直立姿勢と言葉

チンパンジーとヒトの頭頸部矢状断面

 類人猿が言葉をしゃべれないのは、脳が小さくて論理能力が低いためよりも、喉頭(喉仏)の位置が音声の構築に向いていないためらしい。一般の哺乳類と同様に、類人猿の喉頭は口の奥の咽頭に完全に収まっていて、息の出口は鼻の奥にある。そのために、声帯で作られた声は主に鼻に抜けてしまう。人間では、喉頭が頸部にあるので、声帯で作られた声は咽頭や口腔で調音され、区切りをもった言葉(有節音声言語)として発声されるのである。
 哺乳類で喉頭が高い位置にあるのは、鼻から吸った息が喉頭にそのまま入るためである。だから、息を吸いながら水や母乳を飲むこともできる。人間では、頸部が直立し、同時に口が奥に引っ込んだので、喉頭の収まるスペースがなくなり、喉頭が頸の位置まで降りてきた。そのために、人間は息をしながら水を飲むとむせてしまう。ただし、人間の赤ん坊は、動物と同じように、息を吸いながら母乳を飲める。

 人類の祖先の頸部が直立していたかどうかは、頭骨から脊髄が出てくる大後頭孔の位置を見ればよい。ゴリラでは斜め後ろを向いているが、ピテカントロプスは現代人と同じように真下を向いている。したがって、現代人ほどは洗練されてはいなかっただろうが、ピテカントロプスは言語をしゃべれたはずである。
 ゴリラの頸の筋肉はきわめて太く膨隆していて、拡大した後頭稜(後頭骨の板状の張り出し)を介して側頭筋に続いている。そのような構造は、下顎骨に大きな力がかかる場合、たとえば両手に持った太い茎をくわえて折る時などに有効である。