実験航海(与那国島→西表島)について(2016年7月19日)

皆様からの温かなご支援と応援を頂いた表記の実験活動につきまして、成果をまとめましたので報告いたします。ご協力くださった大勢の方々に、深く感謝申し上げます。
より詳しい内容を記したPDFファイルは、こちらからダウンロードできます。

活動期間 2016年5~7月
実験の目的 3万年前の航海の1つの可能性として、祖先たちは「草(ヒメガマ)舟を漕いで渡った」というモデルを検証しました。
活動資金 クラウドファンディングによる個人および企業様からのご支援金、ならびにサポーター企業様からのご支援によって実現させていただきました。改めて感謝申し上げます。

1ヶ月に及んだ活動には、本当に様々なドラマがありました。
ここでお伝えしきれないことは、後日、動画などでご紹介できる機会を検討しております。

舟つくり~出航準備

準備作業は与那国島で行いました。この間、町と住民の方々から、様々なかたちでご協力をいただきました。島の内外から駆けつけて作業を手伝ってくださったボランティアの方々も、大勢いらっしゃいました。

草舟の材料は、与那国島に自生する草(ヒメガマ)とツル(トウツルモドキ)です。ただし櫂は、縄文時代前期の遺跡出土品を参考にした木製の特注品としました。草舟の設計は石川仁。

草を刈って干し、それを束ねて舟を作り、航行テストをして、航海する一連の作業を行いました。多くの漕ぎ手が、この一連の作業に参加しました。

漕ぎ手は主に地元の若者たちで構成しました。

男女7人を乗せたヒメガマ舟2艘で、与那国島から西表島を目指す航海を実施しました。

船団を組んだのは、少人数での冒険ではなく、できる限り太古の移住を再現したいと考えたからです。

ナビゲーション:漕ぎ手は時計や携帯電話を持たず、様々な自然のサインを読み取って舟の位置と方角を見極め、針路を定める準備をして航海に臨みました。

伴走船からは時間・位置・進路などの情報をヒメガマ舟に伝えないルールにしました。

出航~到着

7月8日の台風1号通過後に強風が収まらず海が荒れ、予定していた7月14日までの出航期限を17日まで延長して、ようやく最終日に出航できる機会が訪れました。

曇天のため目的地の西表島は見えず、風と波の状況も最良ではありませんでしたが、出航できずに終了する事態は避けられました。

7月17日 6:53
与那国島カタブル浜を出航して、最初の難関であったリーフ越えに成功。浜で見守る人たちから大歓声が上がりました。しかし沿岸は波が高く、ここで漕ぎ手の一部が船酔いを起こしてしまいました。

7月17日 10:15
出発地から12 km。与那国島の東崎を抜けたあたりでオキゴンドウクジラの大きな群れに遭遇しました。海に歓迎されているように感じられる場面でした。一方で漕ぎ手たちは、背後の与那国島のかたちが変化していることから、予定航路より北へ流されていることに気づいていました。

7月17日 12:00
出発地から18.1 km。与那国島の東崎から約10kmの地点で、与那国島がかすんできました。西表島も見えず、ヒメガマ舟は海上で位置を正確に把握することが難しい状況となりました。

7月17日 12:40
出発地から20.5 km。伴走船から位置情報を入れないという当初方針を撤回し、ヒメガマ舟に北へ大きく流されている事実を伝えて、位置修正を試みるように促しました。見えているべき西表島が見えないというハンデを考慮した決断でした。

7月17日 15:00
出発地から26.0 km。どうしても北へ流されてしまう状況の中、伴走船側で苦渋の末に2艘の曳航を決断しました。太陽が明るいうちに作業を完了するために早い判断となりました。

7月18日 5:45
朝焼けの中、西表島付近から漕ぎを再開しました。

7月18日 11:00
西表島のシラス浜に到着しました。

7月18日 14:30
白浜の住人の方々に盛大に出迎えていただき、疲れた心が癒されました。
白浜の皆様、本当にありがとうございました!

なぜ流されたか

西表島を目指した草(ヒメガマ)舟の航海は、残念ながら、予定針路から大きく北へ外れる結果に終わりました。舟につけていたGPS記録と第十一管区海上保安部が公開している資料から、その理由がわかってきました。

上の図は、GPSが記録していた7月17日のヒメガマ舟の航跡です(国土地理院の地図とカシミール3Dを使用して作成)。GPS記録のない部分は破線で示してあり、青い丸印の間の区間は伴走船で曳航した部分です。与那国島~西表島間の海域では、北向きの海流が発生することが多いのですが、それがこの日は通常の倍程度に強まっていたのです。その速さは、ヒメガマ舟の海上での速力とほぼ等しい、時速3~4 km(約2ノット)でした。詳しくは別紙をご覧ください。

海況が異なれば西表島へ到達できたか

再チャレンジしなければわかりませんが、その答えはおそらく「できた」だと考えています。

西表島が見えていて、風と波がほとんどない日が訪れるまで待ち、さらに海流の条件が合えば、計算上は十分に行けます。この海域の7月の海流は、普段はこの日の半分以下の速力のようです。また、稀に西表島方面に向かう黒潮の反流が生じることがあるので、それを捉えられれば、30時間以内での到達も可能だったかもしれません。

ただし条件のよい海流に乗るためには、それが海中で発生していることをどうやって察知するかという課題が残ります。

参考として、私たちの出航から6日後にあたる7月23日には、左写真(村松 稔撮影)に示すように理想的な凪ぎで、水平線の向こうに西表島がはっきりと見える日が訪れました。

ただしこの日の海流については、弱まってはいたようですが、詳しいことは不明です。

ヒメガマ舟は3万年前の舟か?

他の舟を試していない現段階では答えられませんが、実験を通じて考えるべきポイントが整理されました。

ヒメガマ舟は、水上での浮力と安定性が非常に優れています。一方これを漕いだ場合、今回のように2ノット程度の潮流・海流がある場所では漂流するリスクがあります。あまり長持ちはせず、大量の草を必要とするので資源量の限られた島での量産は難しかったかもしれません。

他のタイプの舟についても、今後同様のデータを出していくことで、様々な可能性の比較ができるようになるでしょう。

航海だけではない、航海実験

最後に、忘れてはならない実験のもう1つの側面に触れたいと思います。それは、私たちの活動が舟つくりから始まっているということです。

草を刈って干し、それを束ねて舟にしていく作業は、時間と労力だけでなく知恵と工夫と協力が必要な作業でした。他のタイプの舟でも、それをつくる労力は同様でしょう。そこまでやらなければ海には出られないことが体験的に理解できましたし、逆にそうまでして海に出ようと思っていた祖先たちの意気込みのようなものを感じました。これは再現実験してこそわかる、貴重な経験でした。

プロジェクトの次なる舞台は台湾へ
ご期待ください!