| 生きものは何も動物だけでない。しかし、顔をもつ生きものは動物に限られる。では、動物であればすべて顔をもっているのだろうか。 ふだんはあまり考えることもないかもしれないが、顔という部分は体の他の部分に比べるとずいぶん変わったところである。目、鼻、耳、口など、これほどたくさん穴の集まっている部分はほかにはない。また、これらの穴が消化や呼吸、外部からの刺激の受容(図1)と関係していることはわかっているが、どうして左右対称に配置されていなければならないのだろうか。さらに、どうして女性(だけではないかもしれないが)は、これら穴のまわりにいろんなものを塗るのだろうか。実は、これには深い、私たちの遠い祖先の時代からの生存上きわめて重要な意味があると考えられている。 |
図1 |
| 口、それは顔の源! | ||||
目や耳をもたない動物はいるが、口をもたない動物はいない。どんな部品がそろっていれば顔といえるのかはわからないが、どうもこのあたりに顔の成立の秘密が隠されていそうである。 植物のように自ら太陽の光エネルギーを変換してデンプンなどの生活エネルギー源を作り出すことのできない動物は、自分の構造を維持するためにも活動するためにも、外からエネルギー源となる物質を取り込まなければならない。その取り込み口がまさに「口」といわれているところである。 ヒトも他の動物と同様、大昔の単細胞生物に始まり、魚類、両生類、爬虫類、哺乳類の進化段階を経て複雑・大型化し、現在の姿に至ったと考えられている。この進化段階のごく初期、まだ単細胞で水中に浮遊していた頃は、口の位置が体のどの部分にあっても良かったのかもしれない(図2)。実際、水中をゆっくり移動する現生の単細胞動物であるゾウリムシは体の中ほどに口をもつ。ただ、同じく単細胞動物であるアメーバには口らしき構造はない。しかし、アメーバは体のどこに食物が触れても、そこからそれを取り込んで消化できるので、いわば体の全表面が口、といえるかもしれない。私たちの太古の祖先がどのようなタイプのものであったのかは不明であるが、生命誕生の頃の海では、生み出された単細胞生物がそれを生み出した有機物の濃厚なスープの中にどっぷりつかっていた、ということは大いにありうることである。もしそうであれば、まわりがすべて餌であるから、それほど移動しなくても、また、どこに口があっても容易に餌を取り込むことができたであろう。 しかしその後、生物個体がふえ、まわりの有機物を食い尽くし始めた頃から、餌を獲得するために仲間と競争しなければならない状況が生じた。この時、たまたま餌に最短距離で到達し即座にそれを取り込める体制をもった個体が出現すれば、それらはそうでない個体を制して早く増殖できたであろう。つまり、水中での最短距離の到達を可能にする推進装置と左右対称の外形、体の進行方向の側に位置する口、そして移動しながらより早く餌や毒や敵を感知することができる前端に配備された感覚器官、これらを備えた個体が、そうでない個体よりも多くの子孫を残すことができたであろう。おそらく、このように進化した動物の一部が脊椎動物の祖先となったものと想像される。 要するに、私たちの顔の形成は、エネルギーを取り込む口から始まり、進化の過程を経て目、鼻、耳という具合に感覚器官が付け加わることによってなされてきた(表1)、と考えられている。これと同時に感覚器官を統御する脳もその感覚器官のすぐそばで発達し、今日の私たちに見られるような頭もでき上がった。それで、このような進化過程全体を頭形成過程または頭化過程と呼んでいる。 |
図2 |
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| 進化段階 | 摂食器 (呼吸器/感覚器) |
感覚器 | 神経系 | くび | ||
| 口 | 目 | 鼻 | 耳 | 脳 | ||
| 原索動物 [ナメクジウオ] |
触手に囲まれた口、 エラ |
感光色素塊 | (神経索) | |||
| 無鰐類(甲皮類) | 前端下面に口、 エラ(顎骨なし) |
両眼 | 鼻孔一つ(盲管) | 脳 | ||
| 軟骨魚類 | 口、上下顎、歯、 エラ |
両眼 | 鼻孔二つ | 内耳(平衡器官) | 脳 | |
| 肉鰭類 (内鼻孔魚類) |
口、上下顎、歯、 エラ、空気呼吸 |
両眼 | 鼻道が口腔と通じる | 内耳(平衡器官) | 脳 | |
| 両生類 | 摂食専門 | 両眼 | 鼻道は呼吸専門 | 内耳・中耳 (平衡・聴覚器官) |
脳 | |
| 爬虫類 | 摂食専門 | 両眼 | 鼻腔と口腔が区別 | 内耳・中耳 (平衡・聴覚器官) |
脳 | くび |
| 哺乳類 | 摂食と呼吸 | 両眼 (側方視) |
鼻腔構造(嗅覚) 発達 |
外耳道・耳介(集音器) | 脳 | くび |
| 霊長類 | 摂食と呼吸 | 両眼 (前方視) |
鼻腔構造(嗅覚) 退化 |
外耳道・耳介(集音器) | 大脳大型化 | くび |