』という食中毒を知っていますか?熱帯や亜熱帯の海域に生息する有毒の渦鞭毛藻Gambierdiscus toxicusなどが産生する複数の毒素が原因となる食中毒で,それら藻類を食べた魚介類を口にしたヒトに被害を及ぼします。死亡率は高くないものの発症者は年間2万人以上,細菌以外の自然の毒を原因とする食中毒では世界でも最大規模の被害を出しています。
日本でも沖縄や奄美諸島など一部の亜熱帯地域では古くから知られていましたが,近年本州でも散発的ながら複数発生しており注意が必要です。
シガテラを引き起こす毒素は総称でシガテラ毒と呼ばれ,シガトキシン,スカリトキシン,マイトトキシン,シガテリンなどが知られています。シガトキシン(C60H86O19)は非常に強い神経毒で,生産者である藻類から藻類食の魚類へ,更には肉食の魚類へと食物連鎖によって濃縮され,主に肝臓に蓄積されます。
熱に対して安定で,調理では分解できません。また仮に魚が汚染されても味も臭いも変わらないため,危険かどうかを見た目や味で判断する方法はないというのが現状です。
東海地方でシガテラの発生例のあるイシガキダイとシガトキシン
(いずれもWikipediaより)
シガテラ毒の保有者とされるのは,熱帯・亜熱帯由来の魚が中心ですが総種数は数百種類とも言われ,ブリ,カマス,カンパチ,ヒラマサなど私たちの食卓に馴染み深い魚も含まれています。
これらの魚種の全ての個体が危険,という訳ではなく,同じ種類の魚の中でも地域差や個体差があります。日本国内で流通している魚については今のところほとんど問題はないとされていますが,個人で釣り上げた魚,海外で食べる魚には注意が必要です。
シガテラ毒の主な作用は,神経細胞や筋繊維のナトリウムチャンネルに作用し,細胞内へナトリウムイオンを過剰に取り込ませることです。ナトリウムイオンは神経系の情報伝達や筋肉の収縮の際に細胞に取り込まれますが,これが過剰となることで様々な異常が起こります。具体的には吐き気やめまい・頭痛・筋肉の痛み・麻痺・感覚の異常などの神経系の異常と,腹痛や下痢・嘔吐など消化器系の異常,血圧や心拍数の低下など循環器系の異常があります。特徴的な神経症状のひとつドライアイス・センセーションは,温度感覚に異常が生じるため暖かいものに触れても冷たく感じ,水に触れるとドライアイスに触ったような冷たさを感じるためにこの名があります。
1匹の魚に含まれる毒量が後述するフグと比べるとごく微量のため,発症しても死にいたるほど重症化することは稀ですが,回復が非常に遅いのも特徴で半年から1年近く掛かることもあります。
本州で報告され始めた原因は温暖化による渦鞭毛藻の生息域の拡大が原因とも言われ,今後ともこの傾向が続く可能性が高いため,汚染された魚を魚市場等で短時間で判定できる検出方法と,シガトキシン抗体(ワクチン)の開発が急務となっています。
自己判断は禁物,フグの毒
フグが毒を持っていることはよく知られていますが,全く毒を持たないものから全身に毒のあるものまで,その食用への適性と危険性は種によって大きく異なっています。
フグ毒,テトロドトキシン(C11H17N3O8)もシガテラと同様,フグ自身が作り出している訳ではありません。ビブリオ属やアルテロモナス属など,一部の真正細菌によって生産され,それらの細菌の死骸が海底に沈殿することで毒も海底に蓄積されます。海底の泥に含まれる有機物を餌としている貝などがそれを取り込み,その貝を食べるフグの体で濃縮され,蓄積されると言われています。アカハライモリやヒョウモンダコ,スベスベマンジュウガニなどもテトロドトキシンを持っています。
テトロドトキシンは熱に対して安定で,300℃以上に過熱しても分解されません。作用は前項のシガテラと全く反対で,細胞内へのナトリウムの取り込みを抑制します。その結果,神経系の情報伝達が乱れ,筋肉は麻痺します。
初めに唇や舌が麻痺し,感覚が鈍くなったように感じられます。吐き気や嘔吐が出ることもあります。次に手足の末端の感覚がなくなり,味覚や聴覚,運動機能にも麻痺が出ます。更に進むと動くことができなくなり,喋ったりものを飲み込んだりすることもできにくくなります。血圧が下がり,脈が乱れ,最終的には呼吸困難・意識不明となり死に至ります。
口にしてから数十分から数時間で症状が現れ,短時間で悪化するのが特徴です。フグ中毒が疑われたら一刻も早く病院へ搬送しましょう。有効な解毒方法は見つかっていませんが,胃洗浄や人工呼吸,昇圧剤や呼吸促進剤の投与で多くの方が助かるようになっています。
ドクサバフグ(上)とシロサバフグ
撮影:松浦啓一
現在食用とされているフグはトラフグ,マフグなどですが,料理用としてさばくためには専門の免許,または資格(名称や取得方法は都道府県によって異なります)が必要です。また調理後に残った有毒部位は,盗難による悪用を防ぐため,施錠できる容器に保管の上焼却処分する必要があります。このため,さばかれていないフグを一般家庭向けに売ること,個人で釣り上げたフグを家庭で調理して食べることは認められていません。
素人目には見分けのつかないそっくりなフグの一例に,無毒のシロサバフグと猛毒のドクサバフグがあります。
シロサバフグは鹿児島以北の日本全域,及び台湾・中国沿岸から西部太平洋熱帯域で見られるフグで,肝などを含め全身無毒で味も良いため,九州を中心に鍋の具材などとしてよく食べられています。
一方のドクサバフグは東シナ海・南シナ海・インド洋などに生息しているフグで,日本でも関東以南で採れる可能性があります。外見・大きさはシロサバフグと良く似ていますが,内臓のみならず皮と身にも強い毒があり,間違えて食べての中毒被害が複数出ています。
ドクサバフグはシロサバフグと比べると尾びれの輪郭が内側に丸く切り込まれています。またどちらの種も背中に小さなトゲを持っていますが,ドクサバフグは背びれのすぐ傍までトゲがあるのに対し,シロサバフグは背の途中までで止まっています。
しかしそれらの違いは両種を並べて比較して初めてわかる程度のもので,種内の個体差もあるため迂闊な判断はとても危険です。
お好きな方には辛い選択かも知れませんが,サバフグを釣ったり手に入れたりしても,食べるのはやめておいた方が無難のようです。
日本人のフグ食の歴史
日本人とフグとの関わりは古く,約2万年前の旧石器時代の出土品の中からフグ科の骨が見つかっています。縄文時代,狩猟・採集・漁撈の生活の中でも,スズキやタイと共に各地の貝塚からフグ科の骨が見つかっており,好んで食べられていたらしいことが判っています。
この頃のフグに現在のような毒があったかどうか,という議論があります。先に述べたようにフグの毒は自身で生産したものではなく生物濃縮によって獲得したものです。この時代の海にテトロドトキシンを生産する真正細菌が存在したかどうかを調べることで,フグの毒の有無,あったとすれば毒の強弱も明らかになっていく筈です。
その後の農耕の発達で魚介資源への依存度が下がり,フグについての目だった遺物は見つからなくなります。
安土桃山時代,豊臣秀吉が朝鮮半島へ侵攻します(1592~1598年)。その途上,半島への兵站拠点として肥前名護屋(現在の佐賀県唐津市)に陣を張りましたが,ここに集まった将兵の中にフグを食べて中毒死する者が相次いだため,秀吉は『河豚食用禁止の令』を発布しフグ食を禁止しました。この禁令は武家に対しては江戸時代も続き,中毒死者を出した家にはお家断絶などの厳しい処分が科せられました。一方で庶民の間では案外食べ続けられたようで,その分中毒死もあったようです。
フグ解禁のきっかけとして有力な説に,初代内閣総理大臣,伊藤博文が下関で出されたフグの味に感心して禁を解いた,というものがあります。
1888(明治21)年,伊藤は下関の旅館『春帆楼』に滞在していました。この時周辺の天候は時化で良い魚が取れず,もてなしの料理に困った女将は処罰を承知でおそるおそるフグの刺身を差し出しました。それが旨いと感動した伊藤は,女将にこれは何の魚かと尋ねます。そして禁制のフグであること,調理法を誤らなければ中毒しないことを教えられ,山口県内に限って食用を認めたといいます(※1)。
こうして一部地域に限り食用を認められたフグは官政の保護の下,高級料理としての道を歩み始めます。下関市内ではフグ料理屋が増え,東京にフグを輸送して販売する店も現れました。
全国でフグ解禁となり,現在のような各都道府県の免許制度が始まったのは,第2次世界大戦後のことです。
※1 解禁の時期と地域については他にも諸説があり,はっきりしていません。
貝の種類に依らない危険-貝毒
私たちが身近に食べている貝も,時に毒化することがあります。シガテラと同じく有毒の渦鞭毛藻を貝が捕食し,体内に毒を蓄えることが原因です。
海水温が上がり始める4月,5月の発生が多く,シガテラ・フグ同様加熱によっては無毒化できず,汚染されても貝の味や臭いは変わりません。
日本で発生する貝毒には,下痢性・麻痺性の2種類があり,原因となる渦鞭毛藻が異なります。
下痢性貝毒は渦鞭毛藻Dinophysis fortiiを原因とし,ホタテガイ・ムラサキイガイ・アサリ・ホッキなど多くの二枚貝で発生の危険があります。
汚染された貝を口にしてから30分~4時間以内に下痢・吐き気・嘔吐・腹痛などの消化器系の症状が出ます。魚介類を原因とする食中毒のひとつ,腸炎ビブリオと似た症状ですがビブリオにはある発熱がこちらにはありません。
治療法は特にないため脱水症状を起こさないよう気をつけながら耐えるほかありません。死亡例はなく3日以内に回復します。
一方の麻痺性貝毒は渦鞭毛藻Alexandrium tamarenseやGymnodinium catenatumが原因で起こります。ホタテガイ・アサリ・カキ・ムラサキイガイなどで発生し,北海道では養殖ホタテが,広島では養殖カキが毒化したこともあり,問題になっています。
有毒物質はサキシトシンで,テトロドトキシンと同様に細胞内へのナトリウムイオンの取り込みを妨げる作用があります。
症状もフグ毒と似ています。摂取から30分程度で舌や顔面が痺れ始め,手足へと広がります。軽症の場合は24~48時間で回復しますが,重症の場合は運動や言語に障害が現れ,呼吸困難で死亡することもあります。フグの場合と同じく胃の洗浄と人工呼吸で事態の改善が期待できます。
都道府県の水産担当部局では,冬の終わりから定期的に,海水中の渦鞭毛藻や貝類の毒量の調査を行っています。基準値を超えた場合には出荷停止の措置がとられ,貝自身の代謝によって毒が排出されるまで(※2)の間継続されます。
このため市場に出回る貝で貝毒が起こることはほぼありませんが,潮干狩りなど自分で採集する際にはその海域が危険とされていないかどうか十分に情報を収集する必要があります。
※2 毒は人間など脊椎動物では肝臓にあたる,中腸線と呼ばれる器官に蓄積されています。
(研究推進課 西村美里)