2010-02-01

今,深海が面白い ― 微化石と海底掘削調査 (協力:地学研究部 谷村好洋)


深海・深海底の探査が教えてくれるもの

 HMSチャレンジャーの航海の報告書『Report of the Scientific Results of the Voyage of H.M.S. Challenger during the years 1873-76』は,採集された海底の泥の中から発見された放散虫や有孔虫,珪藻などの微小生物の殻や骨格の記録に多くのページを割いています。
 放散虫は海洋プランクトン(原生動物)の一グループの総称です。大きさは数十マイクロメートルから,大きいものでも数ミリ程度,種ごとに異なる複雑で幾何学的な形状のガラス質の骨格を持ちます。海水中で浮遊生活をしていますが,骨格は死後沈降し,海底に降り積もります。チャレンジャーが発見したものはこの骨格の部分でした。
 チャレンジャーによって報告された放散虫は739属4,318種に上り,そのうち約8割に当たる3,508種が新種として記載されました。
 

 放散虫は古生代カンブリア紀には既に登場し,現代まで生息しています。浅海から深海まで幅広く分布すること,時代に伴う種の変化が早いことから,地層に含まれる放散虫の化石を見ることで,地層が堆積した時代を推定することができます。このような化石を示準化石と呼びます。

 有孔虫も海洋プランクトンですが,骨格の代わりに主に石灰質から成る殻を持ちます。放散虫と同じく浮遊生活をする浮遊性有孔虫と,海底に生息する底生有孔虫(※3)があり,大きさは0.1〜1ミリ程度のものが多く見られます。
放散虫と同じく示準化石ですが,殻の形態が生息する場所の水温や深度,栄養塩濃度などによって異なっていることから,地層が堆積した当時の環境を推定できる示相化石としても用いられます。

 特に良く知られているのは殻に含まれる酸素と炭素の同位体比を利用した気候の推定です。
 原子の中には,同じ原子番号(同じ名前の原子)でありながら,通常と中性子数が異なるものが存在し,これらを同位体と呼んでいます。例えば酸素原子では,通常,原子核の陽子と中性子は共に8個ですが,稀に中性子が9個のもの,10個のものが存在します(中性子の個数が8〜10以外のものも確認されていますが,いずれも不安定でごく短時間で崩壊してしまいます)。通常のものを16O,中性子数が10個のものを18Oと表記します。
 詳しい仕組みはここでは割愛しますが,海水中の18Oの16Oに対する存在比は海水温が低い時に大きく,海水温が上がると小さくなります。この同位体の比率は微小生物が殻を作る際,構成成分に取り込まれるため,殻の化石に含まれる同位体比を分析することで殻が形成された当時の気候を推定することができます。

 海底に沈降した微小生物の死骸は,新しく積もったものほど上に,古いものは下にと層を成して堆積しています。堆積物は時間と共に硬く固まり,放散虫ならチャート,珪藻なら珪藻土といった堆積岩を形成します。これら堆積岩は海洋プレートに乗って移動するため,プレートの形成場所である海嶺に近いほど新しく,プレートの沈み込みが起こっている海溝に近いほど古くなります。
 即ち,海溝になるべく近い場所で,なるべく深いところにある堆積岩を手に入れることができれば,より古い時代の環境を調べることができることになります。

※3 沖縄などで採集できる星粒のような形の海岸堆積物,いわゆる『星の砂』は,底生有孔虫ホシズナ(または類似した形状の殻を作る有孔虫)の殻が死後打ち上げられたものです。

写真:チャート(上)と珪藻土(いずれも企画展『深海探査と微化石の世界』より)