「小笠原弧の岩石・鉱物」~「魚眼石」の標本を採集
小笠原諸島の地質調査
図1 弟島の調査風景国立科学博物館 地学研究部・鉱物科学研究グループでは、平成24年度から3カ年計画で「小笠原弧の岩石・鉱物の対比とコレクションの充実」と題するプロジェクト研究を行っています。小笠原諸島は「東洋のガラパゴス」とも呼ばれるほど、希少固有種の動植物が豊富な場所です。その生物多様性は、小笠原諸島の成り立ちと深い関係があり、その地質学的要素も含めて、2011年には世界自然遺産に登録されました。小笠原諸島の地質は世界でも極めて稀な、特殊なものです。
本プロジェクト研究では、小笠原地域の岩石・鉱物を網羅的に集め、詳しく分析することで、小笠原諸島の成り立ちや、そこに産出する稀産鉱物の生成過程等を解明することを目的としています。調査地域は、世界自然遺産の登録地域であると同時に国立公園内でもあり、動植物、岩石鉱物等の採取は全て禁止されているため、環境省の許可を得て調査を行っています。今回のホットニュースでは、これまでの調査の様子と、調査で得られた試料の一部を速報としてご紹介します。
小笠原諸島の成り立ち

図2 海底に溶岩が流れ出してできた枕状溶岩。上:溶岩流に垂直な断面(父島小港海岸)、下:溶岩流に平行な断面(ひょうたん島)
伊豆諸島から南へと続く小笠原諸島は、距離1000km以上も連なる「火山弧」です。火山弧とは、火山が弓なりに連続して並んだ地形のことです。プレートが別のプレートの下に沈み込んで行くと、ある深さでマグマが発生して火山となるため、海溝から一定距離はなれた場所に火山弧ができます。例えば、北海道から沖縄へと連なる日本列島は、海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込むことで形成された火山弧です。一方、小笠原諸島は、海洋プレート(太平洋プレート)が海洋プレート(フィリピン海プレート)の下へ沈み込むことによって形成された、特殊な場所です。沈み込んでいる太平洋プレートの年代は2億年と、地球上で最も古いプレートです。この火山弧は生成後一度も大陸に近づいたことがないため、火山島に生息する動植物は日本本土とは全く異なり、特殊な生態系を保っています。
小笠原諸島は、父島列島、母島列島、聟島列島からなる小笠原群島と、硫黄列島やその他、孤立した島々からなり、これまでに父島列島と母島本島の調査を行いました。現在、一般住民が居住しているのは父島と母島だけですので、兄島や弟島などの無人島の調査では、小型の漁船をチャーターし、観察ポイントの最寄りの海岸に渡してもらいました。桟橋などありませんので、船から浜辺に飛び降りるか、逆に水深の深い場所を探して、岩にギリギリまで船を近づけて飛び移るのですが、波が荒いと思い通りに上陸できません。上陸よりも更に大変なのは帰りの乗船時で、採取した石のサンプルでズッシリ重くなったリュックを担いで、波に揺れる船に飛び移るので、毎回、一苦労でした。
小笠原を特徴づける岩石、無人岩

図3 無人岩中の鉱物。上:輝沸石、左下:単斜頑火輝石、右下:玉髄
小笠原諸島の基盤は「無人岩(むにんがん)」という極めて特殊な岩石で構成されています。無人岩は水分を多量に含むマントル物質(注1)が部分溶融して出来たマグマが、約4600~4800万年前に噴出して固化したものと提案されていますが、そのようなマグマの生成機構は良く分かっていません。
マントルは、主にオリビンという鉱物から構成されます。このマントル物質が部分的に溶融すると、通常は、海洋プレートを構成する「玄武岩」が生成されます。玄武岩は斜長石やオリビンなどの鉱物から構成されます。一方、無人岩は斜長石もオリビンも含まず、「単斜頑火輝石」(たんしゃがんかきせき)という大変珍しい鉱物の斑晶や、暗緑色の古銅輝石(こどうきせき)をたくさん含みます。無人岩が風化浸食を受けると、風化に強い古銅輝石だけが残り、やがて海岸に集まって緑色のうぐいす砂となります。うぐいす砂の海岸は小笠原では一般的ですが、この光景が見られる場所は世界でも小笠原だけです。また、無人岩に含まれる鉱物はとても多様性に富んでおり、様々な種類の沸石(ふっせき)などが含まれます。無人岩や安山岩の亀裂に沿って玉髄(ぎょくずい)の脈が伴うことも多く、海岸の礫の中にも、波で洗われて丸くなった白い玉髄が良く見られます。
(注1)マントル物質とは
地球は層状構造をしており、外側から、地殻、マントル、外核、内核に大別できます。地殻の厚みは大陸で30~70km、海洋では5~10kmで、それより深く、外核より浅い部分をマントルと呼びます。マントルは更に、構成鉱物によって、上部マントル(約410km以浅)、マントル遷移層(約410~660km)、下部マントル(約660〜2900km)に細分されます。地殻とマントルは共に、ケイ酸塩鉱物を主体とする岩石から構成されていますが、主要構成鉱物の種類が異なります。
小笠原の石を見てみよう

図4 兄島で採取した魚眼石資料の展示
本プロジェクト研究の調査で採取した資料は、現在、分析・登録作業中ですが、その中でも特に大型の資料の一つ、「魚眼石」の標本を地球館地下3階で公開中です。これは、無人岩の空隙中に、魚眼石の結晶が密生した標本で、海岸沿いの崖で発見したときには、既に空隙が風雨に晒された状態でした。魚眼石は白色から無色透明、劈開(特定の面に沿って割れやすい性質)が一方向に完全です。魚眼石の学名「apophyllite」は、加熱すると劈開に沿って葉片状にはがれる様子から、ギリシャ語のapo(away;離れて)とphyllos(leaf;葉)に因みます。和名の「魚眼石」は、劈開面の独特の光沢から名付けられました。
単斜頑火輝石の大きな斑晶を含む無人岩は、日本館3階南翼「日本列島の地質」に、常設展示されています。また、父島の初寝浦(はつねうら)海岸などでは、無人岩中に数cm大の輝沸石が産出する事が昭和初期から知られており、その標本は、日本館3階「日本の鉱物」のコーナーに常設展示されています。是非、間近で実物をじっくり観察してみましょう。
<執筆・監修>
国立科学博物館 地学研究部 鉱物科学研究グループ 研究員 門馬綱一