縄文時代人から現代日本人へ

 縄文時代人の中でも比較的たくさん発見されている縄文時代中・後・晩期人の顔は、上下に短く、眼窩は四角で、鼻根部は隆起(鼻根部水平断面の形が前方に凸)している。ところが、その後の弥生時代人や古墳時代人の顔は上下に長く、眼窩が丸く、鼻根部は著しく平坦である。この縄文時代人と弥生・古墳時代人の間の顔の極端な違いなどから、後者の祖先は縄文時代の終わり頃に中国大陸のどこかから渡来してきた渡来人ではないか、という説が現在有力である。
 古墳時代以降、いわゆる長頭化現象、すなわち、頭を上から見た時の形がだんだん前後に長く左右に狭い楕円形になる現象が起こった。理由はいまだによくわからないが、おそらく食生活の変化に起因する顎の形態変化と関係があるのではないかといわれている。いずれにせよ、歴史時代の中で最も長い頭を持っていたのが鎌倉時代人である。また、この時代の人たちはいわゆる「出っ歯」であったことでも有名である。ただし、この原因に関してもいまだに万人に納得のいく説明はない。
 鎌倉・室町時代からは、今度は逆に頭形が前後に短く左右に広くなる短頭化現象が起こった。これは現代まで続いているように見える。顔面に関しては、顔の高さが高くなるなどの変化もあったが、江戸時代まで、鼻根部の平坦性など、古墳時代人的な特徴が比較的多く残されていた。ただし、江戸時代には、すでに超現代的な細面のお殿様や浮世絵に出てくるような華奢な女性もいた証拠がある。これは平均的と思われる現代人と比べてみるとよくわかるであろう。
 以上のような脳頭蓋と顔面頭蓋の時代的変化がどのように関連しながら起きてきたのかについては、あまり詳しく調べられてはいない。しかし、最近の、日本人も含むアジア人全体における時代的変化の統計学的分析によれば、頭の幅、両頬の幅、顔の高さ、鼻の高さ(上下方向の長さ)は常に同じ方向に平行的に時代的変化し、頭の前後径と鼻の幅は互いに、そして、上記四つの計測値とも無関係に勝手に変化してきたらしいことが示唆されている。もちろん、まだ、このような時代的変化の具体的な原因はわかっていない。

(イラスト・石井礼子)


縄文時代人男性の頭骨と復顔図

弥生時代人男性の頭骨(九州大学蔵)と復顔図

古墳時代人男性の頭骨と復顔図

鎌倉時代人男性の頭骨と復顔図

江戸時代人男性(庶民)の頭骨と復顔図

江戸時代人女性(庶民)の頭骨と復顔図

江戸時代人男性(大名)の頭骨
『越後長岡藩七代藩主 牧野忠利公』と復顔図

江戸時代人女性(華奢な庶民)の頭骨と復顔図

現代人男性の頭骨と復顔図