研究室コラム・更新履歴

9月27日

空気中に漂うきのこ達?
図.筑波実験植物園内に設置された観測機器類
様々な機器を使ってバイオエアロゾルの捕捉だけでなく、温湿度や風向風速などの観測も同時に行っている。


足や羽根をもたないきのこは、胞子を飛ばすことで長距離を移動します。胞子の大きさは1 mmの100分の1程度。ホコリのようにどこまでも飛んでいけそうです。でも、多くのきのこは林の中に生えます。いくら胞子が微小でも、風の無い林内を飛び出して、さらに上空まで飛んでいくことなどできるのでしょうか?この謎を解き明かすために、当館を含む多数の研究機関による共同プロジェクトでは、筑波実験植物園内外に観測機器類を設置し、空気中を漂う生物由来の微粒子(バイオエアロゾル)を定期的に捕捉し、解析しています。
参考|きのこの胞子のほとんどは、生えたきのこの周囲1メートル以内に落下する、という研究データもあります。
(植物研究部:保坂健太郎)

9月20日

未来につながる技術史
9月6日に北海道で大きな地震(北海道胆振東部地震)が発生しました。心よりお見舞い申し上げます。また今も現地で困難な状況に立ち向かわれている方々に心から敬意を払います。この地震では一つの発電所の障害から全道に及ぶ大規模停電が引き起こされました。エネルギーの大切さと、システムを維持することの難しさをソフトとハードの両方から、あらためて意識させられたできごとです。先日当館では本年度の重要科学技術史資料(愛称・未来技術遺産)の登録証授与式が行われました。日本館の中央ホールでの展示をご覧になられた方もいらっしゃるかと思います。思わぬ技術によって私達は大きく前進し、社会や生活も大きな影響を受けてきました。電気もそのような技術のひとつです。現在では欠かすことのできない電気も、本格的に送電システムが整えられたのはここ百余年ほどの「最近」のお話です。
産業資料センターHP 私の研究
(産業技術史資料情報センター:亀井 修)

9月13日

クラゲは花
クラゲ芽(白矢印)をつけた正体不明のヒドロ虫のポリプ(左)とこのポリプから泳ぎ出した直後の未熟なクラゲ(右)。このクラゲは次第に姿をかえながら成長しやがて生殖巣が発達した成熟クラゲになる。スケールは0.5mm。

ヒドロ虫(刺胞動物)は、例えると「咲いた花の形」で種名がわかる植物のようなものです。ヒドロ虫でこの花にあたるものが「成熟クラゲ(生殖巣が発達したクラゲ)」で、根・茎・葉にあたるものがポリプです。先日の調査で写真左のポリプを採集しましたが、これでは種名がわからないためこのポリプだけを標本にしてもあまり研究に役立てることができません。幸いこのポリプには将来クラゲとなる「クラゲ芽」があり、これが未熟なクラゲとなって泳ぎだしました (写真右)。現在このクラゲを飼育し成熟するのを待っているところですが、このヒドロ虫に“種名をつけて”博物館の研究用標本として活用できるようになるまでにはしばらく時間がかかりそうです。
(動物研究部:並河 洋)

9月6日

船泊5号人骨のY染色体
先日開催された特別展「人体ー神秘への挑戦ー」で縄文人の復顔が展示されていたことを皆さん覚えているでしょうか?この復顔には、北海道礼文島の船泊遺跡から出土した縄文時代後期の女性人骨(23号)の高精度ゲノムを利用しました。実はこの研究では、男性(5号)の人骨からもゲノム分析を行っています。この分析から明らかとなったことのひとつが男性のY染色体の系統です。これまで、アイヌと沖縄で「D」と呼ばれる系統が特に高頻度(約88%と56%)*1であることから(本土日本人は30%)、縄文人はD系統に属していると予想はされていましたが、直接証明できずにいました。本研究の結果、5号男性はD系統であることがわかり、古代日本人のY染色体の系統を決めた初めての研究になりました。今回の研究成果は第70回人類学会大会で報告しました。大会の抄録でも見られますので是非ご覧ください。
*1: Tajima A., Hayami M., Tokunaga K., Juji T., Matsuo M. et al. (2004) Genetic origins of the Ainu inferred from combined DNA analyses of maternal and paternal lineages. Journal of Human Genetics, 49: 187-193.
(人類研究部:神澤秀明)

8月30日

多様性の解明を阻む雨季
ミャンマー北部から発見されたショウガ属の新種Zingiber flavofusiforme M.M. Aung & Nob. Tanaka

東南アジア大陸部ではいま雨季を迎えています。私が研究しているショウガ科のショウガ属は、東南アジア大陸部を中心に約150種が知られています。食材にされる生姜もその一種です。この属の種の多様性はまだまだ未解明で、近年、急に研究が進み始め、タイではここ20年で種数が倍以上になりました。さく葉標本(押し葉標本)だけでは分類が難しく、生きた花の観察が不可欠なことや、開花期が雨季であることから調査がなかなか進まないのです。こういう植物は森に道ができたり、道路がある程度整備され、雨季でも奥地に入れるようになったりすると急激に多様性が解明されることがありますが、アクセスが良くなれば逆に森林の伐採にもつながり、悩ましいところです。
(植物研究部:田中伸幸)

8月23日

マレーバクの仮剥製
9月4日から始まる企画展「標本づくりの技」に向けて展示品を選択し、準備をしているところだ。この展示では僕の得意技を活かして作った仮剥製の作品を展示することになった。仮剥製は通常展示に使われる剥製とは異なり、処理した毛皮に綿を詰めて縫い合わせたもので、短時間で作成できる。普通はネズミやモグラに向けた標本術なのだが、僕は大型のものにもチャレンジしている。最近作ったのはマレーバクの亜成獣個体で、毛皮の色彩が非常に美しいものだが、この展示に間に合わせることができなかったので、別の標本をいくつか展示しようと思う。
(動物研究部:川田伸一郎)

8月16日

15年ぶりの火星大接近
日本館屋上の口径60cm反射望遠鏡

日が暮れた後、南東の空を見ると、赤い星がひときわ明るく輝いていることに気づきます。7月31日に地球に最接近した火星です。火星は約2年2か月ごとに地球に近づきますが、火星の軌道が楕円であるために、最接近時の距離はその時々で変化します。その中でも15年または17年ごとに起こる、特に距離の近い接近のことを「大接近」と呼んでいます。今年は2003年以来15年ぶりの大接近で、今回も当館の屋上で特別観望会を実施しました。西南戦争があった明治10年にも大接近し、西郷星と呼ばれた火星を、西郷さんの像のある上野の山から今回も見ていただくことができました。火星は定例の観望公開でもまだしばらく見ることができますので、ぜひお越しください。
(理工学研究部:洞口俊博)

8月9日

日本産の新種鉱物
針状結晶の放射状集合が特徴的な、新鉱物ランタンピータース石。水色のモコモコした部分は珪孔雀石。

三重県熊野市から見つかった鉱物が、東京大学などのグループによる研究の結果、この春に新種(新鉱物)として国際鉱物学連合に承認され、ランタンピータース石と命名されました。名前はピータース石という鉱物の仲間で、希土類元素のランタンに富む種であることを表しています。希土類元素は資源として、今熱い注目を集めている元素。わずか0.1mmほどの小さな鉱物ですが、希土類元素を多く含むとは思われていなかった堆積岩中から発見されたため、ランタンピータース石がどのように出来たのか、今後の研究が待たれます。
(地学研究部:門馬綱一)

8月2日

半世紀の間、間違った名前が使われてきたカビ臭の原因生物
プセウドアナベナ・キネレア(Pseudanabaena cinerea Tuji et Niiyama )

この写真は、直径が1000分の1mmという、非常に小さな円筒形の細胞を持つ藍藻(シアノバクテリア)のプセウドアナベナです。この仲間には水道水のカビ臭の原因となる2-MIBと呼ばれる物質をつくるものがいます。
プセウドアナベナの存在自体はカビ臭が問題化した1960年代から分かっていましたが、長い間、間違った名前が使われてきました。私たちはこの3年間集中的に研究を行い、カビ臭を産生するプセウドアナベナが日本に3種5分類群が存在する事を明らかにしました。その全てが新種で私たちが命名しました。
(植物研究部:辻 彰洋)

7月26日

フクロウ家族の剥製の作り方
この剥製はつくばに収蔵しているお宝標本の一つで4月のオープンラボの日に一般公開している。小さなお嬢さんに「お母さん鳥がネズミを運んできた時に剥製にしたの?」と聞かれた。確かに卵を抱いた恐竜の化石は、ちょうど抱卵中に天変地異で生き埋めになったものだ。「これは本当の家族じゃないんだ。2羽の雛も親鳥も別々の場所で死んだんだけど、剥製にしてから本当の家族のように並べたんだ。」と説明すると、優しいお嬢さんは胸を撫で下ろしていた。
(動物研究部:西海 功)

7月19日

小さな珪藻化石を通して見える地球の環境変化
青木湖底泥に含まれる珪藻殻。直径12.6マイクロメートル(0.0126ミリメートル)。約1100万年前以降の北半球温帯域に繁栄する珪藻の仲間で、花弁状構造に囲まれたチューブを持つことが特徴。チューブは殻縁に13個、殻面に10個ある。

先月、私たちは、中新世の中期・後期境界ごろ(約1100万年前)に日本の湖沼において珪藻群集の入れ代わりが起こったこと、しかもそれは北半球の温帯域に共通であることを国際誌に発表しました。世界的な海水準の低下、造山運動と火山活動の活発化、気候の乾燥化、草本植生の拡大、モンスーンによる顕著な季節変化の成立。珪藻は湖水中にただよう小さな存在ですが、上述のような地球全体の環境変化と密接に関わってきたはずだと私たちは考えています。この考えに賛同する研究者から、さらなる情報交換を求められ、新たな共同研究を提案されています。研究と研究者の輪が広がっていく予感がします。
(地学研究部:齋藤めぐみ)

7月12日

栽培条件を当てる
“栽培困難水草”オテリア・メセンテリウム

植物園にとって植物の栽培はお手のもの、と言いたいところですが、野生種の多くは栽培方法が未知です。そのため特殊な環境や海外で採集した植物では、その生育環境や特徴から栽培方法の開発が必要です。筑波実験植物園では、そうした開発により、栽培困難種や日本初導入の水草なども栽培可能となりました。そんな折、「栽培が極めて難しい」とされる水草が手に入りました。プロのアクアリストが口々に「難しい」というところに、水草研究者としてのやる気スイッチが点き、文献を読み漁って生育環境を調べ、栽培担当の方と相談して環境をつくりました。その結果、ついに(おそらく)日本で初めて雌花が開花しました。生植物と花を得られることで、研究上の新知見や保全への貢献も期待できます。でもそれはそれとして、予測した栽培条件が的中したことが何ともうれしい瞬間でした。こちらの水草については植物園ブログ(6月13日)もぜひご覧ください。
(植物研究部:田中法生)

7月5日

小笠原の海の巻貝
小笠原は「東洋のガラパゴス」として知られるように、非常に多くの固有生物が生息しています。例えば陸産貝類は104種のうち98が固有種です。一方、海の動物に関しては、多くの種が浮遊幼生期をもつ(海流に流される)ことから、固有種は形成され難いとされてきました。私は当館のプロジェクトの一環として5年ほど小笠原の巻貝相について研究を進めてきましたが、この度その成果がまとまりました(国立科学博物館専報 第52巻)。扱ったのは古腹足類と呼ばれるグループで、小笠原から93種を記録しました。このうち、12種(全体の13%)はこの海域に固有の種と考えられ、海洋生物相からみても小笠原は特殊な地理的環境にあることが分かりました。今後は他の海域で比較研究を行い、固有化の仕組みを明らかにしていきたいと考えています。
(動物研究部:長谷川和範)