ダイオウイカ ― 深海のミステリー (協力:動物研究部 窪寺恒己)
ダイオウイカを撮影する

2002年から始まった窪寺調査チームの調査・研究は,2004年のダイオウイカの撮影でひとつのハイライトを迎えました。2005年に公表された英語論文(※3)から,撮影の様子を紹介しましょう。
2004年9月30日,撮影を終えて巻き上げられた長さ1000メートルのイカ針に,1本の巨大な触腕が引っ掛かっていました。触腕とはイカ類が獲物を捕まえる時に使う腕のことで,10本の腕の中で特に長い2本をいいます。
窪寺調査チームはこの触腕を陸へ持ち帰ると共に,ロガーのデータを確認し,触腕の持ち主の姿を探しました。するとそこには,海面下約900メートルに現れたダイオウイカが腕を大きく広げ,獲物を包み込むように丸めた触腕を口の方へと引き寄せている様子が撮影されていたのです。
窪寺調査チームは得られた画像から,ダイオウイカは仕掛けとほぼ水平の方向からやって来て,餌のスルメイカを触腕で攻撃し,その際に触腕の一方をイカ針に引っ掛けたものと考えました。引っ掛かった後は泳いで針から逃れようとしたのか,続く画像からはダイオウイカの姿は消えました。やがて再び姿が写るようになりましたが,今度は腕と触腕を針とテグスに巻きつけて,針を外そうとしているように見えました。この80分の間にロガーは水深900メートルから600メートル付近まで引き上げられていました。
ダイオウイカはその後疲れたのか,仕掛けを強く引くことはなくなったようです。ダイオウイカとロガーは縄の長さいっぱいまで,徐々に沈んで行きました。
最初の映像から4時間13分後,ダイオウイカは逃げ去りました。仕掛けの糸が大きくたわんだ写真からそれが判りました。後には1本の触腕が残りました。ダイオウイカは自らの泳ぐ力で触腕を付け根から切ってしまったのです。
回収された触腕の長さは6メートル。先端の掌部の長さは72センチで,4列に並んだ吸盤がついていました。内側の2列の吸盤が特に大きく,直径は28ミリありました。この測定値とこれまでの漂着個体などから得られたデータを元にして推定すると,触腕の主は外套長約1.7メートル,腕を含めた体長は4.7メートル,触腕を含めた全長は8メートルを超えると試算されました。
また,触腕の筋肉からミトコンドリアDNAを採取することにも成功しました。これまでに日本近海で得られた5個体のダイオウイカのDNAと照合し,99.7〜100%合致したため,DNAからもダイオウイカだと確信することができたとのことです。
更にもう1つのハイライトは,2006年のダイオウイカの釣獲と動画撮影の成功でした。国立科学博物館が当時行った記者発表から,その時の状況を紹介します。
2006年12月,窪寺グループ長が調査のためチャーターしていた漁船の縦縄で,1個体のダイオウイカが釣獲されました。データロガーをつけた縦縄ではありませんでしたが,縦縄の長さが650メートルだったので,およそその深度で掛かったものと考えて良いでしょう。
窪寺グループ長の話では,ダイオウイカは最初にイカ針にかかったアカイカを,その長い腕で抱くようにして上がって来たそうです。恐らくイカ針にかかったアカイカを捕食しようとして自分自身も針に引っ掛かったのでしょう。
深海から引き上げられて来たにも関わらず,ダイオウイカはまだ元気に生きていました。記録用ビデオカメラで撮影されたダイオウイカの映像を筆者も見ましたが,長く太い腕を動かしたり,漏斗から海水を噴き出したりする様子は釣り上げられまいと抵抗しているようにも見えます。体の色は背側が明るい赤褐色,腹側が白でした。
このダイオウイカは船に引き揚げられる途中で残念ながら死んでしまったそうで,赤褐色の表皮も脆いものだったのか大部分が剥けてしまったとのことです。触腕は2本ともなくなっていましたが,触腕ではなく腕でアカイカを捕獲しようとしていたことから,釣り上げられたためではなく,それ以前から失った状態で生きていたのだろうとのことでした。
外套長は約1.4メートル,ヒレから腕までの体長は約3.5メートル,体重は約50キロでした。
※3 Tsunemi Kubodera and Kyoichi Mori (2005)
First-ever observations of a live giant squid in the wild.
Proceedings of the Royal Society B
写真:2004年に撮影されたダイオウイカ(提供:窪寺恒己)
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