2021-03-05

「令和2年7月豪雨」で被災した人吉城歴史館所蔵の植物標本レスキュー(Part.1)

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前原勘次郎コレクションの被災
現地からの標本搬出から乾燥・修復着手まで
標本の損傷状況と修復作業

前原勘次郎コレクションの被災

(左)人吉城歴史館で被災した前原勘次郎の植物標本。棚が水に浮いて傾き、標本が落下している。(右)人吉城歴史館での搬出作業の様子。(撮影・提供: 熊本県博物館ネットワークセンター)

 2020年7月8日、熊本県の球磨川氾濫のニュースが伝えられてから数日後のこと、熊本大学の副島顕子教授から「人吉城歴史館で保管されていた前原勘次郎氏の植物標本3万3000点が球磨川の氾濫で被災したので、何とか救済できないか?」というメールを受け取りました。前原氏は熊本県南部の植物研究の先駆者として知られており、そのコレクションが人吉にあるというのは初耳でした。傾いた棚が写った小さな写真が添付されてはいたものの、何かの間違いであることを期待しつつ、情報収集を進めたところ、間もなく、約3万点の標本が被災したのはまぎれもない事実であることが判明しました。季節は夏、一度水に濡れた標本は、放っておけばみるみるうちにカビだらけになってしまうでしょう。搬出の目途が立ってない状況ながらも、まずはカビの繁殖や腐敗を止めるための冷凍保管スペースを確保し、現地からの要請があればいつでも受け入れられる体制を整えることにしました。2011年の東日本大震災では、津波の被害を受けた陸前高田市立博物館などの植物標本レスキューに全国の博物館が協力して取り組みました<リンク1,リンク 2>が、その際のメンバーを母体にして「植物系学芸員メーリングリスト」が運用されており、全国のほとんどの植物系学芸員に即座に連絡を取ることが可能な体制ができていたのです。7月13日の依頼からたった一日のうちに、14もの博物館等から冷凍・冷蔵スペース提供の申し出があり、段ボール150箱分以上のスペースの確保に至りました。


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