1940、50年代生まれのお父さんの世代と1960、70年代生まれの若者の世代、このわずか20〜30年の違いしかない世代を比べてみても、日本人の顔かたちはずいぶん違っている印象を受ける。とくに顎の形は、昔はがっしりと幅広かったものが、今は先がとがって華奢な感じに見える。これを考えれば大昔の日本人はさぞかしスゴい顔をしていたのではないかと思われるが、果たしてどうだったのだろうか。  日本列島には少なくとも数十万年前からヒトが住んでいたことが、石器などの証拠から明らかになっている。しかし、残念ながら、顔がわかるようなヒトの化石はせいぜい2万年前のものしか発見されていない。それでも、そういった化石やそれ以後の遺跡から出土した人骨を見ると、日本人は昔から同じ顔かたちをしていたのではないことがわかる。ここでは、過去2万年前から現在まで、どのように顔の形が変化してきたのかを見てみよう。なお、以下に示す復顔図はできるだけ直接・間接の証拠を念頭において描いたものではあるが、あくまでも想像であり、厳密なものではないことをお断りしておく。

 港川人の顔の特徴

 日本列島から発見された顔のわかる最古の化石は、沖縄から出土した約1万8000年前の港川人である。その顔つきは、約1万3000年前から2300年前まで日本列島に広く分布していた縄文時代人の祖先として矛盾のないものといわれている。骨から直接特徴をとらえるのは難しいかもしれないが、現代日本人と比べると、脳を納める脳頭蓋は低く、眼球をいれる眼窩の縁の形はより横長の長方形である。頬骨は張り出し、下顎骨は幅広く頑丈で、下顎骨を動かすための筋肉が非常に強かった証拠も認められる。また、眉間は突出し、鼻梁(背)も隆起するが、鼻根はくぼんでいた。歯の噛み合わせは毛抜き状で、歯槽部の退縮はほとんどない。とくに注目すべきは、現代人でよく発達しているオトガイ(顎の先)の突出、すなわち下顎の先端の前方突出がほんのわずかしかないという点である。


港川人男性の頭骨と復顔図 (イラスト・石井礼子)