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8月14日
極限環境に棲息する珪藻
私が研究している珪藻のピヌラリア(
Pinnularia acidojaponica
)は、強酸性温泉に出現します。日本一強酸性の玉川温泉(pH 1.2)でも出現しますが、この温泉は胃酸と同程度の酸性度です。また、ピヌラリアは40℃弱までの水温にも耐えることが出来ます。強酸性温泉では猛毒の硫化水素が発生するため、私は調査するとき、硫化水素の測定器を身につけ、防毒マスクを常備しています。硫化水素は空気より重たく、風のない日には凹んだところにたまりやすいので、地形や風を意識しながら調査することも大切です。強酸性温泉は国内に点在しており、それぞれにつながりがありません。そのために棲息している生き物が場所ごとに独自の進化をしているのではないかと考え調査しています。
(植物研究部:辻 彰洋)
8月7日
砂のすきまにすむ微小な動物たち
左:間隙性動物を採集する道具。バケツ、シャベル、細かい目合いのネット、ポリ瓶。シャベルで砂をバケツに入れ、海水を加えて静かに攪拌した後に上澄みをネットでこしとってポリ瓶に入れて持ち帰り、顕微鏡などで観察します。
右:スマートフォンのカメラに拡大レンズをつけて撮影したムカシゴカイの仲間(長さ1mm程度)。ムカシゴカイの左上はセンチュウの仲間
昨年春開催の企画展「
知られざる海生無脊椎動物の世界
」で展示したことをきっかけに「砂のすきまにすむ微小な動物(間隙性動物)」が気になっています。先日もこの間隙性動物の専門家たちの砂浜での調査に同行したのですが、次から次へと現れる不思議な姿かたちをした様々な動物に興味が尽きませんでした。これらの微小な動物の観察には顕微鏡が必要ですが、スマートフォンのカメラに拡大レンズを取り付けることでも、ある程度観察することができました。今後スマートフォンのカメラを使った観察方法をブラッシュアップするなどして、博物館活動のなかで皆さんを間隙性動物の世界に誘えることができればと思っています。
(動物研究部:並河洋)
7月31日
日本館の旧石器時代展示
新しくなった旧石器人の夫婦
日本館2F北翼の旧石器人(港川人)模型が、2023年のクラウドファンディング支援金によりリニューアルされました。これまでの模型は、発見に携わった科博の鈴木尚・初代人類研究部長や馬場悠男・元人類研究部長らの研究に基づいていました。その後の研究の積み重ねにより、これまでとは異なる特徴が指摘されるようになったことから、新しい模型は、海部陽介・元人類史研究グループ長らの2011年の研究に基づいて南方的な顔立ちとしました。また沖縄県立博物館・美術館や当館によるサキタリ洞調査(貝の釣り針やビーズ、カニ殻、ウナギ骨、ドングリ殻などが出土)を参考に持ち物を刷新しました。この機会に、同じフロアに展示されている、日本各地の旧石器や、石器による木材加工、海を越えた黒曜石運搬、落とし穴猟の復元画や模型も合わせてご覧いただき、日本列島の多様な旧石器文化に思いを馳せてみてください。
(生命史研究部:藤田祐樹)
7月24日
憧れの研究者と伝説的な化石産地を訪ねて
米国アイダホ州南部Western Snake River Basinの眺め。植生の乏しいバッドランドであるが、中新世の後期にはここに湖が広がっていた。
珪藻化石は示準化石のひとつで、地層に含まれる珪藻化石の種類が分かると、地層がいつたまったのかが分かります。すでに海でたまった地層では数十万年という詳しさで年代を明らかにできますが、淡水の地層では詳しい年代を知ることが困難です。私たちは珪藻化石を使って淡水の地層により正確で詳しい年代目盛を刻むこと(=淡水珪藻化石層序の確立)に挑戦しています。淡水珪藻化石層序の研究は、1980年代に米国で始められました。幸運なことに、私たちは当時の研究者の一人William Krebsさんと知り合うことができ、昨年(2024年)秋に、彼の案内で数百万年にわたり連続した湖の地層がある米国西部で調査を行いました。平らな頂上に黒い玄武岩質の溶岩を載せた白っぽい崖がどこまでも続くなか(画像)、驚くべきことに、Krebsさんが同僚たちと40年前に訪れた崖は当時と同じままに残されていました。Krebsさんは70代後半とは思えないほどのフットワークで誰よりも早く崖に登り、スマートフォンでラジオを聴きながら、野外調査中にこんなことができるようになるとは思っていなかったと嬉しそうでした。私たちは日本へ持ち帰った試料をもとにさっそく研究に取りかかり、予察的な成果について日本古生物学会などで6回の研究発表を行っています。さらに、40年前にはなかった手法を使いながら研究を進めて、より詳しく珪藻化石の形態を観察し、より精度高く地層がたまった年代を決定したいと考えています。
(生命史研究部:齋藤めぐみ)
7月17日
都心の公園で新種の藻を発見
北の丸公園(千代田区)は、徳川家康が江戸幕府を開いて間もない慶長11〜12(1606〜1607)年に江戸城の内郭として増築された「北の丸」の場所にあたります。明治以降は近衛師団の駐屯地になりましたが、終戦後から公園利用が計画され、昭和44(1969)年に開園して現在にいたります。そんな北の丸公園にある滝を調査したところ、滝壺の岩盤の上に毛筆の筆先のような藻が生えていました(左の写真)。持ち帰って顕微鏡で観察すると、単列細胞の藻体に無性の生殖器官である胞子嚢(右の写真)を持つ、紅藻植物門カワモズク目の胞子体世代と分かりました。遺伝子解析の結果、カワモズク科チャイロカワモズク属の新種と判明し、鹿児島大学の鈴木雅大先生との共著で発表しました(
Kitayama & Suzuki, 2024
)。江戸城北の丸の跡地に生育しているので、「
Sheathia yedoensis
キタノマルカワモズク」と命名。いまのところ日本固有種です。淡水藻のカワモズク類は清浄な水流を好むため、大部分の種が絶滅危惧種ですが、都市化の著しい東京都心部からまだ新種が見つかるとは驚きです。
(植物研究部: 北山太樹)
7月10日
20分の1万
僕の研究室では陸生哺乳類の研究のため、普段から標本を作っています。本日6月26日、作成している標本の個体処理番号が10000番を突破しました。また一つ目標を達成した感があります。僕が当館に就職したのは2005年の4月なので、今年がちょうど20年目です。前任者から引き継いだ個体処理番号は900番台だったので、およそ9000個体以上のなにがしかを解体して標本にしてきたことになります。ただし僕は自分が採集したモグラなどはSIKを冠する、個体処理番号とは異なる自分のフィールド番号をつけていて、それが1000ちょっとあるので、大雑把に言って1万点くらいの死体を処理してきたと考えてよいでしょう。年間500個体程度で1日なら1〜2個体という計算ですが、日々継続するということは大切な事だとあらためて感じました。
(動物研究部:川田伸一郎)
7月3日
化石の産状を保存する大切さ
東北地方の某所で30年ほど前に発見され収蔵していた化石の研究を進めています。化石を採集したらまずクリーニング。つまり、石や堆積物を除去して生物の特徴を調べられるようにするのが常識ですが、写真の標本は地層を立体的に切り出した状態で、化石が見つかった当時の様子を保存しています。写真の面は地層面(=水平面)で、水流で洗われてさまざまな果実や木材が散在しているのがわかります。化石が地層から見つかる状態を“産状”と言いますが、実はこれが化石研究にとても大事で、この標本の場合、化石となった植物の各部がいちどきにあまり選別されずに流されてたまったことが推測できます。こうした情報は、その植物がかつてどんな場所に生えていたかを知るのに欠かせません。クリーニングが済んだ標本だけからはわからない、こうした情報をいかに残すか。その大事さを改めて考えさせられました。
(生命史研究部:矢部 淳)