日本最古の鉱物の示す真実 ─ 日本列島が出来た場所とは?

日本最古の鉱物が見つかりました!

日本最古の鉱物

最古の○○と言えば、地学、人類学や考古学などで報告されることがありますが、大変興味をそそりますね。“最も古い”遙か昔を思うとロマンがあるからでしょうか??

今回、国立極地研究所・広島大学及び国立科学博物館を中心とする研究グループが、富山県黒部市宇奈月地域の花崗(こう)岩から「日本最古の砂粒」を発見しました。今回の発見では、“ジルコン”という鉱物が日本で報告された中で最も古い3750 Ma(1 Ma=百万年前:37億5千万年前)を示して、これまでの報告の最古の年代、33~34億年前を大きく上回って、「日本最古の砂粒」の記録を更新する結果になりました。その公式の発表論文は、学術誌“Precambrian Research”(プレカンブリアン・リサーチ)にまもなく掲載される予定で、ただ今印刷されているところです。今回の発見は、予期せぬ発見だったようですが、そのような発見から、大きなスケールでの検討が出来るデータが得られことがあるようです。今回のホットニュースでは、日本最古の砂粒発見!にちなんで、日本最古の鉱物とは何なのか?それから何が分かるのか?について、じっくり紹介します。

今回、日本で最も古い鉱物が発見されたのは、富山県黒部市の宇奈月地域です。富山県黒部川流域から飛騨山脈(いわゆる北アルプス)一帯の地域で、富山県東部に位置する黒部市宇奈月地域(旧宇奈月町)は一般には温泉や黒部峡谷などで知られる地です。地質学的には、日本には稀な十字石という十字の形に結晶する鉱物を含み、また、過去に大陸が衝突した地域で見られるとされる「中圧型変成岩」を産する地として知られています。また、ペルム紀~三畳紀(およそ2.9~2.1億年前)の花崗岩(墓石としてよく見かける石ですね・・)も広く分布しています。

宇奈月地域の調査は、堀江憲路博士(当時は学術振興会特別研究員、現在、国立極地研究所に所属)を中心として開始されました。その研究の中で、この地域の花崗岩の年代を測定するためにジルコンという鉱物を取り出して、精密な分析装置(SHRIMP II)によって、ジルコンの中に含まれているウランと鉛の量比を分析して年代を計算する“ウラン‐鉛(U-Pb)年代測定”という方法を使いました。その結果、この花崗岩ができた年代を示しているジルコンの他に、それとは違う“とても古いジルコン”を含むことが判明したのです。

分析装置の“SHRIMP II”は商品名で、Sensitive High Resolution Ion MicroProbeの略です。日本語訳すれば「高感度高分解能二次イオン質量分析計」という意味です。主に鉱物ジルコンの年代測定を行うためにオーストラリアで開発された特殊な機械なのですが、このような高性能な装置が開発されたこともあり、最近はよりいっそう精度の良い分析が可能になって、地球の歴史がより詳しく解明されています。

年代を教えてくれる特別な鉱物 ─ジルコン

ジルコン

“ジルコン”と聞くと、アクセサリーに使われているキュービック・ジルコニアを思いうかべる方が多いでしょうが、キュービック・ジルコニアは別物の人工物で、天然には存在しない物です。

ジルコンという鉱物は、天然に存在して、化学的にはZr(ジルコニウム)のケイ酸塩の正方晶系の鉱物です。化学式で表すと、ZrSiO4となります。物理的・化学的に比較的強靭(きょうじん)、つまり、溶けにくい、変質しにくい、割れにくい・削れにくい鉱物です。一般には、花崗岩などの火成岩に0.05~0.5 mm程度の大きさの結晶として含まれます。また、風化されにくいという特徴から、マグマが固まってできた「火成岩」からだけでなく、砂や泥などの砕屑(さいせつ)物が堆積してできた「堆積岩」や、それらが高い温度や圧力を受けて変化した「変成岩」からも見つかります。そして、鉱物として結晶する時にウランを含みやすい特徴があることから、地質学の研究では、ウラン-鉛(U-Pb)年代測定という岩石の年代を決定する方法に用いられます。

花崗岩などの岩石試料からジルコン鉱物を取り出すには、まず岩石自体を小さく割り砕き、砂の状態にした後、椀かけなどの方法を使って、比重の違いで分離します。最終的には、顕微鏡で観察しながら、小さなジルコンの粒を探して集めます。

宇奈月地域の花崗岩の年代と「古い」ジルコンの鉱物粒子

今回の研究では、宇奈月地域の2つの花崗岩試料から多数のジルコンの粒を取り出して年代を測定したところ、これらの花崗岩ができたのはそれぞれ229±8 Ma(約2億2900万年前)と256±2 Ma(約2億5600万年前)であることがわかりました(1 Ma=百万年前)。しかし、これらの花崗岩は、花崗岩自体が出来たときにできた角ばったジルコンだけではなく、他の堆積岩などから取り込んだもの(捕獲物質)として、もっと古くて丸いジルコンを多量に含んでいました。これは、この花崗岩を形成したマグマの温度が低く、さらにジルコニウム(Zr)を比較的溶かしにくい組成だったために、マグマ上昇中に溶け込んだ堆積岩などに含まれていたジルコンが溶けきれなかった為と考えられます。堆積岩に含まれるジルコンは、運搬作用時に「転がる」ことにより角が摩耗し、丸みを帯びている事が一般的です。よってこれらは、元々は古い時代の「砂粒」であったと考えることができます。

日本列島はどうやって出来た?─ 小さな「粒」から考える「日本列島の起源」

日本列島_地質分布
「古い」ジルコンの年代とその起源

2つの試料はたくさんの古いジルコンを含んでいましたが、ひとつの試料は1937 Ma(約19億年前)を中心とした年代を示し、もう一方は、それらの年代のジルコンを全く含まないで、3500 Ma(約35億年前)より古いものを中心に含み、最も古い粒で3750 Ma(約37億年前)を示しました。これまで日本から報告された最古の砂粒(鉱物)の年代は約34億年前を示す年代でしたので、今回報告された年代は、最古の砂粒の年代を更新したことになります。

宇奈月地域の中圧変成岩の上部を構成する岩石(流紋岩質片岩という岩石から成ります。)が形成された年代は258Ma(約2億5800万年前)であると判明しています。したがって、年代から、花崗岩などはそれより後に入り込んできた(貫入した)事がわかります。そして、花崗岩に含まれる「古いジルコン」は、宇奈月地域の変成岩の元の岩石が堆積した「基盤」の岩石の情報を示していると考えられます。

昔から、この変成岩が堆積した基盤の岩石は“飛騨片麻岩”と呼ばれる大陸地殻の岩石であると考えられてきました。しかし、この花崗岩に含まれる「古いジルコン」の年代は“飛騨片麻岩”の年代とは一致しなかったのです。むしろ、19億年の年代は、大陸側の岩石でも韓国中部のBusan gneiss complex(プサン片麻岩複合体・韓国南部の都市の釜山とは無関係)や日本の隠岐片麻岩に対比する事が出来ました。プサン片麻岩複合体は、北中国と南中国との衝突帯の当方延長と考えられている沃川帯(Ogcheon Belt)が堆積した基盤と考えられており、それを考慮すると、宇奈月地域と沃川帯の中圧型変成岩類が堆積した基盤には共通点があるのかもしれません。

日本列島には、大陸地殻としてできた岩石(飛騨片麻岩)や大陸の浅い海でできた堆積岩(南部北上帯の石灰岩や砂岩・泥岩)があります。また、大陸から運ばれた物としては、20億年前の礫や30億年以前の岩石由来の鉱物(ジルコン)を付加体のなかで見つけることができます。これら大陸起源と考えられている岩石や砂粒は、年代や変成作用などの特徴から中国や朝鮮半島に分布する岩石と対比されます。

現在アジア大陸は大きな1つの大陸ですが、数億年前までは、現在の中国の北部(北中国地塊;中朝地塊ともいわれます。)と南部(南中国地塊;揚子地塊とも言われます)はそれぞれ別の小さな大陸で離れていたことが知られています。3600 Ma(36億年前)より古いジルコン年代は、東アジア地域では北中国地塊の北東部からしか見つかっていませんでした。今回発見された中で、最も古いジルコンは3750 Ma(37億5千万年前)を示していて、これまで報告されていた日本最古のジルコン(33~34億年前)を大きく上回り、「日本最古の砂粒」の記録を更新する結果になりました。

従来から、日本列島は“南中国地塊”の縁で形成された付加体と考えられていましたが、今回の「古いジルコン」の年代は、現在は日本列島の一部である“宇奈月地域”と“北中国地塊”が密接であったことを示しています。また、“宇奈月地域”は日本列島の付加体や飛騨帯とは異なる起源を持つという証拠となるものです。地質的な位置関係として、どうしてそのような並列の関係が出来上がったのかを考える事は、日本列島形成の歴史を解き明かすために重要な鍵になるでしょう。

補足:日本最古の○○について

日本最古の化石(1990年代後半発見)
岐阜県高山市奥飛騨温泉郷岩坪谷の地層(凝灰岩)から見つかったコノドント(無顎類の歯の化石と考えられている)で、古生代オルドビス紀中期~後期(約4.72~4.39億年前)のものとされています。当館日本館3F北翼にも展示されています。なお、最近の年代測定によると、この地層が堆積したのは472±17 Ma(4.72億年前)とするデータもあります。古い岩石は何らかの変成作用を被っている事が多いので、化石を産する「純粋な堆積岩」としては日本最古と言えます。

日本最古の地層(今年8/18日に報道)
2008年に同様の報道がなされ、後日論文が出されました(5億6百万年)が、今回はそれより古い地層(5億1100万年)が茨城県常陸太田市長谷町から同じ研究グループによって発見されたと報道されました。現在の所、情報は報道しかないのではっきりした事は言えませんが、地層の中に石英長石質岩(火山岩ないしは凝灰岩と思われる)の層があり、年代を測った所そのような年代を示したそうです。ただし、この地層は変成作用を受けているので、「堆積岩」というよりは「堆積岩起源の変成岩」で、恐らく今後も化石が発見される事はないと思われます。日本列島の歴史をどこまで追跡できるか、というのは日本の地質学者の一大命題であり、新しい手法を用いて今まで「見えなかったもの」が見えるようになったという意味でも大きな成果といえます。

日本最古の岩石(1970年年代前半発見)
岐阜県加茂郡七宗町のジュラ紀の堆積岩である「上麻生礫岩」に含まれていた片麻岩礫がかなり古いであろうことが報告され、その後の分析で20億年である事がわかりました。20億年の岩石は朝鮮半島に広く分布しているため、この礫はジュラ紀に朝鮮半島から運ばれて堆積したものであると考えられます。礫は砂に比べると大きく、それほど遠くに運ばれることはないので、日本海形成前の日本列島が朝鮮半島近傍であった事を示す証拠の一つになっています。
日本列島が出来るまで ─もっと大きな地球スケールで考えてみよう!

日本列島が出来るまで ─もっと大きな地球スケールで考えてみよう!

大陸と海の断面

日本のある場所から発見された地質学的な情報から、地球的な規模の大きな変動について検討することが出来ることがあります。今回の日本最古の鉱物の発見をきっかけに、とても長い地球の歴史について、日本列島の起源やこれまで明らかにされていることを含めて、大きな地球環境変動をイメージしてみましょう。

地球は今からおよそ46億年前に誕生しました。その原料となったのは、隕石のような太陽系の周りを回る小さな天体、微惑星で、地球やその他の惑星がつくられる以前の太陽系には、たくさんの微惑星があったと考えられています。それらが衝突・合体し現在のような惑星にまで成長したと言われています。いくつもの微惑星の衝突によって、暖められた惑星の表面は岩石の融点を超えて、マグマの海、マグマオーシャンとなっていました。マグマオーシャンが出来たとき、微惑星の中に含まれていた気体になりやすい成分は蒸発して地球を取り囲んでいました。その中に含まれていた水蒸気が地表で冷えると雨となって降り注ぎ、海をつくりました。40億年以上前のことです。ちなみに、地球上で最も古いジルコンは約44億年前のもので、そのころには地殻が出来始めていた可能性があります。

40億年前からおよそ30億年間、その当時の日本がどこにあり、どのような形をしていたのかは、今のところよく分かっていません。地球全体で見ると、35億年前には既に最初の生命が誕生し、25億年前には多細胞生物が現れていたと考えられています。ストロマトライトなどの光合成生物によってつくられた酸素が、地球全体に濃厚に行き渡るようになったと考えられています。
12億~10億年前頃、それまでばらばらに存在していた大陸がプレート運動に乗って集合し、ロディニアと呼ばれる超大陸ができました。当時の日本は、この大陸のごく端の一部にあったと考えられています。その真下にはスーパープルームとよばれるマントルの巨大な上昇流がわき上がり、大陸を押し割りつつありました。海底に堆積した 砂や泥・石灰岩がその熱によって変成したものの一部が飛騨片麻岩で、日本がかつて超大陸の裂け目の上に乗っていたことの証拠といわれています。

超大陸の裂け目は次第に広がっていき、7億年前の頃には新しい海、太平洋になりました。日本は、超大陸ロディニアから分裂した幾つもの小大陸のひとつで後に東アジアになったと言われる南中国地塊(揚子(ヤンツー)地塊)の端にあり、赤道の直下あたりに位置していたと考えられます。

揚子地塊はプレートの運動により、次第に北上を始めていました。およそ4億年をかけ、現在の位置に近づいてきました。古生代末の南中国地塊(揚子地塊)は、現在の台湾や香港などの少し南までは来ていたのではないかと考えられています。そして、中生代初めにかけて、後に中央・北アジアとなる北中国地塊(中朝地塊)に衝突します。アジア大陸の誕生です。アジア大陸の東側には、古太平洋が広がりました。古太平洋の海底に溜まった堆積物を乗せ、ファラロンプレート(後の太平洋プレート)が大陸の下に沈み込みます。

中生代の1億5000万年間、日本はアジア大陸の端にあり、海洋底の堆積物の付加により少しずつ、海側に向けて成長していきました。そして新生代半ばになると大陸から切り離されて、日本海誕生、日本列島の形成へ向かっていくことになるのです。

日本館3階の展示では、こういった、日本列島の形成の歴史について、実物の岩石標本とともに見ることが出来ます。なお、今回の発見を受けて、当館日本館3階の展示パネル「日本最古の砂粒」を更新する予定です。また、NEWS展示ミニ「日本最古の砂粒」として内容紹介を行います。

是非本物をご覧になりながら、地球や日本列島の長い歴史に思いをはせてみてはいかがでしょうか。

監修・協力
堤 之恭 国立科学博物館 地学研究部 研究員

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