速報:新型インフルエンザ,侵入に注意
海外で感染が拡がる新型インフルエンザ
メキシコを中心としてアメリカ,カナダ,ヨーロッパなどでも感染者や感染の疑いのある患者が出ている新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)。
主な症状は発熱やだるさ,咳など通常のインフルエンザと似ていますが,通常なら罹ってもそれほど酷くならないことの多い若い人でも重症になる場合があること,メキシコで150人以上(インフルエンザによると確定した人に加え,肺炎など他の病気の可能性がある人の数を多く含みます)が亡くなっていること,感染者の出た地域が急激に広がったことなどから世界的に不安が強まっています。
動物からヒトへの感染ではなく,ヒトからヒトへ感染する新型のインフルエンザの発生に,WHO(世界保健機構,本部ジュネーブ・スイス)は4月27日,流行への警戒の必要性が高まったとして警戒レベルをそれまでより1段階高い,「フェーズ4」に引き上げると発表しました。
更に30日,感染の拡大に伴い,大流行の危険が高まっているとして「フェーズ5」への引き上げが発表されました。
「フェーズ4」とは,ウィルスがヒトからヒトへ,また次のヒトへ,というように連続的に感染を繰り返して行くことが確認された状態で,ある一定の規模の人間の集団の中で感染が広がる可能性があります。
「フェーズ5」は世界の一地域,複数の国で感染が広がった状態で,全世界を巻き込むような大流行(パンデミック)の危険が高まっていることを意味します。
この発表を受けて日本でも,28日に麻生総理を本部長とする対策本部が設置されました。
特に重要な用事がない場合,メキシコなど患者が発生した国・地域への旅行は延期することが勧められています。
患者が発生した国から到着する飛行機の乗客に,飛行機を降りる前に体温チェック,体調についての質問表への回答を求める機内検疫も開始されました。
今回のホットニュースでは,新型インフルエンザの発生の仕組みや感染防止対策などについて速報でお伝えします。
なお,情報は常に変化する可能性があります。患者の発生地域など最新の情報は,厚生労働省・外務省などの関係省庁ホームページ,報道発表などをあわせてご確認ください。
国立科学博物館は医療機関ではなく,著者は医療者ではありません。ご自分の体調がご不安の場合は,必ず最寄の医療機関,保健所などへご相談いただきますようお願いいたします。
新型インフルエンザの発生から終息まで。
WHOによる図を翻訳・改変
原図はhttp://www.who.int/csr/disease/avian_influenza/phase/en/index.html(英文)
新型インフルエンザとは?(1)
「『鳥インフルエンザ』なら聞いたことがあるけれど…」
今回の「豚」インフルエンザ報道に,こんな戸惑いを持たれた方も少なくないのではないでしょうか?そもそも何故,豚や鳥のインフルエンザが人間に感染し,しかも発症して重篤な事態を引き起こすのでしょうか?
まず初めに,インフルエンザに限らず感染症全般の,感染から発症までのメカニズムを見てみましょう。
感染は生物,たとえば人間の体内に,本来ならばいてはならない菌や細菌,ウィルスが侵入することから始まります。空気中にいたものを吸い込んだ,汚染された食べ物を食べてしまった,傷口から入り込んでしまった,など,様々な状況で感染は発生します。
しかし感染したからと言って,必ずしも体調が悪くならない場合も多くあります。侵入したものが人間にとって特に害のないものである可能性もあります。その侵入者が定着できる環境が,人間の体にそもそもない,という場合もあります。
人間にとって害のある菌や細菌,ウィルス(正確な表現ではありませんが,これ以降,簡略化のため「病原体」と表記します)に感染した場合でも,病原体の量が少なかった場合や,免疫システムが駆除に成功した場合など,入って来たものが体内で増殖せずに死んでしまえば,問題は起こりません。病原体の毒性が弱く,人間の体との共存に成功した場合も,人間の側の体力や免疫力が低下しなければ病気にはなりません。
問題になるのは感染した人間の体力や免疫力が足りず,体内で病原体の増殖を許してしまった場合です。病原体そのものが人間の組織や細胞を攻撃することもあれば,人間にとって毒になる物質が病原体から放出されることもありますが,いずれの場合もその影響が,感染者の体に症状となって現れてきます。

インフルエンザに話を戻します。
インフルエンザウィルスのうちA型と呼ばれるウィルスには,ヒトに感染するもの,鳥に感染するもの,豚に感染するものなどの複数のタイプ(亜型)が存在しています。それぞれの亜型は元々は同じA型の遺伝子を持っていましたが,A型は遺伝子の変異が置きやすく,毒性や感染対象の異なる様々な亜型に分かれてしまったのです。
鳥や豚に感染する亜型は,本来ヒトには感染せず,感染した場合も豚からヒトへ,鳥からヒトへごく稀に感染が起きる程度で,それほど大きな問題にはならない筈でした。
ところが豚は,豚タイプの亜型だけでなく,ヒトタイプ,鳥タイプの亜型にもしばしば感染します。このため,ヒトタイプと他のタイプの亜型が1頭の豚に偶然同時に感染し,豚の細胞の中で亜型同士の遺伝子が混ざり合い(「遺伝子再集合」といいます),全く新しい亜型のウィルスが生まれる可能性があるのです。
ヒトからヒトへ感染する今回の新型インフルエンザウィルスがどのように生まれたのかはまだはっきりしていませんが,遺伝子再集合が起こった可能性は否定できません。
また,ここ数年鳥の間で感染が拡大している鳥インフルエンザウィルスについても,遺伝子再集合などによってヒト同士の間で感染するタイプに変異する可能性が心配されています。
参考:岩波講座『現代医学の基礎11-感染と生体防御』 竹田美文・渡邊武編(岩波書店 2000年)
新型インフルエンザとは?(2)
新しいタイプのインフルエンザの登場がほぼ確実となってきた今,次に問題となってくるのはその毒力です。今回の新型インフルエンザのウィルスは,人間にとってどの程度危険なものなのでしょうか?
国立感染症研究所インフルエンザ研究センターのセンター長,田代真人氏(WHO緊急委員会委員)は28日記者会見し,今回のウィルスは弱毒性であるとの認識を示しました。
細胞に対するウィルスの感染に関わる糖タンパク質,ヘマグルチニン(HA)の遺伝子解析からわかったものです。
弱毒性とは感染が肺などの呼吸器にとどまるもので,新型が誕生する前の豚インフルエンザは元々弱毒性として知られていました。毎年のように流行している一般的なインフルエンザも弱毒性です。
一方強毒性インフルエンザは,呼吸器以外の器官,脳などにも感染します。全身感染そのものが危険であることも勿論ですが,免疫機構に対する強い刺激が継続することになるため,免疫の制御が失われ,アレルギーに似た過剰反応を起こす場合があります。呼吸困難や多臓器不全など,致死的な全身反応に繋がることもあります。1918年から1919年に掛けてのインフルエンザ(スペイン風邪 ※)の大流行の際,本来ならば免疫力が高く重症化しにくい筈の若者の死者が多かったのは,高い免疫力が却って仇となり,過剰反応が起きるケースが多かったためとする説もあります。
今回のウィルスは幸い,弱毒性とわかりました。しかしまだ,安心できる状況とは全く言えません。例年流行するインフルエンザと毒性が大きく変わらない場合でも,私たちがこれまで経験したことのないウィルスであれば,免疫がないため重症化する可能性が高くなります。1957年に流行した「アジア風邪」では全世界で約200万人,日本だけでも7,000人以上の方が亡くなっています。
更に,A型のインフルエンザウィルスは変異を起こしやすいため,ヒトからヒトへと感染していく中で強毒性に変わる可能性も否定できません。
ヒト-ヒト間の感染がこの先も広がって行くのか,患者の予後はどうなのか…引き続き予断を許さない状況であることには変わりありません。
※「スペイン風邪」は1918年早春にアメリカで発生し,その後フランス,スペイン,イギリスへと拡大しました。日本で流行が始まったのは1918年5月頃のことです。18年,19年の2年間で,当時の地球人口の約半数が感染,亡くなった方は4000万人以上(日本だけでも38万人)にも達しました。元々は弱毒性だったウィルスが,ヒト同士で感染していくうちに強毒性に変異したと考えられています。
(『世界大百科事典』 平凡社 1988年,厚生労働省HPによる)
新型インフルエンザから身を守るために
現在世界各国が,新型インフルエンザの侵入や感染拡大を食い止めようと水際の努力を続けています。
日本での対策は,初めにも触れた渡航の延期の勧告や飛行機内での検疫のほか,感染地域から体調の良くない旅行者,帰国者があった場合に最大で10日間,空港付近の施設に留まってもらい,感染の拡大を防ぐこととしています。成田空港周辺だけで約500部屋分の宿泊施設が用意され,関西・中部・福岡の各空港周辺でも受け入れができるよう調整が進められています。
しかし,検疫を担当する係官の不足や,宿泊施設は500部屋で十分と言えるのかなど不安は残っています。

既に感染地域に渡航していた人で,帰国から10日以内に熱が出るなどインフルエンザの疑いのある症状が出た方には,至急最寄の病院・保健所に連絡することが勧められています。連絡・通院する場合は,出かける前に受け入れ態勢があるかどうかを病院・保健所に確認し,また不特定多数との接触を避けるため,公共交通機関ではなく自家用車を利用してください。
わたしたちひとりひとりにできる感染予防対策は,普通のインフルエンザを予防する時と何も変わりません。
外から帰ったら手洗い,うがいを行うようにしましょう。目や口などの粘膜から感染する可能性があるため,洗っていない指でそれらの部位に触るのは良くありません。
外出の際にマスクをするのも有効です。不織布製のマスクは効果が高いとされます。
過労や睡眠不足はインフルエンザに限らず,病原体に対する抵抗力を損なわせるため注意が必要です。
誤った対策情報にも注意してください。
例えば「豚肉を食べない」という対策は効果がありません。インフルエンザウィルスは,感染者や患者の咳やくしゃみで飛び散る唾液や痰などの飛沫や,感染者・患者がいた部屋の空気などに多く含まれています。新たな感染も主にそれらを原因として起こっており,食材からうつることはまずあり得ません(感染者や患者が口をつけたものを食べる,飲むなどした場合,唾液に含まれるウィルスから感染する可能性があるため状況が異なります)。
厚生労働省の発表では,通常のインフルエンザを予防するためのワクチンは,今回の豚インフルエンザウィルスには効果がないとされています。
インフルエンザの予防接種を慌てて受けに行ったとしても,予防につながるとはいえません。接種しておけば症状が軽くなる,というデータも今のところないようです。
初めのお願いの繰り返しになりますが,厚生労働省など各機関から発表される最新の情報には十分注意してください。過剰に不安になる必要はありませんが,安心のし過ぎも良くありません。
「自分にも降りかかるかも知れない問題」という意識を持つことが,今のわたしたちにできる最大の,感染予防対策と言えるかもしれないのです。
図:2009年4月29日時点での新型インフルエンザ発生状況(Wikipediaより転載)
■ 新型インフルエンザと確認された患者,死者が発生
■ 新型インフルエンザと確認された感染者が発生
■ 未確定だが感染の疑いがある
(研究推進課 西村美里)