2010-02-01

今,深海が面白い ― 微化石と海底掘削調査 (協力:地学研究部 谷村好洋)


地球最後のフロンティア?深海・海底探査の歴史

 『魚のいない海水はすばらしく澄んでいて,その透明度は表現することばがないほどである』
 『かつて一度も太陽の光を受けたことのない原始の岩,地球の強力な基礎をなしている最深部の花崗岩,岩山に深々と開いた洞穴(中略),照明灯の光を受けてきらきら輝く砂,その上にがっしりと立つ奇崛たる山塊,苔ひとつない黒く滑らかなその岩肌(後略)』
 今から約140年前の1869年から1870年,フランスの小説家ジュール・ヴェルヌはSF小説『海底二万里』の中で,当時人類未踏の地であった深海と深海底の光景をこう綴りました。

 地球上,最も深い地殻の裂け目。死海より塩分濃度の濃い湖。酸素を必要としない生物や,摂氏100度を超える高温の熱水の中で生息する生物。現代の私たちは,潜水技術と映像技術の進歩によって,小説よりも遥かに奇異な,深海の事実を目の当たりにすることができるようになりました。
 しかし深海とその海底の全容は,今も多くの謎に包まれています。海面からの距離そのものや水圧に阻まれ,人間が深海底に到達することは未だ容易にはなっていません。有人・無人の潜水艇,探査船が複数活動していますが,未だ到達できていない領域がほとんどなのです。

 『海底二万里』出版から2年後の1872年,イギリスの軍艦を改造した科学調査船HMSチャレンジャーがポーツマス港を出港,3年半に渡る深海の科学的探査が始まりました。『海底二万里』のイギリスでの出版は1873年であり,探査を提案・指揮した海洋学者チャールズ・W・トムソンがフランス語の原書を読んでいたかどうかも判りませんが,海洋を含め科学調査への興味,関心が学術的にも,エンターテインメントとしても高まっていた時代(※2)だったとは言えるのでしょう。

 19世紀の半ばまで,深海は生物の存在しない,不毛な場所であるとの主張が多勢を占めていました。1844年,イギリスの自然科学者エドワード・フォーブスは自身の調査の結果などから,海面から300ファゾム(1ファゾムは約1.8メートル)にまで達すると生物は全く見られなくなると述べています。
 しかし一方で,1,000ファゾムを超える深海から採集された生物もあり,フォーブス自身もその後の調査で,自らの主張の誤りには気づいていました。またこの頃から,海中にすむ生物の特徴は,海域の気候・海水の成分・海水温の3つの要素と,海底の状態で規定されているらしいことは既に判っていました。
 生物はどの程度の深さまで存在できるのか,深海にすむ生物はどのような姿をしているのか。深海は或いは,既に絶滅したと思われる生物が生き残る聖域となってはいないだろうか。チャレンジャーの航海は,これらの疑問に答えようとするものでした。

 チャレンジャーは海底の深度や海水温の測定,動植物や海底の泥の採集を行いながら世界を1周し,途上日本にも寄港して歓迎を受けました。
 魚類からウミガメの発生,クジラの骨格,サンゴや腕足類,ミジンコなどの小型の甲殻類,クモヒトデなど,発見・採集された生物は膨大であり,全ての記録が纏まるまでには19年が必要でした。生物,寄港地の風景を含め全ての報告に詳細なスケッチが添えられています。

※1 深海の明確な定義はありませんが,一般に海面下200メートルより深い海をいいます。太陽の光がほとんど,或いは全く届かないこと,水圧が高いこと,熱水鉱床などを除けば水温が低い場合が多いことなど,浅海とは全く異なる環境となっています。

※2 陸上の博物学・科学的探検はチャールズ・ダーウィンも参加したビーグル号の1831〜1836年(『種の起源』発表1859年)の航海や,アルフレッド・ウォレスが1854〜1862年(『マレー諸島』発表1869年)に行ったマレーシア・インドネシアの調査などがあります。

冒頭引用:創元SF文庫『海底二万里』荒川浩充訳
写真:チャレンジャー日本寄港時の航路図(企画展『深海探査と微化石の世界』より)

より詳しく知りたい方のために
NOAA Ocean Explorer(英文)