植物研究分野 研究基盤計画

生物多様性総覧を目指した植物分類研究

目標

顕花植物、シダ類、コケ類、藻類、菌類などについて標本資料を収集し、そこから抽出されるさまざまな自然史情報を収集する。標本・情報をもとに分類学・進化学的研究および、環境とのつながりに注目して保全のための研究を行なう。これによって、系統・生物地理・生態・資源利用などのあらゆる多様性科学の基盤となる情報を収集し、将来的には多様性総覧ともいうべき総合的なデータベースとしてまとめる。

背景

  1. 科博のミッションの三本柱である①調査・研究、②コレクション構築、③展示・学習支援のうち、調査・研究は総合研究・基盤研究によって進展しているが、基盤研究はコレクション構築に貢献し、さらに調査研究の結果を学術、一般社会に活用されるシステムを構築すべきである。
  2. 多様性総覧のイメージ:主要な生物の多様性データベースとしては参考資料2のようなものがあるが、多様性総覧は、これらと補完的な情報を網羅しつつ、連携が図れるような統合的なデータベースである。
  3. 前期中期計画の総合研究により分子系統と分類研究を統合する基盤は一応完成をみた。今期中期計画はこの統合を基に、分子系統をより効果的に基盤・総合研究に導入する。
  4. 網羅的なコレクションの充実とともに、環境とのつながりの観点から生物の保全研究を行なう。
  5. 植物関係のコレクションの現状評価  [ 別表1(リンクを新しいタブで開きます)]
    • 分類群によって、コレクション評価の基盤となる情報が不足している段階のものから、十分な日本産コレクションをもつものまで、レベルがさまざまである。
    • 研究の質においても、形態学を中心としたものから、分子系統学や分子遺伝学的手法を取り入れたものまでレベルがさまざまである。

研究計画

共通の方針

  1. 生物多様性総覧を目指し、維管束植物、コケ植物、藻類、地衣類、菌類、粘菌類など、動物を除く多様な群を対象に、標本に基づく研究に軸足を置きつつ、分子系統解析を含む様々な手法を用いて分類学・進化学的研究及び植物多様性保全研究を行う。これにより、種の特性と多様性を解明する。
  2. 日本の植物等の多様性を地球的視点から把握するために、日本及び関連地域の種に焦点を当てて調査研究する。
  3. 分子生物多様性センター、標本資料センターの活動とも連携し、DNA(遺伝資源)サンプルも収集し、研究に活用する。

個々の分類群の計画概要(中期計画5年の計画)

コケ 日本及び近隣アジア地域を対象に、未調査地域、未所蔵分類群、分類学的に未解決な分類群に重点を置いた調査、研究を行う。
シダ 不足分布域を補う標本(最近の新分布を含む)を積極的に収集する。また、比較のための海外産標本(特にアジア)の充実を図る。分子データを用いて、既知の「種」の実体を解明する。
種子 日本産植物の分布、形態的変異の様相を明らかにする研究を行なうとともに、国際的研究協力体制をもとに東アジアを中心に日本近隣地域の植物の分類学的研究を行う。
菌類 現有コレクションの規模、質を正確に評価するとともに、興味深い分類群について、分子情報を加味した系統分類学的研究を行なう。特に、日本国内では標本数が不十分な関東以西および東北以北の地域の大型菌類の標本を充実させる。
地衣 日本産地衣類の多様性および特色特性(特に固有種や絶滅危惧種)を地球的視点から把握するため、日本および関連地域の種に焦点を当てて調査研究する。
大型藻類 日本産種の標本資料の収集・調査・研究を進め、全日本産種の70%収蔵を達成する。標本画像入り日本産種リストを定期更新(公開)し、科博の日本産種の収蔵状況を公表する。最終年度までに、日本産種の70%について分類、標本画像、絶滅危惧、固有種、分布の情報をまとめ、日本における大型藻類相全般における生物地理学的な特性を明らかにする。
微細藻類 日本の本来の淡水珪藻フロラについて、現有コレクションを用いて、検討を行なう。その中で固有性の高いものについて、現地採集を行い、標本を充実させると共に、分子系統学的なアプローチを行うための標本を確保する。その他の淡水産種については、応用研究者の指導が可能なレベルまで、標本・試料を蓄積する。海産種については総合研究に向けて採集を行い、材料を蓄積する。
変形菌 標本の受入れ、現有標本のデータベース化と、現在進行中の日本産リスト作成などへの情報提供、完成したリストを利用した評価を行う。
生きた植物 日本および東アジアの野生植物の多様性保全の拠点として、絶滅危惧植物種と固有植物種のコレクションを充実させるとともに、世界の植物多様性を総覧できるジェネラル・コレクションの確立をめざす。

参考資料

植物研究部コレクション収集方針

  1. 日本を中心に、その周辺地域、および世界中の植物・菌類(全分類群)を収集する。
  2. 積極的に外部からコレクションを受け入れる。
  3. 未収蔵分類群、未収蔵産地の標本の収集を優先的に行う。
具体的には、分類群それぞれの現状に応じて、植物研究部としての方針にそって標本の収集を行う。
  1. 維管束植物
    • 標本収蔵の現状:日本産種(5500種)の約80%が収蔵されている。
    • 次期中期計画目標:日本産種の85%の収蔵を達成する(5%増)。
  2. コケ植物
    • 標本収蔵の現状:日本産種の約84%が収蔵されている。
    • 次期中期計画目標:日本産種の87%の収蔵を達成する(50種、約3%増)。
  3. 地衣類
    • 標本収蔵の現状:日本産種(1560種)の約50%が収蔵されている。
    • 次期中期計画目標:日本産種の約55%の収蔵を達成する(5%増)。
  4. 大型藻類
    • 標本収蔵の現状:日本産種(1542種)の55.9%が収蔵されている。
    • 次期中期計画目標:日本産種の70%の収蔵を達成する(約15%増)。
  5. 菌類
    • 標本収蔵の現状:日本産種(推定12000種)の約44%が収蔵されている。
    • 次期中期計画目標:日本産種の45%の収蔵を達成する(100種、約1%増)。
  6. 変形菌
    • 標本収蔵の現状:日本産種の約90%が収蔵されている。
    • 次期中期計画目標:特に積極的に行う計画はなし。
  7. 微細藻類
    • 標本収蔵の現状:淡水珪藻に関しては日本産種(約1000種)の約80%が収蔵されている。
      他の微細藻類分類群に関しては、過去30年間で分類体系が大きく変化しており、日本産種を確定する作業そのものが、研究途上にある。
    • 次期中期計画目標:淡水珪藻に関しては85%の収蔵を達成する(5%増:ただし母数が大幅に増加すると考えられる)
  8. 生きた植物(維管束)
    • 標本収蔵の現状:日本産種類(変種以上、約6,500種類)のうち、絶滅危惧植物(27%)、固有植物(25%)が保有されている。
    • 次期中期計画目標:日本産種類の絶滅危惧植物(35%; +144種類)、固有植物(35%; +220種類)の保有を達成する。

主要な生物の多様性データベース例

Encyclopedia of Life 分類学的位置や生態情報など、学名をもつすべての種について、多様な情報を集積する。個々の生物についての情報は充実しているが、相互関係に直接結びついたものではない。
GBIF 標本情報・目撃情報を中心とした生物の実体のデータベース。
Tree of Life 生物の多様性と系統についての情報を提供。分岐進化の形式で、分類群ごとの系統・生活史情報が記されているが、個別の記述に終始しがち。
PROSEA 東南アジアの植物資源データベース。世界的な視野では情報の少ない東南アジア産植物の情報があるが、資源植物以外は欠落している。