企画展「量子の世紀」の内容をより詳しく
(『日本物理学会誌』所収記事を中心とする文献案内)

本ページでは、企画展「量子の世紀」で扱った内容をより詳しくお知りになりたい方に向けて、参考となる文献を紹介いたします。

本企画展を共催する日本物理学会が発行する『日本物理学会誌』には、本展で紹介しているトピックに関する専門的な解説記事が、数多く掲載されています。過去の記事については、J-STAGEというサイトで一般公開されており、PDFを閲覧することができます(最新のものも、公開から一定期間(原則1年)を経て公開されます)。

そこでここでは、『日本物理学会誌』に掲載されている記事を中心に、ご紹介いたします。必ずしも「最新」の物理学・物理学史の研究成果の紹介というわけではなく、アクセシビリティの高い専門的文献のご紹介を通じて、さらに詳しく学んでいただくための足がかりとしていただく、という趣旨の文献案内となっています。その点、あらかじめご了承いただき、各記事の掲載時期にも十分にご留意いただければと思います。

さて、本年が「国際量子科学技術年」(International Year of Quantum Science and Technology; IYQ)であることと連動し、『日本物理学会誌』では第80巻第7号 第8号第9号に特集「量子力学の世紀」が組まれ、計17本の記事が掲載されています。歴史から先端的話題に至るまで幅広い切り口で量子力学が扱われていますので、一般公開はしばらく先となりますが、ぜひご参照ください。

また、『日本物理学会誌』にとどまらず、今年は数多くの雑誌で量子物理学に関する特集が組まれています。たとえば科学雑誌『ニュートン』は、2025年2月号で特集記事「量子力学100年」を組んでいます(日本物理学会監修)。国際的に見ると、数えきれないほど多くのコンテンツがありますが、ドイツ物理学会の「Quantum History Wall」というサイトは、量子物理学の歴史をたどるうえで良い参考となります(ただしドイツ語版・英語版のみ)。かなり詳細ですが、横スクロールで流れを一覧できるよう工夫されており、図版付きの解説や、出来事同士の相関、文献ガイドも付されていますので、ぜひ訪れてみてください。

なお、日本物理学会は2017年に、創立70周年記念企画として「物理学70の不思議」を発行しています。このなかには、本企画展で扱った量子力学に関するトピックも取り上げられていますので、ぜひお手に取ってみてください。

目次

第I部:量子力学の誕生

本ページでは、企画展「量子の世紀」で扱った内容をより詳しくお知りになりたい方に向けて、本企画展を共催する日本物理学会が発行する『日本物理学会誌』の掲載記事を中心に、参考となる文献を紹介いたします。本ページの趣旨や、展示全体にかかわる文献案内については、画面を上にスクロールしてご覧ください。
以下では、文献の紹介を先に述べ、その書誌情報を後にまとめて記載します。[1][2]…は文献番号です。

1-1. 量子力学、夜明け前

さて、このセクションの文献紹介にうつります。まず[1][2][3]はそれぞれプランクの量子論、アインシュタインの光量子論、ボーアの原子構造論についての記事。[4]は、原子構造論を含めたボーアの業績を広く扱う論考。著者の高林武彦には、量子力学の形成をたどった著作『量子論の発展史』(筑摩書房、2010年=原著1977年)があります。展示では触れる余裕がありませんでしたが、物理学者・石原純は、早くも1910年代に量子論の研究に取り組んだ特異な存在です。[5]は、その石原を取り上げた記事。なお筆者の西尾成子氏は『科学ジャーナリズムの先駆者 評伝石原純』(岩波書店、2011年)を発表しています。X線回折をめぐっては、寺田寅彦や西川正治(1-1で資料を展示しています)らがごく初期から研究を行っています。[6]のレビューは、その寺田や西川、また西川のもとで研究し電子線回折の「菊池像」で知られる菊池正士ら、日本人の物理学者の業績を扱っています。[7]は同じく西川のもとで学び、日本の電子回折および電子顕微鏡の研究を牽引した上田良二に関する記事です。

1-2. 量子の理論を作りあげる

[1]は、1925年およびその前後における展開を中心としつつ、量子力学の形成を長く広い視野から捉えた(またそうすべきことを提案する)記事で、一読をおすすめします。こうした過程を「革命」と描くことの「落とし穴」についての重要な指摘も含んでいます。[2][3]はド・ブロイの物質波に関する科学史的分析。[4]は、量子力学の実験的検証の関する概説。ここに述べられていますように、1989年には外村彰らが二重スリット実験で電子1粒子(!)の干渉縞を観測しています。その写真は、外村彰『目で見る美しい量子力学』(サイエンス社、2010年)などで見ることができます。また[4]には、パネルで述べた2種類の不確定性関係、およびこれに関係する小澤正直氏の業績についても述べられています。[5]は「小澤の不等式」とその実験的検証に関する、小澤氏らによる(専門的な)解説。[6]は量子力学の解釈についての歴史的経緯を扱った文献です。

1-3. 新理論への情熱

[1][2]は、仁科芳雄を中心に据えた、日本への量子力学の移入の前後を扱った記事(仁科に関する記事は、2-1であらためて紹介します)。[1]には物理学輪講会についても述べられています。湯川秀樹・朝永振一郎については数多くの記事がありますが、たとえば2006年には特集[3]が組まれており、このなかの記事[4]では、両者の量子力学との出会いが扱われています。小谷正雄については1994年に特集[5]が組まれており、このうち[6][7]は量子力学を学んだ頃を取り上げた記事です。なお[7]は、このセクションで展示中のノート「量子力学論文輪講 原稿 第二集」についての詳しい紹介となっています。[8]は杉浦義勝についての記事です。

1-4. 量子の物理学者がやってくる

[1]は、アインシュタインと日本人の外交官一家との交流についての記事。展示中の資料「アインシュタイン直筆メッセージ入り肖像写真」に関係する詳しい調査成果も含まれていますので、ぜひご覧ください。[2]は、仁科芳雄のもとで学んだ物理学者・玉木英彦による、量子力学の移入に関する仁科の業績についての解説(再掲)ですが、ハイゼンベルク、ディラックの来日について比較的詳細に述べられています。[3]はゾンマーフェルトの来日に関する記事。[4]はボーアの妻による、仁科との交流の回顧。来日時の思い出についても述べられています。

第II部:量子力学の挑戦

2-1. 極微の世界を窮める

[1]は、量子力学の日本への移入について、仁科芳雄の役割を中心に論じたもの。筆者の伊藤憲二氏の近著『励起:仁科芳雄と日本の現代物理学』(上下巻、みすず書房、2023年)は、日本の物理学史に関心を持つ方に広くおすすめします。[2]は仁科の生誕100年を記念した特集で、関係者の回顧などが掲載されています。
 このセクションでは、素粒子・原子核物理学の展開そのものについては、触れる余裕がありませんでした。この点については、パネルに記載のように、当館・地球館地下3階の常設展示へも足をお運びいただければと思います。『日本物理学会誌』にも関連する記事や特集が数おおくありますが、たとえば、南部陽一郎ら3氏のノーベル物理学賞受賞を記念した企画[3]や、小柴昌俊の特集[4]などは、人物を中心とした記述であるため、手に取りやすいのではないかと思います。

2-2. 物の見方が変わる

[1]は金属・絶縁体にとどまらない(バンド理論の破綻する場合を含む)様々な物質の性質(物性)を紹介する概説です。 [2]は超伝導の理論と実験の展開を短くまとめた記事。[3]はトポロジカル物性の展開についての専門的なレビュー。[4]はスピントロニクスについての概説です。

2-3. なお残る、世界の深遠な謎

[1]は量子力学の解釈についての歴史的経緯を扱う文献(再掲)。多世界解釈についても述べられています。[2]は「ベルの不等式」論文出版から50周年を記念した小特集。[3]はその特集記事の一つで、「ベルの不等式」の物理的な意義、および、「EPR論文」をふくむその歴史的経緯が解説されています。[4]はアスぺらが「ベル不等式の破れを実証し量子情報科学を開拓した量子もつれ光子の実験に対して」ノーベル物理学賞を受賞した際の解説記事。

2-4. 量子の謎を利用する

[1]は、量子暗号や量子コンピュータを含む「量子情報科学」のこれまでのあゆみとこれからを展望するレビュー。[2]は、量子コンピュータの発想の原点を探る文献。
2025年のノーベル物理学賞は、「電気回路における巨視的量子トンネル効果とエネルギー量子化の発見」により米国の物理学者3氏に与えられました。これは、超伝導量子コンピュータの開発につながる成果でした。[3]はその速報解説です。

量子力学名言集

量子力学の歴史は、直観に反する奇妙な世界に挑んだ、科学者たちの知的格闘のあゆみでした。その軌跡は、苦悩する科学者たちの言葉、あるいは「名言」によって、彩られています。以下に、展示している「名言」の原文や出典等の情報を示します。

「量子力学はたしかに刮目に値します。しかし内なる声が私に告げます、これが真の答えではないと。[…]いずれにせよ私は確信しています——『かの人』はサイコロを振らない。」

アルベルト・アインシュタイン

マックス・ボルン宛ての手紙(1926年12月4日)から。“Die Quantenmechanik ist sehr achtung-gebietend. Aber eine innere Stimme sagt mir, daß das doch nicht der wahre Jakob ist. [...] Jedenfalls bin ich überzeugt, daß der nicht würfelt.” 出典は、Albert Einstein, Hedwig und Max Born, Briefwechsel: 1916–1955 (München: Nymphenburger Verlags, 1969), on pp. 129–130.

「空を見上げた時だけ月が存在すると、君は本当に信じているのかね。」

アルベルト・アインシュタイン

友人で物理学者のアブラハム・パイスの回顧から。パイスは後年、アインシュタインとの思い出を、次のように振り返っています。「私たちはしばしば彼の客観的現実に関する見解について議論した。ある散歩中、アインシュタインが突然立ち止まり、私の方を向いて、月が自分が見ている時だけ存在すると本当に信じているのか、と尋ねたことを覚えている。」(“We often discussed his notions on objective reality. I recall that during one walk Einstein suddenly stopped, turned to me and asked whether I really believed that the moon exists only when I look at it.”)。この記述をもとに「再構成」したのが、上記の言葉です。出典はPais, A. “Einstein and the Quantum Theory,” Reviews of Modern Physics 51 (1979): 863–914, on p. 907.

「量子論に出会って衝撃を受けないようであれば、それを理解しているとは到底言えません。」

ニールス・ボーア

ハイゼンベルクが自伝的回顧において、自身とパウリ、ボーアの3者の会話のなかでのボーアの言葉として引用したもの。“Denn wenn man nicht zunächst über die Quantentheorie entsetzt ist, kann man sie doch unmöglich verstanden haben.” 出典は、“Der Teil und das Ganze. Gespräche im Umkreis der Atomphysik,” DIE ZEIT, Aug. 22, 1969.

「きわめて滑稽な状況を構成することもできる。1匹の猫が、次のような地獄の機械とともに鋼鉄の箱に閉じ込められるとする[…]」

エルヴィン・シュレーディンガー

シュレーディンガーが、1935年の論文(2-3で展示中)のなかで、のちに「シュレーディンガーの猫」として知られることになる思考実験を導入した箇所の書き出し。“Man kann auch ganz burleske Fälle konstruieren. Eine Katze wird in eine Stahlkammer gesperrt, zusammen mit folgender Höllenmaschine […].” 出典は、Schrödinger, E. “Die gegenwärtige Situation in der Quantenmechanik,” Naturwissenschaften 23 (1935): 807–812, on p. 812.

「量子力学に於ては物理現象に対する考え方及び数学的方法は全く奇妙なものであって、理解に苦むことが多いのみならず、凡て疑えば疑いうることばかりである。」

湯川秀樹

湯川秀樹(当時は小川姓)が大学3年生の時(1928 年)に作成したノート(1-3で展示中)から。京都大学基礎物理学研究所湯川記念史料室所蔵資料(資料記号: s03-15-002)。この資料をふくむ、湯川の卒業論文に関わる文書群は小長谷大介「湯川秀樹の京都帝国大学論文関連史料の分析(1)」『龍谷紀要』第40巻第2号(2019): 119–133でも紹介されています。

「量子ってやつは、まったく救いようもなく厄介です!」

マックス・ボルン

アインシュタイン宛ての手紙(1921年10月21日)から。“Die Quanten sind eine hoffnungslose Schweinerei.” 出典は、Albert Einstein, Hedwig und Max Born, Briefwechsel: 1916–1955 (München: Nymphenburger Verlags, 1969), on p. 88.

「位置の測定が正確であればあるほど、運動量の測定は不正確になり、その逆もまた同様である。」

ヴェルナー・ハイゼンベルク

ハイゼンベルクが不確定性関係を述べた1927年の論文から。“[…] je genauer der Ort bestimmt ist, desto ungenauer ist der Impuls bekannt und umgekehrt.”という文に基づいた要約的文章。出典は、Heisenberg, W. “Über den anschaulichen Inhalt der quantentheoretischen Kinematik und Mechanik,” Zeitschrift für Physik 43 (1927): 172–198, on p. 175.

「量子力学の一般理論は今や完全なものとなった。[…]物理学の大部分と化学全体の数学的理論に必要な、基礎となる物理法則は、かくして完全に知られている[…]」

ポール・ディラック

ディラックの1929年の論文から。“The general theory of quantum mechanics is now almost complete […]. The underlying physical laws necessary for the mathematical theory of a large part of physics and the whole of chemistry are thus completely known […].” なお「[…]かくして完全に知られている、そして、問題は、これらの法則を正確に適用すると、解くことが極めて困難な方程式が生じることにある」と続きます。出典は、Dirac, P.A.M. “Quantum Mechanics of Many-Electron Systems,” Proceedings of the Royal Society A 123 (1929): 714–733, on p. 714.

「問題は、世界の実在についてのはっきりした仮説を立てることを、今後はもうやめてしまうべきなのか、ということです。これを放棄すべきだという人は、今も少なくありません。でも私は、それは少し自分に甘すぎるやり方だと思っています。」

エルヴィン・シュレーディンガー

シュレーディンガーの、1933年12月12日のノーベル・レクチャーから。“The question is only whether from now on we shall have to refrain from tying description to a clear hypothesis about the real nature of the world. There are many who wish to pronounce such abdication even today. But I believe that this means making things a little too easy for oneself.” 出典は、Nobel Lectures, Physics 1922–1941 (Amsterdam: Elsevier Publishing Company, 1965), on p. 316.

「シュレーディンガーの理論の物理的な部分について考えれば考えるほど、私はそれがますますひどいものに思えてくる」

ヴェルナー・ハイゼンベルク

パウリ宛ての手紙(1926年6月8日)から。“Je mehr ich über den physikalischen Teil der Schrödingerschen Theorie nachdenke, desto abscheulicher finde ich ihn.” 出典は、Pauli, W. Wissenschaftlicher Briefwechsel mit Bohr, Einstein, Heisenberg u.a.: Band 1: 1919–1929 (New York, NY: Springer-Verlag, 1979), on p. 328.

「この(量子力学の)解釈は、ほぼすべての現代の物理学者によって本質的に最終的なものと見なされていますが、私にとっては単なる一時的な回避策に過ぎないように思えます […]」

アルベルト・アインシュタイン

アインシュタインの自伝的回顧から。“Diese Deutung, welche von fast allen zeitgenössischen Physikern als im wesentlichen endgültig angesehen wird, erscheint mir als ein nur temporärer Ausweg [...].” 出典は、Schilpp, P. A. (Ed.) Albert Einstein als Philosoph und Naturforscher (Braunschweig/Wiesbaden: Friedr. Vieweg & Sohn, 1983), on p. 19.

「量子力学を理解している人は誰もいないといって良いでしょう。」

リチャード・ファインマン

『ご冗談でしょう、ファインマンさん』などのエッセイなどでも知られる物理学者のファインマンが、1964年11月18日のコーネル大学での講義のなかで述べた言葉。“I think I can safely say that nobody understands quantum mechanics.” 出典は、Feynman, R. The Character of Physical Law (Cambridge, MA: MIT Press, 1967), on p. 129. BBCのX(旧Twitter)での投稿で、実際の講義映像を見ることができます(発言は2分36秒ごろ)。

ぜひ皆さんも(気後れせずに)量子力学についての想いを自由に書き残していってください。