アオコをつくる 小さな「も」

池や湖の表面が絵の具を流したように
緑色や青緑色になることがあります。
これを「青いこな」の意味で アオコ あるいは アオコ現象 といいます。

滋賀県琵琶湖に発生したアオコ
<滋賀県しがけん琵琶湖びわこに発生したアオコ>

 アオコのツブツブの正体は、非常ひじょうに小さな「も」、藍藻らんそう藍色細菌らんしょくさいきん)が集まったものです。

 アオコをつくる藍藻らんそう細胞さいぼうの中に「ガスほう」と呼ばれる空気の入れ物をもっているため、水の表面ひょうめんくことができます。 藍藻らんそうのなかまには、ガス胞をもたずに、土の上や石の表面ひょうめんなどにくっついて生活するものもいます。

 小さな「も」、つまり微細藻類びさいそうるいは、陸上りくじょう植物しょくぶつと同じように、太陽たいようからの光エネルギーを利用りようし、炭酸たんさんガスを吸収きゅうしゅうして光合成こうごうせいを行い、酸素さんそを発生します。 光合成をさかんに行うためには、じゅうぶんな日光と窒素ちっそ、リンさん、カリウムなどの栄養分えいようぶんが必要です。水中にはカリウムはじゅうぶんにけているので、窒素ちっそとリンさんりょう微細藻類びさいそうるい成長せいちょう左右さゆうします。

 自然状態では、窒素ちっそやリンさんは落ち葉や動物の死体の分解ぶんかいにより、ほんの少しずつ供給きょうきゅうされるため、微細藻類びさいそうるいはそれほど大量発生たいりょうはっせいすることはありません。一方、私たち人間の生活排水せいかつはいすい農地のうち工場こうじょうなどからの産業排水さんぎょうはいすいには、大量の窒素ちっそやリンさんなどの栄養えいよう分がふくまれているため、それが池や湖、川などに流れ込むと微細藻類びさいそうるいが大量増殖ぞうしょくし、アオコが発生はっせいするのです。

 アオコをつくる藍藻らんそうのひとつであるミクロキスティスは、水温が15℃をえると増えはじめ、20℃を超えると大発生が始まることが知られています。ミクロキスティスより低い温度を好む藍藻らんそうもあります。一般にアオコは、水温が高くなり日照にっしゃ時間が長く、日射量にっしゃりょうが増す夏季かきに栄養分の豊富ほうふ な湖やダムで発生し、それらが減少げんしょうすると衰退すいたいしていきます。

アオコの発生条件

アオコの発生条件

 アオコの発生は、珪藻けいそう緑藻りょくそうなど、他の植物プランクトンとの競争きょうそうや、 アオコを食べる魚など、様々さまざまな生き物の相互関係そうごかんけいでおこるため、環境条件かんきょうじょうけんが同じでも、年によって出現したりしなかったりします。 近年、日本では下水道の整備せいび産業排水さんぎょうはいすい規制きせいなどが進み、湖沼こしょうへの栄養分の流入りゅうにゅうったために、アオコの発生は少なくなってきました。しかし、世界の色々な地域、とく急速きゅうそく産業さんぎょう発展はってんしているところでは、アオコが発生しています。

 アオコが発生している湖沼こしょうでは、プランクトンネットなどの特殊とくしゅな用具は必要ではなく、ビンなどの適当てきとう容器ようきで水の表面をすくうだけで、藍藻らんそう採集さいしゅうすることができます。

 20倍程度ていどのルーペでもアオコの固まりが見えるので、採集さいしゅうしたらすぐ観察してみましょう。持ち帰った水は、しずかなところに1時間ぐらいおくと藍藻らんそうが表面にき上がってきます。その表面からスポイトで藍藻らんそうをとって、顕微鏡けんびきょうで観察します。

 採集した藍藻らんそうよわい光を当てておけば、3日ほどは生きています。真っ暗闇くらやみにおいておくと、光合成こうごうせいができないので、死んでくさってしまいます。

 アオコをつくる藍藻らんそうは、細菌さいきん(バクテリア)と同じ原核生物げんがくせいぶつです。そのため、藍色細菌らんしょくさいきんとか、シアノバクテリアと呼ばれることもあります。 どんな生物でも遺伝子いでんしをもっていますが、原核げんかく生物は遺伝子いでんしの入れ物であるかくをもっていません。核をもっている生物は真核しんかく生物といいます。

 生物には世界共通に使われる学名がくめいがついています。学名は古代の言語げんごであるラテン語でつけることになっています。学名は、その生物と似たような特徴とくちょうをもっているグループの名前(属名ぞくめい)+その生物の名前(種名しゅめいまたは種小名しゅしょうめい)+生物の名前を付けた人の名前(命名者)+名前を付けた年(命名年)の順になっています。命名者と命名年ははぶかれることが多いです。下に例を示します。

Pseudanabaena yagii Tuji et Niiyama 2018

 生物の中には、日本国内だけで使われる和名がついていることがあります。藍藻らんそうなどの微細藻類びさいそうるいは何万種類もいますし、とても小さくて顕微鏡けんびきょうを使わないと見えません。そのため和名のないものが大半たいはんです。 そこで学名の読み方をカタカナ書きしたものが、和名の代わりに使われています。上の例では、プセウドアナベナ・ヤギイとなります。

 アオコをつくる藍藻の代表的なものは、Microcystis(ミクロキスティス)属やDolichospermum(ドリコスペルムム)属の種です。Aphanizomenon(アファニゾメノン)属やPlanktothrix(プランクトトリクス)属の種がアオコをつくることもあります。

 以前はアオコの代表としてAnabaena(アナベナ)属の名前が使われていました。しかし現在では、細胞の中にガス胞があって浮遊性ふゆうせいのグループをドリコスペルムム属、細胞にガス胞がなく付着性ふちゃくせいのグループをアナベナ属と区別くべつしています。アナベナ属の仲間はアオコをつくりません。

 アオコをつくる代表的な藍藻の写真を次に示します。

<Microcystis(ミクロキスティス)属のなかま>

ミクロキスティス属

<Dolichospermum(ドリコスペルムム)属のなかま>

ドリコスペルムム属

<Aphanizomenon(アファニゾメノン)属のなかま>

アファニゾメノン属

 アオコは、湖沼こしょう採取さいしゅした容器中の水面に浮いているときには緑色や青緑色に見えます。ところが顕微鏡けんびきょう拡大かくだいして観察かんさつすると、上の写真のように黒っぽく見えます。細胞さいぼうの中に黒く見える粒々つぶつぶがガスほうです。

 それぞれの属や種の詳しい特徴とくちょうなどについては、国立科学博物館の「浮遊性藍藻データベース」のウェブサイトをご覧ください。このウェブサイトでは上にあげている種以外のアオコをつくる藍藻、またアオコをつくらない藍藻についても解説かいせつしています。

 アオコがきらわれる理由は大きく分けると4つあります。

 1つはどくをもっているからです。アオコのなかには、ミクロキスティンやアナトキシン、シリンドロスパーモプシンといったどくをつくる藍藻らんそうふくまれることがあります。淡水たんすい生育せいいくする藍藻に含まれるどくは、動物に対する作用の違いから、大きく神経毒しんけいどく肝臓毒かんぞうどくに分けることができます。 日本では幸い、人でも動物でも健康被害ひがいは知られていません。しかし海外、特に欧米おうべいやオーストラリアでは、 家畜かちくや野生動物がアオコの発生した川や湖沼こしょうの水を飲んで死亡しぼうしたという報告が少なくありません。アオコを含む水を飲んだ人が下痢げり胃腸炎いちょうえん、または肝炎かんえんに似た症状しょうじょうを示したという報告ほうこくもあります。 また湖で泳いだ後や水に接触せっしょくした後に体調が悪化あっかしたという例もあります。

 2つ目は景観けいかん上の問題です。多くの湖沼こしょう観光地かんこうちとなっています。 湖面こめんがアオコでおおわれていると、湖沼こしょうの美しさは半減はんげんしてしまいますし、水泳やボート遊びなどをためらうでしょう。

 3つ目はアオコにはいやなにおいを出す種類しゅるいがあるからです。水源すいげんとなっているダム湖などでアオコが発生すると、飲料水としては何の問題がなくても、いやなにおいがのこることがあります。

 4つ目はアオコの大発生後に生じる問題です。アオコが衰退すいたいして分解ぶんかいする際には、腐敗臭ふはいしゅうが発生すると同時に、水中の酸素さんそをほとんど消費しょうひしてしまいます。水中の酸素さんそがなくなったために、魚が大量たいりょうに死んでしまった例は日本でも知られています。

赤潮あかしおもアオコと同様に、浮遊性ふゆうせい微細藻類びさいそうるいが大発生して水面みなもの色が変わる現象げんしょうです。赤潮の原因となる微細藻類の種類はアオコとは全くことなり、種類によって水面が赤色や茶色、褐色かっしょくに変わります。一般いっぱんに、海で発生した場合に赤潮といい、湖沼こしょうで発生した場合は淡水赤潮たんすいあかしお区別くべつしています。

 アオコと赤潮は大量に増殖ぞうしょくした「も」つまり微細藻類びさいそうるいによって水域の色が青緑色や赤色に変化する現象ですが、青潮には「も」は含まれていません。青潮は酸素が非常に少ない海底の水が水面に浮き上がったものなので、酸素が必要な生物はその中で生きられないのです。

 赤潮や青潮の詳しい解説や、湖沼や海で見られるそのほかの色の変化などについては国立科学博物館の「HABs―有害有毒藻類ブルーム」のウェブサイトで解説しています。

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