2008-10-10

速報:ノーベル物理学賞受賞 「対称性の破れ」と「小林・益川理論」(協力:理工学研究部 田辺義一,洞口俊博)


「自発的対称性(※3)の破れ」と「小林・益川理論」

 素粒子が持つエネルギー,若しくは質量は,宇宙創成のどの段階で,どのような機構によって獲得されたのでしょうか?これは現在の宇宙論に残る,大きな謎のひとつです。
 初期の宇宙では素粒子には質量がなく,全ての素粒子は空間の中を自由に動き回っていたと考えられています。しかしある時真空の性質が変化してエネルギー構造が変わり,素粒子の動きを阻害するようになりました。この時素粒子に掛かるようになった抵抗の大きさが,素粒子の質量だと考えることができます。
 南部名誉教授は1960年,この時の真空の性質の変化について,超伝導(※4)の考え方にヒントを得た,「自発的対称性の破れ」として説明しました。現在ではこの「自発的対称性の破れ」はクォークと反クォークが宇宙に充満したことによって起こったと解釈されています。
 
 また前項で,粒子と反粒子の対消滅が起こる前後の宇宙について,「何らかの理由」によって粒子の数が反粒子の数を上回っていたために粒子が残った,とご紹介しました。
 この「何らかの理由」も未だ解決されていない謎として残っていますが,少なくとも現状で粒子だけが残っている以上,最初期の宇宙で粒子と反粒子のそれぞれを支配していた法則に何らかの違いがあったことになります。この違いを「CP対称性の破れ」と呼びます。
 CP対称性の破れが何によってもたらされたものかは判っていませんが,小林名誉教授と益川名誉教授は1973年,クォークが少なくとも6種類あると仮定し,その6種類がある条件下でそれぞれに入れ替わると考えることでCP対称性の破れを理論的に説明することに成功しました。これが「小林・益川理論」です。

 現在6種類が知られるクォークのうち,当時発見されていたのは比較的低エネルギーのアップクォークからストレンジクォークまでの3種類のみでした。しかしその後実験技術の進歩により,翌1974年には早くもチャームクォークが発見され,残る2つ,ボトムとトップについても1995年までに存在が確認されました。
 またKEKでは2001年,B0中間子(ダウンクォーク1個と反ボトムクォーク1個)を加速器で崩壊させてCP対称性の破れの大きさを測定する実験を行い,小林・益川理論から導かれた予測値に一致することを確認しました。

※3 自然現象に於ける「対称」とは,位置や状態を変えてもそのものの性質が変化しないことを言います。例えば鏡に写したり,回転させたりしても性質が変わらなければ対称性は維持されています。そのものの性質が変化することを「対称性が破れ」るといい,宇宙論では現在の宇宙に至る粒子や力の形成過程を,様々な対称性が破れたためとして説明しています。

※4 超伝導の詳細についてはここでは触れませんが,超伝導を説明したBCS理論では,超伝導物質内では上向きのスピンを持つ電子と下向きのスピンを持つ電子がペアとなり,金属中に充満しているとしています。このペアは電気抵抗をゼロにするほど物質中をスムーズに移動できますが,ペアを組んでいる電子の一方だけを見れば自由はなく,移動には大きな抵抗が掛かっています。