ツノシマクジラBalaenoptera omurai Wada, Oishi et Yamada, 2003)
~日本で発見された新種のヒゲクジラ~

2003年11月21日(2018年8月改訂)
(独)国立科学博物館 
(独)中央水産研究所 
岩手県立博物館 

1998年9月11日,山口県豊浦郡豊北町の角島と本土の特牛に挟まれた海域で,体長約11mのヒゲクジラが船舶と衝突して死亡した*1

国立科学博物館は,水産総合研究センター中央水産研究所と岩手県立博物館とともに日本鯨類研究所をはじめ内外の研究機関の協力を得てこの個体の外部形態,骨格,ならびにミトコンドリアDNAについての研究を進めた結果,このクジラがナガスクジラ科の未知の種であることが明らかになったので,そしてこのほど本種をBalaenoptera omuraiと命名し,英国の科学雑誌「ネイチャー」(2003年11月20日)に新種として発表した.(Wada et al., 2003)

この論文では,1970年代後半にインド洋と太平洋の熱帯海域で日本の特別捕獲調査により捕獲された未知の種も本種に含まれること,また従来ニタリクジラ Balaenoptera edeni とされていた種はB. edeni(Eden's whale : 仮称イーデンクジラ)とB. brydei (Bryde's whale : 仮称狭義のニタリクジラ)の2種に分かれることも明らかにした.

なお,本種,Balaenoptera omurai の和名はホロタイプの産地にちなみ,ツノシマクジラと呼ぶ.

角島元山港に引き揚げられたツノシマクジラ.
この2枚は池本和氏撮影.

*1 この漁船は角島と本土と間の海士ヶ瀬に進入する際に,このクジラと衝突した.この海域はきわめて浅くこれまでイルカ以外の鯨類が目撃された記録はほとんどない.健康なクジラが低速で走行中の漁船と衝突する可能性は低いことなどを考慮すると,このクジラは死んでいたかあるいは瀕死に近い状態で漂っていた可能性もある.

1.発見情報

1-1. 角島標本

死亡 年月日:1998年09月11日
海域 山口県豊浦郡豊北町の角島と本土の特牛(こっとい)との間の海士ヶ瀬(戸)(あまがせ)(海士ヶ瀬戸ともいわれる)
発見 当初の種同定:種不明ナガスクジラ属鯨類 メス 体長 11.03m
標本 所蔵:国立科学博物館 NSMT-M32505
9月11日朝,漁場からの帰途にあったイワシ漁船が海士ヶ瀬にさしかかったところでクジラと衝突,クジラは沈んでいった.引き上げられたクジラは曳航されて最終的には角島の元山港に陸揚げされた.
この情報は角島の藤岡茂夫氏から山口県文書館の戸島昭副館長に伝えられ,さらに国立科学博物館に届いた.
角島では当時建設中の角島大橋(2000年11月3日開通)の開通後の観光資源の一つとしてこのクジラの骨格展示を計画,骨格標本作成の監修を国立科学博物館に依頼,脊椎動物研究グループの山田は同第四研究室の倉持主任研究官とともに現地に赴いた.大石雅之(岩手県立博物館),地曳会美(当時東京大学)も現地で合流した.
日本列島における角島の位置

角島の位置( X

1-2. インド洋と太平洋の熱帯海域産標本

死亡 年月日:1976年10月24日
海域 ソロモン海
発見 当初の種同定:小型のニタリクジラ(small form Bryde's whale :Wada and Numachi , 1991)
メス3個体,オス3個体 体長 9.6-11.5m
標本 所蔵:水産総合研究センター遠洋水産研究所 NRIFSF1-6

第二図南丸デッキ上のツノシマクジラ(故清水悟氏撮影)

死亡 年月日:1978年11月15, 17日
海域 ココス島付近の東部インド洋
発見 当初の種同定:小型のニタリクジラ(small form Bryde's whale :Wada and Numachi , 1991)
メス2個体 体長 10.1-10.4m
標本 所蔵:遠洋水産研究所 NRIFSF7-8

2.調査概要

以下に角島標本の調査経過の概略を記す.

1998年9月14日 死亡して3日後に調査を実施したが,腐敗がひどく,新鮮材料が必要な調査は不可能で,ヒゲ板とごく一部の臓器組織の採集を行って調査個体を現場付近の砂浜に埋設した.なお,冷凍保存してあった筋肉や脂皮を藤岡茂夫氏(豊北町角島)からわけていただいた.この時点ではナガスクジラ Balaenoptera physalus の若い個体である可能性も考えたが,なお疑問が残り,種を断定するにはいたらなかった.

現地調査に従事したのは(以下敬称略),山田格・倉持利明(国立科学博物館),地曳会美(東京大学大学院),大石雅之(岩手県立博物館),戸島昭(山口県文書館),伊東耐子(下関市),藤岡茂夫・池本和・内山勉ほか(豊北町角島),江藤和行・江藤吉子(豊北町特牛)らである.

その後,特に持ち帰った骨盤骨を晒骨したところ,形態がきわめて特殊で個体変異あるいは何らかの病変によるものでなければ,この骨盤骨は既知の種のものではないことが想定された.また,分子生物学的調査を進めた結果,本個体は未知の鯨種であり,Wada and Numachi (1991) のsmall form Bryde's whale と同種である可能性が高いことが判明し,後日発掘のうえ再調査することを決定した.
なお,山田は9月14日の調査の際に,和田志郎(中央水産研究所)が準備中のインド洋と太平洋の熱帯海域産標本の外部形態と分子系統解析に関する新たな草稿を偶然携えていた.

3日目のツノシマクジラ.死後変化著しい.
この2枚は伊東耐子氏撮影.

*2化骨の状態などからすると老齢個体である可能性も想定される.

1999年3月15-17日 角島で本個体を発掘し,全身骨格を確保した.椎骨の化骨状態から成熟個体であり,成体で20m以上に達するナガスクジラではありえないことが判明した*2. また,頭骨の形態が他のどの種とも異なることも明らかとなった.

現地調査に従事したのは,山田格,和田志郎,石川創(日本鯨類研究所),下川哲哉(山口大学),徳武浩司(横浜八景島シーパラダイス),大石雅之,戸島昭,戸島あかね(山口県),伊東耐子,中村清美(水産大学校),藤岡茂夫,古野学,池本和・内山勉ほかである.

なお,頭骨は再埋設して1999年10月最終的に発掘した.大半の骨格は国立科学博物館で煮沸晒骨,肋骨は角島で水漬晒骨,ヒゲ板はフォルマリンを噴霧しながら乾燥するなどの方法で本個体の標本化を進め,比較検討を行った.

発掘直後の頭骨.

翌日頭骨の
写真撮影などを行った.

3.発表概要

本個体群についての発表は,Shiro Wada, Masayuki Oishi & Tadasu K. Yamada (2003) A newly discovered species of living baleen whale. Nature, 426: 278-281.による.概要を以下に示す.

Order:Cetacea Brisson,1762 鯨目
Suborder:Mysticeti Flower,1864 ヒゲクジラ亜目
Family:Balaenopteridae Gray,1864 ナガスクジラ科
Genus:Balaenoptera Lacépède,1804 ナガスクジラ属
Balaenoptera omurai Wada, Oishi et Yamada,2003

学名の由来 種名は日本の鯨学の祖である故大村秀雄博士の偉大な業績に敬意を表したものである

B. omuraiの頭骨

ホロタイプ 成熟雌,博物館番号NSMT-M32505,国立科学博物館,東京.完全な全身骨格,完全な左右のヒゲ板列および骨格筋,脂皮,腎臓の凍結組織片が山田,倉持,大石,地曳,藤岡によって鯨の事故死の3日後までに角島(34度 21分 03秒 N, 130度 53分 09秒 E)で採取された.
パラタイプ 5頭の雌と3頭の雄,博物館番号 NRIFSF1-8,遠洋水産研究所,静岡.母船の調査員により各個体から最長のヒゲ板1枚,耳垢栓,骨端を伴った第6胸椎の断片が採取された.NRIFSF6は更に18枚のヒゲ板が採取された.
産地 日本海(タイプ産地),ソロモン海およびココス諸島近くの東部インド洋.
標徴 B. omurai は次のような固有の形質を持つことで全ての同属種と区別できる:上顎骨の上行突起の後部が内側に膨らみ,前上顎骨の後端を鼻骨の側面で覆い隠している;ヒゲ板の枚数がおよそ200枚であって,枚数がまだ報告されていないB. edeni を除くどの同属種よりも少ない;ミトコンドリアDNA全調節領域の21座位において固有の塩基をもつ.
発表した
記載の概要

頭骨頭頂部の比較

ナガスクジラ属8種の頭骨形態

体長は12m以下であり,頭骨は比較的幅広く偏平である.上記の固有の形質のほか,Wada et al. (2003)に示した頭骨にみられるたくさんの形質状態の組み合わせをもつナガスクジラ属鯨類は,本種をおいて他にない.特に,本種では上顎骨の上行突起は後端に向かって幅広くなるが,B. edeni ではそれは全域にわたって細く,鼻骨や前上顎骨のために大きな空間を与えていること,また本種の前頭骨は頭頂部で狭い帯状部を露出させているに過ぎないが,B. edeni では前頭骨は上顎骨上行突起の後方とそれらの間に広く露出し,低いが目立った隆起をつくることなどが注目される.椎骨式と指節骨式はそれぞれ,頚椎(7) +胸椎(13) + 腰椎(12) + 尾椎(21) = 53,4手根骨と4中手骨のほかに指I-5,指II-7,指IV-6,指V-3である. 本種の外観はB. physalus (ナガスクジラ)に似ているが, B. brydei に(おそらくB. edeni でも)顕著に認められる副稜線は認められなかった.ヒゲ板の大きさ,形,色および枚数は B. physalus のものとは大きく異なり,最も長いヒゲ板の幅に対する長さの割合,1.22±0.15は南極海産のB. physalus の1.48±0.11よりもずっと小さい.ヒゲ板の色はB. bonaerensis (クロミンククジラ)のものとそっくりで,ヒゲ列の場所により異なり,左右不対称を示す.

ミトコンドリアDNAの調節領域全長の塩基配列では,異なる海域の3頭の B. omurai の調節領域の長さはいずれも938塩基で,個体間の違いは4-5塩基にすぎなかった.B. omurai と他の同属種の間の塩基の違いに関しては,別種と承認されているB. borealisB. brydei の違いをはるかに上回っている.我々の分子解析はB. omuraiB. borealis/B. brydei/B. edeni グループから分離し,B. edeniB. borealis/B. brydei グループから分離する結論となった.

さらに,我々はB. edeni のホロタイプ(GM223,インド博物館,コルカタ),Sidhi島標本(インド博物館)およびSugi島標本(RMNH4003,ナチュラーリス国立自然史博物館,ライデン)の頭骨が先に述べた固有の形質を共有することを確認している.すなわち,B. edeni の頭骨では上顎骨の上行突起が細く,広く露出している前頭骨上に上行突起の台座のように見える隆起が認められることである.この特徴は他のどのナガスクジラ属鯨類にもみられない.これらの骨学的知見は分子からの知見とともに,B. brydeiB.edeni およびB. omurai がそれぞれ別個の種であるとする我々の解釈に確かな裏づけを与えている.

これらの標徴形質に基づいてさらに多くの B. edeniB. omurai 標本が世界中の海や既存の博物館標本の中から続々報告されることが期待される.

画像

B. omurai ホロタイプの頭骨
(左から下面観,左側面観,上面観)

下顎骨を組み合わせた
B. omurai ホロタイプの頭骨

現時点の所見に基づいて作成した B.omurai(ホロタイプ)のイラストレーション

4.今後の調査

今後は角島標本の形態学的な研究をより詳細に継続し,また本種の国内外の標本についても成果が出た時点で適切な学術誌などに公表することにする.

備考1

この報告で,ナガスクジラ属は以下の8種とするべきと考えられたが,2003年当時としては,従来のニタリクジラを,カツオクジラとニタリクジラに分類する考え方は,提案であった.しかし,その後次第にカツオクジラ(Eden’s whale)とニタリクジラ(Bryde’s whale)の存在を容認する研究者が増え,さらに川田他(2018)などで,この解釈は認知されたと考え,「カツオクジラ」と「ニタリクジラ」に「(仮称)」と表記しないこととした.

和名 英名 学名
1.ミンククジラ Common Minke whale Balaenoptera autorostrata Lacépède, 1804
2.クロミンククジラ Antarctic Minke whale Balaenoptera bonaerensis Burmeister, 1867
3.ツノシマクジラ Omura’s Whale Balaenoptera omurai Wada, Oishi et Yamada, 2003
4.カツオクジラ Eden's whale Balaenoptera edeni Anderson, 1879
5.ニタリクジラ Bryde's whale Balaenoptera brydei Olsen, 1913
6.イワシクジラ Sei whale Balaenoptera borealis Lesson, 1828
7.ナガスクジラ Fin whale Balaenoptera physalus Linnaeus, 1758
8.シロナガスクジラ Blue whale Balaenoptera musculus Linnaeus, 1758

備考2

今回の報告では,骨学的データはホロタイプの全身骨格とパラタイプのごく一部の標本のみに基づいている.しかし,われわれは東アジアから東南アジアの国々で約10個体の本種の標本をすでに調査している.これらの結果については,各国の共同研究者ととともに,しかるべき時期に発表する予定である.また,東南アジア産の標本を含む最近の分子系統学的研究の中には,本種と推定されるものが含まれているが, それらの見解はWada et al., (2003) とは異なっている.

備考3

本個体の骨格標本複製は,山口県豊浦郡豊北町角島の「つのしま自然館」において2003年5月より展示されている.

備考4

本論文出版後数年は,ツノシマクジラの種としての有効性について,Perrin & Brownell, Jr. (2004)など,疑問視する批判も少なくなかった.その根底には,いわゆるニタリクジラとの体長の類似性など,本質的でない特徴を重視し,分子生物学的な知見も先入観の影響下に解釈した結果か,備考2に触れたように,LeDuc et al. (2002)などのように ツノシマクジラをいわゆるニタリクジラの近縁の位置に置く結果になっており,それが本論文の分子生物学的結果と異なるように見えたことが,批判の根拠の一つであった.しかし,Sasaki et al. (2006)によるミトコンドリア全領域の比較検討,さらにSINEの解釈から,ツノシマクジラは,いわゆるニタリクジラなどとは大きく異なることが示され,Perrin & Brownell, Jr. (2007)によって,ついにツノシマクジラの有効性が受け容れられた.

  • LeDuc RG, Dizon AE. 2002. Reconstructing the rorqual phylogeny, with comments on the use of molecular and morphological data for systematic study. In: Pfeiffer CJ, editor. Molecular and Cell Biology of Marine Mammals. Malabar, Florida: Krieger Publishing Company. p 100-110.
  • Perrin WF, Brownell J, R. L. 2004. A critique of the new species Balaenoptera omurai. In: International Whaling Commission. SC/56/O4, p 1-5.
  • Perrin WF, Brownell J, R. L. 2007. Proposed updates to the list of recognised species of .Cetaceans. In: International Whaling Commission. Ancorage. p 1-4.
  • Sasaki T, Nikaido M, Wada S, Yamada TK, Cao Y, Hasegawa M, Okada N. 2006. Balaenoptera omurai is a newly discovered baleen whale that represents an ancient evolutionary lineage. Molecular Phylogenetics and Evolution 41:40-52.

謝辞とお詫び

本標本の調査にあたっては,ここに記載した方々をはじめ,多数の方々のご協力を頂いたことを記して感謝の意を表する.また,本標本が新種であることについては,これまで情報開示を制限していた経緯がある.このことに関して関係各位にお詫びを申し上げるとともに,学術的な公表の手続きの上でやむをえない措置であったことを御理解いただければ幸いである.

研究を進めるにあたり,B. edeni の組織標本と CITES 関連の書類作成,さらには原稿校閲に関して C. Smeenk(ナチュラーリス国立自然史博物館),NSMT-M32505の写真については池本和,NRIFSF1の写真については清水悟(当時長崎県庁水産課),横町司(当時農林省佐賀食糧事務所)の各氏の協力を受けた.

また,以下の各事項について一覧として記した各氏の協力をいただいた.

各機関所蔵の標本閲覧

インド動物学調査所 コルカタ J. R. B. Alfred, G. C.Ray, A. K. Sanyal
インド博物館 コルカタ S. Biswas, R. Chakravarti, S. K. Chakravarti, S. K. Podder
アルゼンチン自然科学博物館 ブエノスアイレス H. P. Castello, O. B. Vaccaro
ブラパ大学 チョンブリ C. Dechsakulwatana
スウェーデン国立自然史博物館 ストックホルム B. Fernholm
自然史博物館 ロンドン R. Harbord , P. D. Jenkins, R. Sabin
カセサート大学 バンコク Y. Musig
サラワク博物館 クチン Y. Newi, S. Said
国立自然史博物館 ワシントンDC C. W. Potter
ヨーテボリ自然史博物館 ヨーテボリ P. Rudd
ナチュラーリス国立自然史博物館 ライデン C. Smeenk

原稿へのコメントと校閲

Ū.Ārnason(ルンド大学),C.C. Kinze(コペンハーゲン大学動物学博物館),J.G. Mead(国立自然史博物館)

コメント

L. B. Holthuis(元動物命名法国際審議会), 細谷和海(近畿大学), 正木康昭(当時遠洋水産研究所), M. C. Milinkovitch(ブリュッセル自由大学), 宮崎信之(東京大学海洋研究所), 沼知健一(当時東京大学海洋研究所)

特別捕獲調査の資料と材料

畑中寛(水産総合研究センター理事長), 大隅清治(日本鯨類研究所),嶋津靖彦(水産総合研究センター理事)

系統解析

角田恒雄(神奈川大学),小林敬典(中央水産研究所)

インド博物館の調査

今村 徹(当時在コルカタ日本国総領事館副領事)

標本化とデータ

新井上巳(東京医科歯科大学),今井理衣(麻布大学), 梅谷綾子(麻布大学),荻野みちる(マリンマンマルセンター), 金子なおみ(国立科学博物館), 柴山可奈(麻布大学), 田島木綿子(東京大学),前田かおり(麻布大学), 渡辺芳美(国立科学博物館)

お問い合わせ

国立科学博物館動物研究部 脊椎動物研究グループ 山田 格 ・ 田島 木綿子
メールアドレス:yamada@kahaku.go.jp ・ yuko-t@kahaku.go.jp