2009-06-15

11月に南極へ ― 砕氷艦『しらせ』2代目就役(協力:海上自衛隊横須賀地方総監部)


昭和基地と日本の南極観測

 日本の南極観測は,1957年〜1958年,国際地球観測年に伴って幕を開けました。

 第2次世界大戦から僅か十数年,敗戦国が観測に参加することに対して反対する国もあったといいます。最終的には参加が許されましたが,観測担当場所として割り当てられたのは,氷の状況から船舶での接岸が非常に難しく,気候も厳しい場所でした。
 それでも国際的な観測の一端を任されたことは,当時の日本にとっては国際復帰の大きな一歩であり,国民を勇気づける出来事でもありました。

 1957年,初代砕氷船「宗谷」が東オングル島沖に接岸。基地を設営して「昭和基地」と名づけました。「宗谷」の砕氷能力は充分とは言い難く,氷に閉じ込められてソ連(当時)の砕氷船に救助されたり,接岸を断念して引き返さざるを得なかった年(※2)もありました。
 しかし南極に関する日本の国際的な評価・発言力が観測年参加で高まったことは事実です。日本は1961年,南極条約(南極における領有権の主張の凍結,軍事利用の禁止,科学調査の自由などが定められています)に制定と同時に署名しており,その後の条約締約国の会議でも主要な役割を果たしています。

 1962年の「宗谷」退役後,1965年には新たな砕氷艦「ふじ」,1982年には初代「しらせ」が就役しました。「宗谷」から「ふじ」への交替に伴う中断はありましたが,1965年以降は44年間,1年も休むことなく観測隊を南極へ送り続けています。南極でこれほど長期に渡って継続観測を行っている国は他になく,今後とも引き継いで行くべき貴重な経年観測データが収集されています。




 日本隊が担当する観測範囲には,2つの大きな特徴があります。
 第1は,数多くの隕石が採集できることです。
 日本が南極で採集した隕石は,2000年まででおよそ16,000個。月や火星由来のの珍しい隕石もあります。アメリカも約11,500個を採集していますが,その他の国の担当範囲では隕石はほとんど見つかっていません。
 南極以外で発見された隕石も合わせると,現在世界で確認された隕石はおよそ36,000個。日本はその半分を超える20,000個近くを保有する,いわば世界一の「隕石大国」です。日本の国土上で発見された隕石が僅か50個程度ですから,南極での発見数の多さがむしろ異常に思えるほどです。
 
 隕石が何処に落ちるかはランダムで,南極だけに特に落ちやすい訳ではありません。しかし南極には他の地表にはない,地表を覆う厚い雪と氷床(※3)があります。南極に落下した隕石は雪に受け止められ,雪の中へ沈み込んで行きます。
 氷床は高いところから低いところへゆっくりと流れ出し,海岸線へたどり着くと氷山となります。ところが昭和基地の傍では,標高1800メートル級のやまと山脈など3つの山地・山脈が海岸への途を遮り,氷を堰き止めています。気温は氷点下ですが,強風と直射日光が氷は蒸発させるため,隕石が露出・集積されたと考えられています。
 やまと山脈では1回の調査で3,500個以上の隕石が発見されたこともあります。アメリカが10,000個を超える隕石を採集できたのも,南極横断山脈のふもとに基地を持っているお陰です。

 もうひとつの特徴は,オーロラ(※4)が観測できることです。
 極地の象徴のようにも思われるオーロラですが,極地であれば何処でも観測できる,という訳ではありません。オーロラはしばしば南北の磁極(※5)を取り囲み,太陽と逆方向に引き伸ばされた卵形(オーロラオーバル)の帯の内側に分布します。日本の昭和基地は磁極との位置関係からオーロラオーバルの内側に入り易いのです。


※2 観測隊は全員撤退しましたが,犬ぞり用の樺太犬15頭が取り残されました。ほとんどの犬が死亡あるいは行方不明となった中,翌年タロ,ジロの2頭の生存が確認され,大きな話題となりました。タロの剥製は現在北海道大学で,ジロは当館日本館2階でそれぞれ展示されています。

※3 表面に近い100メートル程度までは降り積もった雪やダイヤモンドダストですが,それより深いところでは上層の雪の重さで氷となっており,厚さは最大4,000メートルにも達しています。

※4 オーロラは太陽から常に吹き出しているプラズマ(太陽風)と,地球の磁気圏との相互作用で発生します。プラズマが磁力線に沿って南北両極に向けて流れ込み,上空の大気中で酸素分子や窒素分子と衝突すると,プラズマが持っていたエネルギーが分子に移行して,分子の状態が不安定になります。分子が元の状態に戻ろうとする時,このエネルギーが光の形で周囲に放出されてオーロラとなります。

※5 磁極は北半球・南半球で各1ヶ所ずつ,磁気の方向が垂直になる場所です。方位磁針の各極が指す方向にあります。地磁気の変動によって位置は変化しており,例えば2000年1月1日時点では,南緯64度31分,東経138度26分にありました。

写真:「しらせ」一般公開にて展示された南極産の鉄隕石


より詳しく知りたい方のために
国立極地研究所