2024-03-14

ハーバリウムと植物標本

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※この記事は以下のページで構成されています。ご覧ください。
(1)植物標本−その意義と優れた性質−
(2)ハーバリウム(Herbarium)の役割
(3)牧野富太郎と標本
(4)新種とタイプ

(3)牧野富太郎と標本

(左)昨年、当館のハーバリウムで発見された牧野富太郎が1935年に山中湖で採集したヒメヒゴタイの標本。台紙に貼られた「甲州山中湖畔」とあるメモは牧野の直筆。(右)1910年4月16日上野公園の東京帝室博物館(現・東京国立博物館)の館内で牧野が採集したヤマザクラの標本。当時は今より開花期が遅いことがわかる。

日本のフロラの研究は、明治に入り近代的な植物学が導入されて国内の学者によって研究される前は、主にヨーロッパやアメリカの学者によって研究されていました。しかし、彼らによって採集された標本は、持ち帰って自国で研究されたため、日本には保管されませんでした。当時、日本にはハーバリウムもありませんでした。明治に入り、東京大学の植物学の初代教授に着任した矢田部良吉は、まず一から日本の植物標本を収集し、ハーバリウムを作ることから始め、植物学教室を確立しました。
土佐が出身で学歴がないまま東京大学への出入りを許された『らんまん』の主人公のモデルである牧野富太郎は、自ら日本全国を巡って、さらに精力的に標本を収集し、まだ学名がなかった日本の多くの植物に学名をつけていきました。
コレクターだった牧野富太郎は、山地に限らず都心でも、そして野生種に限らず園芸品の標本も作製しました。そのような一連の過去の標本の集積から100年単位の日本の各地のフロラの変遷、地方野菜の品種の栽培の歴史なども知ることができます。現在、彼の標本は主に東京都立大学牧野標本館に収められています。また、当館にも牧野富太郎が採集した標本が多数収蔵されており、最近では、彼が採集した明治期のキク科の標本も発見されています(写真左)。

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(1)植物標本−その意義と優れた性質−
(2)ハーバリウム(Herbarium)の役割
(3)牧野富太郎と標本
(4)新種とタイプ