2009-07-01

シカン発掘30年 ― インカ黄金文化の源流 (協力:人類研究部 篠田謙一)


シカン人のDNAをよむ

 今月14日より,上野本館にて開催予定の特別展『インカ帝国のルーツ ― 黄金の都シカン』。当記事では紹介しきれなかった最新の調査結果や,シカンの文化を代表する黄金製品・土器などが数多く展示されます。
 今回の展示制作の担当者のひとり,国立科学博物館人類研究部人類史研究グループの篠田謙一グループ長に,シカン研究との関わりや今回の展示の楽しみ方をインタビューしました。

Q:先ず初めに先生と,シカンとの出会いについて教えてください。
A:私自身は直接関与しなかったのですが,1994年に科博で開催された特別展『黄金の都シカン発掘展』がきっかけになっています。『黄金の都〜』展は科博でアンデスの文明を扱った展示としては初めてのものでした。当時の科博の人類研究部長は山口敏先生でしたが,私はその時期に山口先生と一緒に中国で渡来系弥生人の研究をしていました。
 『黄金の都〜』展が成功裏に終わったのち,1999年,アンデス第2段として,モチェを扱った展覧会が全国で開催されることになりました。これは科博では開催されませんでしたが,この時,前述の山口先生とのご縁から,モチェの人々のDNAの研究を頼まれ,島田先生と初めてお会いし,共同研究をすることになりました。
 シカンに関しては1999年のシアルーペ(ロロ神殿の更に西方,金属や土器の工房が発見されています)の調査からご一緒しています。2000年以降は実際の発掘にも立ち会うようになりました。

Q:シカンの人々のDNAとはどのようなものですか?どのようなことが解ったのでしょうか?
A:分析に使ったDNAは,細胞の中にあるミトコンドリアという小器官が持つDNA(※4)です。ペルーの北部海岸地域では,シカンを含め幾つもの文化が入れ替わりました。この時そこに暮らしていた人々そのものが入れ替わったのか,人はそれほど変わらず文化だけが変容したのかを理解するため,様々な時代の人々の人骨の分析を行いました。
 その結果,各時代を通じて人々の大規模な入れ替わりや,人口の大幅な減少はなかったことが解りました。ペルーの北部海岸地域は,元々多くの人口を抱えており,そのため特に人々の集団を入れ替えなくても,同一の集団によって文化を受け継いで行くことができたのでしょう。一方で南部海岸地域では集団が明確に入れ替わったという結果が出ています。

Q:これからの研究のご予定について教えてください。
A:島田先生が2005年以降,ペルーの首都リマの近郊,パチャカマック遺跡の調査を開始されています。ここは紀元前からインカまで,各時代の宗教センターのような役割を果たしていた場所です。現在もペルーの聖地になっていて,発掘の許可は簡単には降りないところなのですが,島田先生はこれまでのペルー考古学への貢献が評価されて,発掘を開始することができました。私はここでも出土した人骨のDNA分析を行っています。
 文明が入れ替わって行くとき,担い手となる人々そのものが変わるのか,文化だけが変わるのかを理解する為には,シカンだけでなく広い範囲の人々のDNAを調査し,人間の移動があったかどうかを知る必要があります。ペルーではこれまでに北部海岸・南部海岸を調査しました。これからは高地・山岳地帯をターゲットとしていきたいと考えています。

Q:ありがとうございました。最後に今回のシカン展の見どころを教えてください。
A:島田先生が調査を開始される以前は,モチェが滅亡した後のライバイエケ地方(北海岸)の歴史は,『どうやら何かあったらしい』とぼんやりと認識される程度の認識しかありませんでした。しかし,島田先生とシカン学術調査団の30年間の調査によって,これまで盗掘されて由来の分からなかった黄金製品や土器が,この地域の文化を担った人々が作ったことが明らかとなりました。
 調査は各時期ごとの特徴の解明に始まり,今ではシカンの社会構造やシカン人の宗教観・世界観に迫ろうとしています。今回のシカン展を通じて,ほとんど何も情報がなかったところからひとつの社会が復元されて行くまでの考古学のプロセスを見て頂ければ面白いと思います。
 とかく考古学というと,土器の特徴から作られた時代や順序を分析する,編年が中心テーマだと考えられがちですが,最近では社会の復元,さらには文明とは何かということをテーマに研究が進められています。特にアメリカでは考古学は人類学の一部門と捉えられています。つまり「人間とは何か」という問に答えるための学問なのです。私たち自然人類学の研究者は,生物学的な側面から「ヒトとは何か」という問に答えようとしています。双方の研究成果が合わさったときに,より深い人間への洞察が生まれることになります。シカン文化の発掘調査もそんな共同作業のひとつなのです。 

Q:ありがとうございました。

※4 細胞内小器官ミトコンドリアは女性由来の卵子には豊富に存在しますが,男性由来の精子には僅かしか含まれておらず,受精時に卵子に受け渡されることはほとんどありません。従ってミトコンドリアのDNAは通常母と子で全く同じであり,突然変異があった場合のみ変化することになります。この性質を利用して,祖先の出アフリカ後の移動経路や,世界の他の地域へ移動して行ったグループと別れたタイミングなど,所有者の母方の系統のルーツを探る研究に使われています。

写真上:2006年に発掘された人骨 下:2008年発掘の様子
(いずれも撮影 義井豊)


(研究推進課 西村美里)