2009-09-01

トキ野生復帰への挑戦 ― 2回目の試験放鳥を控えて (協力:動物研究部 西海功)


再び日本の空へ:2008年9月第1回試験放鳥

 トキの人工繁殖・飼育は,単にたくさんのトキを育てることができればそれで終わりではありません。
 環境省は2003年,トキ繁殖のひとつのゴールとして,2015年頃までに,かつて最後の野生のトキが生息していた小佐渡東部地域(佐渡島南東部。国指定鳥獣保護区特別保護地区)に60羽程度のトキを定着させるという目標を掲げました。

 この目標の達成に向け,佐渡島では小佐渡東部を中心に,トキの餌場やねぐらとなる水田(棚田)の復元や,湿地・森林の整備が進められて来ました。農家の方の理解と協力の下,餌となる生物が繁殖できるよう,耕作しない冬の間も田に水を入れたままにしてもらう,農薬や化学肥料を極力使わない農法に取り組んでもらうなど,人間活動との共存もはかられました。

 一方佐渡トキ保護センターでは,2007年から野生復帰に向けたトキの訓練(順化訓練)が開始されました。
 手厚く保護されていたセンターでの暮らしから急に野外へ放たれたとしても,環境の変化が大き過ぎ,生き抜くことは難しいでしょう。そこで,未だ人間の庇護はすぐ傍にあるものの,より野生に近い環境で暫く飼育されることとなったのです。

 そして2008年9月25日,訓練を終えた個体の中から選ばれたオス・メス各5羽,計10羽が放鳥されました。1981年の全鳥捕獲から27年ぶりのことです。
 放鳥以降佐渡トキ保護センターによって目撃情報が収集されており,現在オス・メスそれぞれ4羽の健在(放鳥直後にオス1羽が行方不明,12月にメス1羽が死亡)が確認されています。

 放鳥されたトキは当初,佐渡に定着するものと信じられ,また期待されていました。島を離れるほどの飛翔力はなく,整備された餌場が近くにあればそこに留まる筈だと考えられたのです。
 しかし実際には,島に残ったのはオスだけで4羽のメスは相次いで本州へ渡ってしまいました。メスたちの行動範囲は北は宮城県や山形県,南は長野県や富山県にまで及び,ねぐらや餌場も自力で確保しています。餌となる生物が少なくなるだろうと心配された最初の冬も無事に乗り切りました。

 オスが島内,メスが本州と分かれてしまったことで,放鳥個体の間での今シーズンの繁殖は絶望的となりました。
 オス・メスの行動の違いの原因は未だ判っていません。
 縄張りを構えてメスを待つオスと,良いオスを求めて移動するメスで元々習性に違いがあったのかも知れません。
 かつて日本にいたものと全く同じ種であるとは言え,中国産のトキの子孫であることから,広範囲・長距離を移動する行動パターンは大陸生まれの特徴なのかも知れません。
 放鳥のされ方が良くなかったとする意見もあります。第1回の放鳥では,トキは1羽ずつ木箱に入れられ,多くの観衆の目前でいきなり自然に放されました。トキは沢山の人間の姿にパニックを起こし,島中に逃げ散ってしまいました。放鳥前にできていたペアもバラバラになりました。

 決定的な原因は判っていませんが,今年の放鳥はこれらを踏まえ,方法やオス・メスのバランスを変えて行うことが決まっています。
 放鳥予定の個体は昨年の倍の20羽,オス8羽に対しメス12羽です。親子や比較的年長の個体,順化訓練期間の短い個体などバラエティも豊かです。
 放鳥前のトキを放鳥予定地の環境に慣らすため,予定地には20羽が同時に入れる仮設ケージが建設されました。トキたちはまもなくこの仮設ケージに移され,今月29日(火)の放鳥日にケージの扉が開かれる予定となっています。人間に促されるのではなく,トキが出たい時に自由に外に出て行くことができる方法で,昨年の「ハードリリース」に対し「ソフトリリース」と呼ばれます。
 トキを驚かせないよう,仮設ケージと放鳥は共に非公開で,近隣への関係者以外の立ち入りも制限されます。
 放鳥時点で群れやペアがある程度形成されていれば,自然での繁殖や1ヶ所への定住に繋がって行くかも知れません。

写真上:第1回放鳥を記念する500円硬貨  下:人工繁殖で生まれた孵化直後のトキのひな(佐渡トキ保護センター提供)