謎のクジラ、オウギハクジラ

山田 格(やまだ ただす)
動物研究部
名誉研究員
座礁する海棲哺乳類
日本近海では40種近いイルカやクジラが知られています。海岸に乗り上げたり、死んで海岸に流れ着いたりする「ストランディング」が、毎年300件以上記録されています。いつ、どこに、どんな種が現れるのか、国内各地から情 報が寄せられると、私たちは、できる限り現場に出かけて調査し、標本収集する努力を続けています。新種として記載したツノシマクジラ、わが国で初めて確認されたタイヘイヨウアカボウモドキなどの珍しい種はもちろん、カマイルカなどの「あたりまえ」の種に関する調査も重要なテーマです。
オウギハクジラの歯
なかでも、アカボウクジラ科のオウギハクジラについては、20年余りの調査で実態がわかってきました。ほとんど全身真っ黒、クチバシがあって「イルカみたい!」ともいわれます。歯は下あごの一 対だけですが、 成熟したオスにしか生えてきません。それも口の外、上あごの左右に牙のようにそび えます。体表には白い線が無数に見られ、間隔10cm弱の二本の平行な線になっています。 どうやら成熟オスたちは繁殖期に、牙のような歯を武器に闘い、体当たりの際に牙でつけられた傷が治ったあとが 白い線になるのです。このオウギハクジラ、かつては「極めて稀」とされていましたが、日本海側では決して珍しくはないのです。石川県から秋田県の海岸には新生児がストランディングすることがあります。春、日本海の中央部周辺で出産しているのです。胃内容物 の主体はイカです。イカやタコを主に食べるクジラたちでは歯が失われていくようで、消化器官であるはずの歯が、繁殖期の闘争の武器になっているのです。 オウギハクジラ属の各種は、いずれも「珍しい」とされ、謎に包まれていました。 日本海のオウギハクジラはこれまでに 200頭以上のストランディングがあり、国立科学博物館のオウギハクジラ標本コレクションは世界一になりました。得られたデータから、オウギハクジラ属を理解する際の伴が得られそうです。
青森県大間町沖を漂流していたオウギハクジラ(オトナ・オス)
体表の白い傷痕、平行な二本線が多い(提供:大間町役場)
オウギハクジラ(オトナ・オス)の頭、正面左右の牙状の歯が細い上顎を挟むように生えている調査の意義
ストランディング個体の調査は大変です。大型とはいえないオウギハクジラでも、体長5m、 体重1t程度はあり、人力だけで対処できる限界のサイズです。 これまで体長18mのナガスク ジラ、体重40t超のマッコウクジラなどとも対峙してきました。 日本のクジラやイルカが、どう 生き、どう死んでいるのかを理解したい。単なる骨格標本だけでなく、年齢、食性、健康状態、死因、海洋汚染物質の影響の評価などのデータを伴う標本として収集することで、多面的に活用されることをめざしています。わが国の野生海棲哺乳類研究のセンターとして科博は重要な役割を担っているのです。
このようなストランディング個体調査 に欠かせないのは、協力してくださる人々です。まず「発見」から始まり、さらに「情報」の伝達。現地での調査、 標本の輸送など、館の内外のさまざまな方々の助力があってこそ実現できてい ます。
研究者に 聞いてみました!

1)専門は何ですか?
海棲哺乳類学です。背骨のある動物の体の構造を比較して考える脊椎動物の比較解剖学も重要なテーマです。科博に来てからは、海の哺乳類のストランディングも研究しています。
2)研究者になろうと思ったきっかけは?
家庭の事情で、研究者以外の職業は考えられず、気がついたら研究者になっていました。
3)最近の研究活動で、最も興味深かった出来事は何ですか?
脊椎動物の体を詳細に解剖して比較していくことから得られることと、DNAを調べてわかってくることとが符合していることが多いこと。素朴な解剖学もきちんとやっていけば、分子生物学の結果によって証明されることがあるのが面白いですね。
4)研究者になりたい方に一言アドバイスを!
自分が見たことについて、あーでもないこーでもないといろいろに考えをめぐらせて遊ぶくせを身につけること。外国語(英語かな)に親しんでおくこと。若いうちはできるだけいろいろなことに関心をもつこと。