ヒトの進化を遡る ― 新発表『ラミダス猿人』化石 (協力:人類研究部 河野礼子)

私たちは何処から来たか?

『私たちは何処から来て,何処へ行くのか?』 ― 私たち人間はこの問いを何度口にし,また何度耳にしたことでしょう。
古くは多くの宗教が世界と人類の始まりを伝え,また終わりを来たるべきものとして語ってきました。神話や文学,絵画や音楽を通じて,私たちは時に見てきたように鮮やかに,人類世界が始まり,そして終わる図を手にしてきました。

西洋科学がこの問題に対して積極的に取り組むようになったのは19世紀。フランスのラマルク,イギリスのダーウィン,ドイツのヘッケルなどが相次いで『生物の進化』を唱えて以降のことです。人間を含め現在存在する全ての生物が,過去に存在した別の生物から進化してきた可能性が示唆されて以来,私たちは私たちに繋がるルーツ,私たち以前に生きた『ヒト』たちを探し続けています。

人類は『いつ』『何処』からやって来たのでしょうか?『何』が,或いは『誰』が,私たちの起源となったのでしょうか?

Ardipithecus ramidus頭骨Ardipithecus ramidus頭骨(提供:東京大学総合研究博物館)
※画像のダウンロード,転載はご遠慮ください。

今回そのヒントのひとつを与えてくれたのが,今から約440万年前の猿人,Ardipithecus ramidus(以降,『アルディピテクス』または『ラミダス』と書きます)です。
1992年,アフリカ・エチオピア北東部アファール地溝帯で発見(命名は2年後)され,以来17年に渡って国際的な調査・研究が行われてきました。

アルディピテクスは人類が類人猿との共通祖先から分かれたとされる時代以降のヒト科の中でも比較的古い時代の化石です。

アルディピテクスは森林に暮らし,時には木に登り,時には地上に降りて二足歩行を行っていたと考えられています。どちらにもそれほど特化しておらず,森林生活からより開けた平原での生活へと移行していく過渡期にあたるように見えます。
脳の大きさはチンパンジーやボノボなどと同じ300ccほど。
顔は鼻面が前に突き出しており『類人猿的』ですが,例えば現生のチンパンジーに比べると顎などが奥に引っ込んでいること,オスでも犬歯が小さいことなどは私たちに近いと言えます。頭蓋骨と脊髄の繋がりを見ると首が顔の後ろではなく下にあったことがわかり,二本の脚で立ち上がった時,正面を向くのに適していたと考えることができます。
食性は植物や小動物の肉などを食べる雑食で,チンパンジーが熟した果物を好んで食べるようなはっきりしたこだわりはあまりなかったと考えられます。より新しい時代の猿人では森を出て平原の硬い食べ物を摂ることに適応した歯が見つかっていますが,ラミダスではそれもありません。
男性と女性の骨格を比較してみると,男女の身体の大きさにはあまり違いがないことも判りました。一部の類人猿のように,身体の大きなオスがメスを独占していた訳ではなさそうです。

原始的な部分も多くありながら,私たちに似ているところも少なくないアルディピテクス。今回のホットニュースではアルディピテクスのひとりの女性を中心に,アルディピテクス・ラミダスの種の特徴と,そこから見えてきたヒト科の進化のシナリオをご紹介します。

まとめ
  1.  アルディピテクスは今から約440万年前の猿人です。
  2.  二足歩行を行っていましたが,平原・森林どちらの生活にも特化していません。

440万年前の女性『アルディ』とその仲間たち

『アルディ』は今回復元,命名されたアルディピテクスの女性です。頭骨と歯,手と腕,骨盤,足などが発見されており,ほぼ全身の姿が復元できました。
アルディの身長は約120センチ,体重は約50キロ。他の個体と比べて華奢な頭骨と,特に小さい上下の犬歯から女性だったと推定されました。
年齢は判っていませんが,男性を含めた他の個体と比べても大柄であり,おとなであると考えられます。

アルディやその他のアルディピテクスが暮らした440万年前は,地質年代では新第三紀鮮新世の前半にあたります。鮮新世は末期を除けば比較的温暖で,後にエチオピア北東部となる地域には森林が点在していました。森林の外縁にはシュロが生え,数十キロ先には木のまばらな平原が広がっていました。
アルディと一緒にたくさんの動植物の化石も見つかっています。植物ではイチジクやエノキ,動物ではトガリネズミやコウモリ,ヤマアラシなどの小型哺乳類のほか,クマやサイ・ゾウ・キリン・レイヨウほか比較的大型の哺乳類,オウムやフクロウ,クジャクなどの鳥類の化石もありました。

現代人女性(左)とチンパンジー・メス現代人女性(左)とチンパンジー・メス(レプリカ)の頭骨(国立科学博物館蔵)

アルディの骨格は,原始的な類人猿やサルの特徴と,彼女たちの少し後,およそ400万年前から100万年前に掛けて生息したアウストラロピテクス属(※1)や私たちホモ属のようなヒト科の特徴が入り混じった構造をしていました。

例えば脚は骨盤から真っ直ぐ下に伸びていましたが,足の形は現在の私たちとは違い,親指のつま先を使ってものをつかむことができるようになっていました。木の上で枝をつかんで移動するチンパンジーなどの類人猿に似た形ですが,類人猿ほど柔軟に指を動かせた様子はなく,太い幹から細いツタまで何でもつかんで移動に使う,という訳にも行かなかったようです。
また,アウストラロピテクス属やホモ属の足の骨では甲の部分がアーチ型に盛り上がっており,長く歩いても疲れにくい形になっていますが,この構造はアルディには見られません。足の裏全体をべったりと地面につけて歩くしかなく,それほど長距離の移動はできなかったことでしょう。

手や腕は地上で食べ物を拾ったり,持ち運んだりすることに向いているように見えます。
チンパンジーやゴリラなどの大型類人猿では,重い身体を木の上に引っ張り上げたり,手首や掌で体重を支えることができるよう,腕が脚と比べて極端に長く,掌も指の長さに比べて大きくなっています。しかしアルディでは腕と脚の長さはほぼ同じ,掌も指より短いほどです。チンパンジーのように頭上の枝をつかんでぶら下がるための関節や靭帯も発達しておらず,木を頻繁に上り下りしたり,高いところで姿勢を支えたりするのには適していなかったようです。
これらの大型類人猿は地上や枝の上を歩く時,前足の掌ではなく手の指の甲側を下にして体重を支える『ナックルウォーク』と呼ばれる歩き方をしています。アルディにはその徴候はなく,木の上で四足歩行を行う場合は掌を下についていたと考えられています。

どのようなものを食べていたかは,歯の比較からわかります。
良く熟した果物を好むチンパンジーでは,果物にかじりつくのに適した大きな門歯と犬歯を持っています。臼歯は咬み合わせの面が大きくエナメル質が薄いのが特徴です。柔らかいものを噛み潰すのに適していると考えられます。
繊維質の葉や茎,木の皮などを噛み切り,口の中で折り畳むようにして食べるゴリラは,臼歯が大きく,エナメル質が全体的に薄く,咬頭(歯の咬み合せ面に見られる,溝で仕切られた山型に見える構造)が高くなっています。葉などの硬いものを切り裂いたり,口の中で折り畳んだり,磨り潰したりして食べるのに向いていると思われます。
アウストラロピテクスはアルディピテクスと比べて,より開けた平原の環境に適応していたと考えられています。アウストラロピテクスは臼歯が大きく,エナメル質がぶ厚く発達しており,硬いもの,土や石がついたままになっているなど歯をすり減らせやすい状態のものを食べていたことが伺えます。
さて,アルディピテクスの歯を見てみると,犬歯と臼歯が共に小さく,咬頭も小さく丸くなっています。臼歯のエナメル質もアウストラロピテクスほど発達していません。噛み切ることにも,噛み潰すことにもあまり特化しているとは言い辛い形であり,アルディピテクスは特に偏った食性を持たない,雑食生活をしていた可能性があります。

足と手,歯から考察してみると,アルディピテクスは主に森林の中で生活し,地上では両手で地中の食べ物を探したり,小動物を捕まえたり,手にした食糧を運んだりしていたと考えることができます。
木の上にいる時はチンパンジーなどほど敏捷ではなく,木の上に住む小動物を追い掛けて捕まえていた可能性はあまりないようです。
チンパンジーではオス同士がメスをめぐって大きな犬歯で争いますが,アルディピテクスでは男性の犬歯も大きくないことから,配偶相手をめぐる諍いは少なかったと考えられます。強いオスによるメスの独占ではなく,手にした食糧を決まった女性のところへ運んでご機嫌をとったり,女性が子育てに専念することができるよう手助けをするなど,一夫一婦の関係が成立していた可能性もあります。
アルディに配偶者がいたのかどうかは判っていませんが,食糧を手にした夫の帰りを木の上で楽しみに待つ,そんな時間を過ごす日も,もしかするとあったかも知れません。

※1 アウストラロピテクスについては,地球館地下2階『人類の進化』で詳しくご紹介しています。アルディの発見地から北へ約75キロの地点で発見されたアウストラロピテクスの女性『ルーシー』の復元模型もあります。ルーシーはアウストラロピテクスの中でも小柄で,大柄なアルディとでは種同士の違いを一概に比較することは難しいですが,顔つきや手足の様子など,両者の違いを思い起こしながら観察してみてください。

 まとめ
  1.  『アルディ』はラミダス猿人の女性です。身長約120センチ,体重約50キロでした。
  2.  骨格は原始的な類人猿またはサルと,より新しいヒト科化石の特徴をあわせ持っていました。
  3.  チンパンジーやゴリラと似ていない点も多くありました。

私たちは何処まで来たか?

チンパンジーの祖先と私たち人類の祖先は,今からおよそ1,000万から500万年前,最後の共通祖先から分岐しました。
440万年前のアルディピテクスは,人類と類人猿の共通祖先と考えるには新しすぎます。しかし,これまでに発見されている中で分岐に比較的近い時代の化石であり,彼らの直前にいたかもしれない,未知の『共通祖先』の姿に迫るためには極めて重要です。

古い時代に遡る,という意味で言えば,現在知られている最も古いヒト科の化石はアフリカ,チャドで発見された約700万年前のSahelanthropus tchadensis(サヘラントロプス)です。祖先種が分岐した時代より前の,共通祖先に近い存在である可能性もありますが,頭骨などごく一部しか見つかっておらず生態を理解できるまでには到っていません。

今回のアルディピテクスの研究が重要なのは,ヒト科の化石がほとんど見つかっていなかった空白の時代のひとつを埋めたこと,そしてほぼ全身の姿が復元できたこと,更には身体の様々なパーツが見つかったことで,サヘラントロプスやアウストラロピテクスを含めた他の初期人類,或いは類人猿と比較できるようになったことです。

アルディピテクスの発見以前,人類の二足歩行はそれまでの森林生活を止め,食糧などを求めて開けた草原に出てきたことがきっかけとなって発達したと信じられてきました。直立二足歩行で草原生活をしていたとされるアウストラロピテクスを見る限り,それは正しいように思われました。
しかしより古い時代のアルディピテクスが森林に居ながら直立二足歩行を行っていたことで,この仮説の説得力は失われてしまっています。二足歩行の起源がアルディピテクスなのか,より古い種なのかもはっきりとは判っていません。

人類進化の系統図

一方チンパンジーやゴリラと比較してみると,それらの大型類人猿はアルディと比べて森林生活に特化した身体,食糧に合わせた歯など多くの点で進化していることが判ります。ヒトの祖先の姿や生活と,現在のチンパンジーやゴリラの姿や生活は,かなり異なったものだったのかも知れません。

それではアルディピテクスは,私たちの祖先なのでしょうか?
『アルディ』個人に関して言えば,子がいたという証拠がないため,彼女のDNAが現代に残っているかどうかを知る術は今のところありません。
アルディピテクス全体についても,判断するためにはまだまだ化石が足りません。アルディピテクスそのもののみならず,前後の時代の情報も必要になります。アルディピテクスより研究が進んでいるアウストラロピテクスでさえ,私たちと直接繋がっているのかどうか,若しくはアルディピテクスと関係があるのかどうか,未だはっきりとはしていないのです。
しかし私たちと共通する特徴も少なくなく,直接の祖先でなかったとしてもそれに近い存在の可能性はあります。

『いつ』,『何が』或いは『誰が』私たちの起源となったのか。
アルディピテクスを含めて特に古い時代の人類化石の研究が,この謎に対する新たな示唆を今後も与え続けてくれるであろうことは間違いありません。

まとめ
  1.  アルディピテクスは,ヒト科化石がこれまでほとんど見つかっていなかった時代の化石です。
  2.  アルディピテクスが私たちの直接の祖先かどうかは今のところ判っていません

『アルディ』を復元する

アルディピテクスに限ったことではありませんが,土の下で長年眠り続けてきた化石や遺物の多くは,地上に掘り出された時,土の重さで割れたり押し潰されたりして元の形を失っています。

アルディの場合も例外ではありませんでした。例えば頭骨では下顎と一部の歯はくっついていたものの,目の周りや鼻にあたる部分は割れており,本来丸いはずの頭蓋は潰れて平らになっていました。

アルディの姿を復元するため,研究者たちはまずこれ以上骨が壊れないよう補強する処理を行いました。続いて骨をCTスキャンに掛け,パーツ1点1点をばらばらに分離して記録しました。

パーツのデータはコンピューター上で立体パズルのように組み立てられ,ほとんど平らに近い状態から,三次元のアルディの骨の形が初めて浮かび上がってきました。
しかしこれでは,未だアルディの『絵』に過ぎません。画像データを三次元プリンターで『印刷』することで,実際に手にとって観察できる模型をつくることができます。

三次元プリンター三次元プリンター

三次元プリンターは光を当てると固まる液状のアクリル樹脂を土台となる平面に吹きつけ,層状に塗り重ねることで立体を作ります(※2)。2種類の樹脂を使い分けることによって,本来作りたい形は強度のある樹脂,作るべき形以外の部分は別の材質の,手で割れる程度の脆い樹脂で製作しています。
作るべき形以外の部分ができてしまうのは,樹脂を下から上へ積み重ねる製法のため,下の層が塗られていないところには上の層をつくることができないためです。例えば頭骨の内側など立体的に囲まれた空間を表現したい時には,空白にする代わりに脆い樹脂で下層を埋めておき,後でその部分を取り除きます。

1層の厚さはおよそ0.02ミリ。アルディの頭骨をひとつ造るのに約18時間必要です。骨盤はサイズが大きいため,約37時間掛かります。プリンター自体は自動ですが,樹脂を足したりオーバーヒートしないよう温度を管理したりする必要があるため完全には目を離せません。

このようにして復元されたアルディの頭骨と骨盤が,現在東京大学総合研究博物館に展示されています。東大での展示終了後,引き続き科博でもNEWS展示として公開の予定です。

まとめ
  1. 発掘された時の化石はしばしば潰れたり,壊れたりしています。
  2. CTや3Dグラフィックなどを利用し,実物化石を傷つけることなく復元・研究ができます。

※2 ここでは今回の研究で使用された機種に限定して解説しています。このほか石膏を使うタイプのもの,出来上がった立体に色をつけることができるものなど,用途に合わせて様々なタイプがあります。

(研究推進課 西村美里)

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