2009-12-15

2010年帰還へ 探査機『はやぶさ』の軌跡


『はやぶさ』4つの大きな挑戦

 イオンエンジンは『はやぶさ』の推進力の主軸です。
 例えば日本のH-Uシリーズなど,各国のロケットの多くが採用しているエンジンは化学推進エンジンと呼ばれ,搭載している推進剤をエンジン内で燃焼させ,高温・高圧のガスとして直接噴出させる方法で推力を得ます。得られる推力は単位時間あたりの噴射質量と噴射速度から求められます。
 化学推進エンジンの利点は短時間の燃焼で大きな推力が得られること,難点は他のタイプのエンジンと比べて効率が悪く,大量の推進剤を積む必要があることです。真空中では燃焼に必要な酸素を得ることができないため酸化剤も必要です。推進剤や酸化剤を途中で補給できれば良いのですが,補給なしで長時間飛び続ける必要のある衛星や探査機には適しているとは言えません。
 『はやぶさ』のイオンエンジンでは,マイクロ波を使って推進剤のキセノンを陽イオンに電離させ,電場を掛けて加速します。化学エンジンと比べて10倍以上の速度で噴射でき効率が良い反面,イオンは非常に軽いため,大きな推力は得られません。補うには長時間に渡って噴射を続ける必要があります。また,陽イオンはプラスの電荷を持っているため,そのまま噴射すると機体がマイナスに帯電し,折角噴射したプラスイオンと引き合って進めなくなってしまいます。防ぐにはイオンと同じ電荷量の電子を,噴射前のイオンに与えて電気的に中和しなければなりません。
 『はやぶさ』は予備1基を含めた4基のイオンエンジンを搭載し,推進の他,イトカワへの離着陸・地球スウィングバイなどに使用しました。スウィングバイは天体の重力を利用して探査機の軌道や速度を変更する技術で,イオンエンジンとスウィングバイの組み合わせは世界でも初めての成功です。

 自律的な航法と誘導は,地球から遠く離れて飛行する深宇宙探査機には不可欠の技術です。地球と探査機の交信は電波で行いますが,距離が離れれば離れるほど,交信に掛かる時間は長くなります。
 イトカワに到着する頃の『はやぶさ』は,地球からおよそ3億キロ,地球から太陽までの距離の約2倍の彼方を飛行しており,交信に掛かる時間は往復で約30分。いちいち地球からの指示を待っていたのでは,イトカワ表面への接近に当たっての航路の調整や,それに伴って起こるかも知れない危険を回避するにはあまりに遅すぎます。
 『はやぶさ』は着陸に先立って,イトカワ表面に接近・着陸の目標となるターゲットマーカーを放出しました。ターゲットマーカーは『はやぶさ』が発するフラッシュを反射して光り,『はやぶさ』が自身の水平位置を検出するための灯台の役割を果たしました。このターゲットマーカーにはミッションに賛同した149ヶ国88万人の名前が刻まれています。

 イトカワからのサンプルの採取は,探査機下部のサンプル採取器(サンプラーホーン)で行われました。イトカワの重力は地球や月などと比べて極めて小さいため,直接地表を削ろうとしても反動で『はやぶさ』の方が動いてしまい巧く行きません。そこで考え出されたのが,サンプラーホーンがイトカワに接地すると同時に,イトカワの表面に向けて重さ5グラムの金属球を発射し,これによって生じた表面の破片をホーンを通じて採集容器へ取り込むという独創的な方法でした。
 イトカワの上空にホバリングし,降下,接地の後素早くサンプルを入手する。この一連の流れは,鳥のハヤブサが空中から地上の獲物を狙い,捕える様子に良く似ています。

 現在帰路にある『はやぶさ』ですが,最後の任務はサンプルが入っている可能性のある採集容器を地球に送り届けることです。容器は重量16キロ,直径約40センチの再突入カプセルの中に収納されており,『はやぶさ』の大気圏再突入の直前(※1)に機体本体から分離されます。惑星間軌道から直接の再突入のため,この時のカプセルの落下速度は秒速12km(東京−名古屋間を約25秒)にもなります。
 空気中を物体が運動するとき,物体が押し除けようとする空気は圧縮され,それに伴って温度が上昇します。これを空力過熱といい,物体の飛行速度が高速になるほど圧縮の度合いは大きく,従って温度は高くなります。今回の場合カプセルが小さいこともあり,再突入時の周囲の大気の温度は最大で1〜2万度まで上昇します。
 この高熱からカプセルを守るのが,炭素繊維と合成樹脂からつくられた強化プラスチック製の断熱材(アブレータ)です。アブレータは加熱によって炭化し,溶融分解してカプセルの表面を覆うガスの膜を作ります。周囲の高温の大気はこのガスに遮られ,カプセルに直接触れることはありません。
 落下時の空気抵抗によってカプセルは次第に減速します。高度約10キロメートルまで降下するとパラシュートが開き,更に速度が下がります。
 『はやぶさ』再突入カプセルは,2010年6月にオーストラリア,アデレードの北約500キロのウーメラ砂漠に帰還する予定となっています。

※1 打ち上げ当初の計画では大気圏再突入の約8時間前にカプセルを分離させ,『はやぶさ』本体は惑星間空間に戻されて太陽の周りを周回する,謂わば人工惑星になる筈でした。しかし現状の『はやぶさ』はエンジンの故障などにより微妙な姿勢制御が難しくなっています。分離のタイミングを遅らせた場合,機体は地球の重力に捕らわれるため失われてしまいますが,カプセルを目的の位置へより正確に降下させられる可能性が高くなります。

写真:『はやぶさ』のフライトモデル(提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA))