2009-12-15

2010年帰還へ 探査機『はやぶさ』の軌跡


『はやぶさ』の2500日+α 打ち上げから帰還,後継計画まで(2)

 同じ11月26日。イトカワ表面から上昇し,姿勢の変更を行っていた『はやぶさ』にトラブルが起きました。姿勢制御用化学エンジンの燃料漏れです。地上からの指示で燃料弁を閉じて漏洩は止まりましたが,翌日には化学エンジンの推力が低下,更に翌日には地上との通信もできなくなりました。
 11月29日,低利得アンテナによるビーコン通信が回復し,『はやぶさ』の状況を少しずつ確認できるようになりました。化学エンジンが不調となり,姿勢がずれてパラボラ状の高利得アンテナが地球方向を外れてしまったことが判ったため,イオンエンジン用のキセノンガスを直接噴射する方法で緊急の姿勢制御が行われました。
 12月8日,再度の燃料漏れが発生し,機体外に吹き出した燃料などの影響により『はやぶさ』の姿勢は再び大きく乱れました。翌日には通信が再び途絶え,機体の状況が判らなくなります。

 『はやぶさ』は受動的に安定する設計となっており,現在位置もイトカワとほぼ同じ軌道上で変わってはいない筈 ― 燃料漏れによる擾乱が収まれば,高い確率で通信は復旧すると信じて,救出運用が始まりました。長野県佐久市,臼田宇宙空間観測所の64メートルパラボラアンテナを,向こう半年から1年の間イトカワに向け,『はやぶさ』の捕捉を目指すことになりました。
 通信が途絶えている間,或いは復旧のための点検や作業を行う間にイトカワと地球の位置関係が変わってしまうため,当初予定されていた2007年の地球帰還を諦め,再び位置関係が良くなる3年後の2010年まで運用を延長することも決まりました。

 2006年1月23日,遂に『はやぶさ』の信号が捉えられました。しかし『はやぶさ』の姿勢は大きく乱れ,地球とはずれた方向を軸にして回転してしまっていました。太陽電池の発生電力が極端に低下し,リチウムイオンバッテリーは放電しきっていました。バッテリの11のうち4つのセルは過放電で故障し,使用不能になっていました。化学エンジンの推進剤は12月の時点でほとんど漏れて失われていましたが,酸化剤も新たに漏洩し,残量はほぼなくなっていると思われました。
 しかし幸いイオンエンジン用のキセノンガスは十分残っていたため,11月の時と同じくキセノンの直接噴射によって姿勢は少しずつ回復しました。『はやぶさ』から十分な情報が届くようになり,再び軌道の計算ができるようになったのは3月6日のことです。この時『はやぶさ』は地球から約3億3000万キロメートル,イトカワからは1万3000キロメートルの位置にいました。
 
 『はやぶさ』の発見に伴い,地球への帰還準備が始まります。先ずは探査機内に零れた化学エンジンの推進剤などを追い出すため,ヒーターを使って機内の温度を上げ,蒸発させる『ベーキング』が行われました。イオンエンジンの起動試験にも成功,姿勢制御に流用していたキセノンガスの節約のため,太陽の光圧を使った新たな姿勢制御方法(※3)も考案されました。
 イトカワのサンプルの入っている可能性のある採集容器をカプセル内に収容するためには,リチウムイオンバッテリーの電力が必要でした。一部のセルの故障という不安を抱えながらも再充電は成功し,容器は無事にカプセルに収納されました。
 複数回のイオンエンジンの試験運転を経て,『はやぶさ』が地球に向けてイトカワを離脱したのは2007年4月25日のことです。

 イトカワを離れる直前にスラスターBの中和器が故障したため,『はやぶさ』は当初復旧していたスラスターDを,途上でCが復旧して以降は,2つを交互に運転してきました。姿勢の制御は3基のうち唯一残った姿勢制御装置に,イオンエンジンの噴射方向調整機構,太陽光圧を合わせて利用しています。リチウムイオンバッテリーは採集容器格納後,電力が低下しており,現在は使われていません。
 2009年11月4日,スラスターDが中和器の劣化のため自動停止しました。Cについては起動できることが確認されたものの,こちらも劣化の傾向が見られました。地球帰還に向けて軌道変更(エンジンによる加速)を行っていた途上でもあり,一時は帰還自体も不安視されました。
 これに対して採られた対策は,既に停止していたスラスターAとBから,故障していない部品同士を繋ぎ合せてスラスター1基分の推進力を確保するというものでした。スラスター同士が万一に備え電子回路で繋がれていたこと,Aではイオン源,Bでは中和器とそれぞれ別の部分が故障したことも幸運でした。キセノンと電力の消費は2倍になりますが,今のところ問題はないようです。

 順調に行けば『はやぶさ』は2010年6月に地球に戻ってきます。カプセル降下後機体は大気圏で消滅の予定ですが,最近になって地球大気との衝突コースを追跡することで,地球に衝突する可能性のある小天体の追跡プログラムの開発に役立てるという新たなミッションが加わりました。

 現在『はやぶさ』の後継として,新たな小惑星のサンプルリターンが計画されています。イオンエンジンの改良や,アンテナの変更による通信能力の向上などが予定され,イトカワより有機物を多く含んだ小惑星をターゲットとすることで,太陽系空間の有機物の調査,ひいては地球の生命との関係に迫ることを目標としています。『はやぶさ』カプセルの到着を待ちながら,2014年の打ち上げを目指す後継計画にも注目していきたいところです。

※3 太陽など恒星の放射する光子を鏡面状の帆で反射させると,光子のエネルギーが帆の運動量に変換され,光子の進行方向に帆を押す力が発生します。これをソーラーセイル(太陽帆)と呼んでいます。化学エンジンやイオンエンジンと比べ遥かに小さな推進力ですが,燃料が必要ないため常時連続的な加速が可能で,最終的には化学・イオンエンジン以上の速度を得ることができます。『はやぶさ』の光子による姿勢制御はソーラーセイルの原理を利用したものです。またJAXAでは,2010年に小型のソーラーセイル実証機『IKAROS』の打ち上げを予定しています。

図:『ヒートシールドを分離し緩降下中のカプセルのイメージイラスト(提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA))
断熱材部分を分離後パラシュートで降下する。

(研究推進課 西村美里)

より詳しい知りたい方のために
JAXA:小型ソーラー電力セイル実証機『IKAROS』