速報:ノーベル化学賞受賞:緑色蛍光タンパク質(GFP)の発見と開発 (協力:理工学研究部 若林文高・動物研究部 並河洋・植物研究部 細矢剛)

2008年ノーベル化学賞

オワンクラゲ

10月8日,前日のノーベル物理学賞発表に続く吉報が,再び日本に飛び込んで来ました。2008年ノーベル化学賞が,アメリカ,ウッズホール海洋生物学研究所およびボストン大学の下村脩名誉教授,コロンビア大のマーチン・チャルフィー教授,およびカリフォルニア大サンディエゴ校のロジャー・チェン教授の3名に授与されることが発表されたのです。

日本人の化学賞受賞は,2002年に島津製作所の田中耕一フェローが「生体高分子の同定および構造解析のための手法の開発」で受賞されて以来6年ぶり5人目になります。

下村氏は1961年,アメリカ,シアトル郊外の臨海実験場で,オワンクラゲ(ヒドロ虫綱,Aequorea victoria,※1・※2)から,紫外線が当たると緑色に光る「緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein; GFP)」を発見しました。
それからおよそ30年後,チャルフィー氏のグループが遺伝子操作によってオワンクラゲ以外の体内にGFP遺伝子を導入し,他の生物の体内でタンパク質を光らせることに成功しました。チェン氏は更にその手法を発展させ,緑以外のさまざまな色でしかも効率よく光らせることに成功しています。
それらの成果によって生物体内の細胞内でのタンパク質の動きを視覚的に追うことが可能になり,細胞の機能や病気発症のメカニズムの解明に広く貢献しています。

※1 和名でひとくちに「クラゲ」と呼ぶ時,そこには刺胞動物門のヒドロ虫綱・箱虫綱・鉢虫綱,また広義には有櫛動物門の有触手綱・無触手綱が含まれています。詳細はここでは割愛しますが,私たちに馴染みの深い大型で厚い傘を持つクラゲ,エチゼンクラゲやミズグラゲなどは鉢虫綱,お盆過ぎに海水浴場に現れるアンドンクラゲは箱虫綱です。

※2 オワンクラゲは日本沿岸でも春から夏に多く見られます。お椀を逆さに伏せたような形の傘を持ち,傘の直径は10センチ程度から,大きいものでは20センチほどになります。傘からは100本近い触手が伸びています。肉食で,傘の中央にある口を大きく広げて他のクラゲや小魚を丸呑みします。刺激を受けると傘の周辺部分が緑色に光りますが,この発光がクラゲにとって何の意味を持つのかは未だ判っていません。

参考:クラゲガイドブック 並河洋(著)/楚山勇(写真) TBSブリタニカ

光を放つ生き物たち

ヤコウタケヤコウタケ(Mycena chlorophos)

光を放つ生き物,と言えば,どのような生物を思い浮かべますか?動物ならホタル,ウミホタル,深海魚などでしょうか?

ホタルやウミホタル,一部の深海魚では,体内に酵素を触媒として酸化されることで光を放つ物質「発光素(ルシフェリン)」を持っています。
ルシフェリンは酸化によって発光する物質の総称です。ホタルにはホタルの,ウミホタルにはウミホタルのルシフェリンがあり,それぞれホタルルシフェリン,ウミホタルルシフェリンと呼ばれています。酸化酵素はルシフェラーゼといい,多くの場合,ある生物のルシフェラーゼは同じ生物のルシフェリンとしか反応しません。
また発光する場所も生物によって異なります。ホタルや多くの深海魚では発光のための反応はすべて体内で起こりますが,ウミホタルではルシフェリンとルシフェラーゼを体外へ放出し,水中で光を放ちます。
発光する目的についても諸説ありますが,ホタルでは求愛のためや,毒を持ったまずい昆虫であることを天敵に知らせるため,ウミホタルは刺激を受けると激しく発光することから,天敵に対する目くらましや仲間への警告,ホタルと同じく求愛目的とも言われています。

また菌類にも光るものがあります。
ブナやナラなどの広葉樹で見られるツキヨタケは,食用のムキタケやヒラタケに外見が良く似ていることからしばしば中毒事故が起こるキノコとして知られていますが,暗闇ではひだの部分が淡い緑色に光ります。これはひだの中にある成分,ランプテロフラビンによるものと言われていますが,正確なところは判っていません。
ツキヨタケは成熟すると光らなくなることもあり,夜に光れば有毒のツキヨタケ,光らなければ無毒のキノコ,という見分け方に頼るのは危険です。
下痢や嘔吐など食中毒の症状のほか,幻覚が見えることもあり,最悪の場合は死に至ることもあります。判断は必ず専門家に任せるようにしてください。
キシメジ科のヤコウタケやシイノトモシビタケも光るキノコとして知られています。ヤコウタケは小笠原諸島や八丈島などに発生するキノコで,「グリーンペペ」という愛称で親しまれています。
ヤコウタケの光るメカニズムも今のところ判っていません。
これらのキノコが光る理由についても,夜行性の昆虫を誘引するため,生命進化の初期には有害であった過剰な酸素を酸化反応によって消費するためなど諸説ありますが,こちらも未だ謎のままです。
下村氏もこれらキノコの光に注目され,現在自宅で研究を続けられているとのことです。

※ 国立科学博物館では現在開催中の特別展『菌類のふしぎ-キノコとカビと仲間たち』(~09年1月12日)に於いて,光るキノコ,ヤコウタケを展示しています。
光るキノコは培養が難しいため,実物展示ができない日もあります。その日の光るキノコの様子は,モバイルサイトでお知らせしております。あらかじめご確認の上お出掛け下さいますようお願いいたします。

オワンクラゲの発光メカニズム:イクオリンと緑色蛍光タンパク質(GFP)

オワンクラゲの発光についても,初めはルシフェリンによるとものだ考えられていました。
名古屋大学の研究生時代にウミホタルのルシフェリンを世界で初めて結晶化した下村氏は,その実績をかわれ,アメリカ,プリンストン大学のジョンソン教授の研究室に招かれました。オワンクラゲの発光メカニズムを研究することになり,ルシフェリンを抽出する作業を開始しました。シアトル郊外の海岸でオワンクラゲをひたすら採集し,その数は1日3000匹にものぼりました。しかしどれほど実験を繰り返しても,オワンクラゲからルシフェリンを見つけることはできませんでした。

別の発光物質,別のメカニズムがあるのではないか…?そう考えた下村氏は,更にクラゲを採集して実験を続けました。
実験には先ず,クラゲの傘の発光部分を切り取って押し潰し,絞り液をつくります。その絞り液のpHを少しずつ替えていくと,ある程度酸性度が高くなったところで発光が止まると判りました。しかしこれを流しに捨てると再び,青白く強い発光が起こりました。流しに残っていた海水の中に含まれていたカルシウムイオンとの化学反応による発光でした。
この時発見された発光物質は,オワンクラゲの学名Aequoreaにちなんで,イクオリン(Aequorin)と命名されました。イクオリンはその分子構造中にセレンテラジンと呼ばれる発光基質を持っていますが,細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇するとセレンテラジンの構造が変化し光を放ちます。

しかしこれで全てが解決したわけではありませんでした。イクオリンが放つ光の色は青,オワンクラゲの光の色は緑なのです。これはクラゲの体内に,イクオリンの他に蛍光タンパク質「緑色蛍光タンパク質(GFP)」が存在していたためでした。
1962年,イクオリンの発見を発表した論文の中で,下村氏らはこのもうひとつのタンパク質についても言及しています。それは太陽光を当てるとわずかに緑色に光り,白熱灯の光では黄色,紫外線を当てると明るい緑色に輝く物質でした。
1970年代に入っても下村氏の研究は続き,GFPがある波長の光を吸収し,より波長の長い光を放出する機能を有していることを突き止めました。イクオリンの放つ青い光がGFPに当たることで,GFPはその光のエネルギーを吸収し,より波長の長い緑色の光を放出していたのです。

蛍光タンパク質が教えてくれるもの

GFP遺伝子の導入により緑色に発光するマウスGFP遺伝子の導入により緑色に発光するマウス(Wikipedia)

GFPは発見当初,単に「綺麗なタンパク質」という程度の評価しか受けていませんでした。その評価が高まったのは発見から約30年後,GFPの形成に関わる遺伝子が同定され,今回のノーベル賞の共同受賞者であるチャルフィー氏のグループがその遺伝子を大腸菌や線虫の一種であるC. elegans(※3)の遺伝子に組み込んで,その体内で実際にGFPを発現させることに成功してからでした。チェン氏は,更にGFPの遺伝子そのものに手を加え,緑以外のさまざまな色でしかも効率よく光らせることに成功し,GFPの応用範囲を格段に広げました。

生物の細胞の中にあるタンパク質は,通常の状態では光学顕微鏡で観察することはできません。細胞内のタンパク質を観察するためには細胞をすり潰して,タンパク質の種類や量を計測するか,組織ごと色素で染めてタンパク質の存在する位置を特定するくらいしかありませんでした。どちらの方法でも細胞・組織は死んで,同じ観察をもう1度行うことはできなくなります。細胞の中でのタンパク質の連続した振る舞いを追跡することもできません。
細胞の中に蛍光物質を組み込もうという考え方は以前からありましたが,たとえ組み込みに成功しても細胞が分裂するたびにひとつの細胞に含まれる蛍光物質の量が減り,その結果光が弱まりやがては見えなくなってしまいます。
これらの問題を同時に解決したのが,GFP遺伝子の組み込みでした。GFPはタンパク質そのものではなく,タンパク質を作る遺伝子の状態で細胞内に組み込まれるため,細胞が分裂しても変化したり,減ったりすることはありません。また,光らせるためには紫外線または青色の光を当てるだけでよく,目的とするタンパク質にGFPを付加しておけば,細胞の活動は維持させたまま,光学顕微鏡で容易にしかも感度良く観察することができます。

GFPは現在,生命科学や医学などの研究ではば広く使われています。
癌細胞の増殖の様子や,転移の様子,アルツハイマー病で神経細胞が死んで行く様子などが観察でき,病気そのものの理解に役立つだけでなく,癌の手術時に転移のあるリンパ節だけを見分けて切除するなど,治療への効果も期待されます。
またマウスでは骨髄移植の際,提供するマウスの骨髄にGFPを付加しておくことで,その骨髄が移植を受けたマウスの体内でどのように振舞うのかを追跡できるようにもなっています。

京都大学の山中伸弥教授らによって一昨年開発された新型の万能細胞(iPS細胞)にも,GFPが使われています。iPS細胞は皮膚の細胞に複数の遺伝子を組み込むことでつくられていますが,開発初期の成功率は皮膚の細胞1万個に対してiPS細胞1個程度と非常に低いものでした。そこで山中教授は,様々な組織に分化する可能性のある万能性を持った細胞で働くNanog(ナノグ)というタンパク質にGFPを付加しました。こうすることで,発光する細胞を選ば,Nanogを持ち,万能細胞に近い状態になっている細胞を見分けることができます。

このようにGFPは,現在の生命科学分野になくてはならない道具となっているのです。

※3 線虫の一種Caenorhabditis elegansは,多細胞動物として初めて全ゲノム配列が解読された生物です。体長は約1ミリと小さく,僅か1,000個程度の体細胞しか持っていませんが,脳に相当する器官を持つこと,有性生殖を行うこと,世代交代が早いこと,体が透明で内部を観察しやすいこと,ゲノムのおよそ1/3が人間と共通していることなど,研究対象として優れた特徴を多く持っており,多細胞生物のモデル生物として近年盛んに研究されています。

(研究推進課 西村美里)

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