丘の上で海の哺乳類が語る!?

甲能 直樹(こうの なおき)
生命史研究部長
化石の発見が第一歩!
私は、海棲哺乳類とくにアシカやセイウチの仲間が、どのように陸から海へと生活の場を変えて「優秀なスイマー」と なっていったのかを古生物学的に研究しています。でも、実を言うと私自身はこれまで一度もスキューバダイビングはしたことがなく、アシカはおろか魚ですら、大海原で泳ぎ遊ぶ姿を自らの目で観察したことがありません。いったい私は「丘の上」で、どのように海棲哺乳類の適応進化を研究しているのでしょうか。
古生物学の分野で研究の対象となるのは、主に地層の中に残された化石です。私が研究対象としているアシカやセイウチなどの海棲哺乳類の化石も、海の中ではなく地層の中に眠っています。ですから、硬い岩の中から化石を発見して掘り出すことができれば、『丘の上』にいながらアシカに自らの進化を語らせることができるということになります。
化石は何を語ってくれる?
化石を丁寧に剖出すると、ときに思いもよらない事実を知ることができる場合があります。例えば、標本に背骨が残されていれば、彼らが前肢と後肢のどちらで泳いでいたのかを知ることができますし、幸運にも頭骨が残されていれば、脳頭蓋の空隙(行動や感覚を司る脳の形がそのまま鋳型となって残されています)をCTスキャナーで立体復元することで、彼らがどのような「五感」を持っていたのかも知ることができます。
日本列島からも、アシカやセイウチの仲間の適応進化を明らかにできるような保存状態のよい化石がこれまでにいくつも発見されています。これらを慎重に調べていくことで、彼らがどのように進化してきたのかを、きっと描き上げることができると思いますし、こうした化石の研究によって生き物の適応進化の背景にいったい何があったのかも、いつの日か必ずや詳らかにできると信じています。

上:絶滅したセイウチの仲間の体骨格化石.椎骨は並んだ状態で保存されている
下:絶滅したセイウチの仲間の頭蓋化石.脳の鋳型から脳の形態が復元できる
研究員に聞いてみました

1)専門は何ですか
哺乳類、とくに海棲哺乳類の系統進化と適応放散に興味を持っています。海棲哺乳類がどのように水中生活に適応していったのかを、環境変動などの外的な要因との関係で調べています。
2)これから取り組んでみたい研究は
海棲哺乳類は、山岳や大河などの地理的な障壁が小さいため、その出現や絶滅はわからないことだらけです。今後は化石だけでなく遺跡産の遺骸からの遺伝子情報も使って、例えば近年になって絶滅したニホンアシカの100 万年史などにも取り組んでみたいと思っています。
3)やりがいを感じるのはどのような時ですか
ディスカバリートークで自身の研究成果を紹介するような小さな話題の時でも聞きに来てくれるたくさんの来館者に接したとき、当館が知的好奇心を充足させるだけでなく、科学的探究心を刺激する場になってくれているのかなと感じます。
4)今の職業に就いていなければ何をしていると思いますか
小さいときから、古いものを集めることが大好きでした。きっと自分で博物館を開いているのではないかと思います。