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 褐藻類における生活史の多様性研究 - なんでもありの海藻の世界 -

北山 太樹
 生活史とは,生まれてから死ぬまで,生物の個体がどのような一生を送っているかを表したもの(環状に表現したのが生活環)である。たとえば動物では,ほとんどが複相(2n) の体に精子と卵ができ,これが受精してもとの姿と同じ複相体にもどる(図1)。 ところが,海藻とりわけ褐藻には変わったパターンの生活史がいくつもみられる。アミジグサのように同形同大の単相体(n) と複相体(2n) が交代するもの(図2)や,マコンブなど単相体と複相体がまったく異なる姿になるもの(図3)のほか,ヒジキのようにn 体が退化し見かけが動物と同じパターンのものもある。
図1 動物型
図1 動物型
図2 同形世代交代型
図2 同形世代交代型
図3 異形世代交代型
図3 異形世代交代型
図4 世代交代無し
図4 世代交代無し

● 褐藻類では,この生活史のパターンが目レベルの分類に用いられるほど重要視されている(図5)。 つまり,褐藻はおおまかに上の3つの生活史型(図2-4)のグループに分けることができる。しかし,このうちムチモ目は,同形世代交代と異形世代交代の両方にまたがっている。この不思議な海藻の生活史を調べると,褐藻が海の中で子孫を確実に増やすために実に複雑でややこしい生き方をしていることが分かってきた。
図5 褐藻類の目の分類
図5 褐藻類の目の分類

多様な配偶様式
多様な配偶様式  褐藻は,受精の仕方も多様である。動物・植物では,精子と卵による受精が普通であるが,褐藻では,雄と雌の配偶子の大きさがほぼ同じ同形配偶をおこなうもの(シオミドロ類クロガシラ類),雌の配偶子が雄の数倍も大きい異形配偶(ムチモ類),雌の配偶子が運動性のない卵で,が葉緑体の退化した精子となっている卵生殖(コンブ類,ヒバマタ類)のすべてがみられ,有性生殖の進化を考えるうえで興味深い。

● ムチモはコンブ類と同じく異形世代交代を行うが,配偶体が大型になる点で異なっている(図6)。この配偶体は生殖器官を観察することで雄か雌かを判定することができる(図7)。雌の配偶体からは雌性配偶子(図8c)が,雄の配偶体からは雄の配偶子(図8b)が放出され,受精(図8a)が行われて接合子(図8d)となる。
図6  ムチモ Cutleria cylindr(ic油a 壺)
図6  ムチモ Cutleria cylindr(ic油a 壺)
図7 ムチモの標本(左が雌配偶体,右が雄配偶体)
図7 ムチモの標本
(左が雌配偶体,右が雄配偶体)

図8  ムチモ の受精
図8  ムチモ の受精
(a. 雌配偶子に集まる雄配偶子 b. 眼点を持つ雌配偶子と雄配偶子 c. 遊泳する雌配偶子 d. 接合子)
図9  ムチモ の単為発生
図9  ムチモ の単為発生.
左:通常の個体群の雌配偶子から発生したもの。殻状体(ムチモの胞子体)になる。 右:雌しかいない個体群の配偶子から発生したもの。直立体(配偶体)になる。

● 各地のムチモ個体群を調査すると,雄と雌が1:1の比を保っているところと,雌ばかりでほとんど雄がみられないところがみつかる。雌が優占する個体群から得られた雌性配偶子を室内で培養すると,受精することなく雌の配偶体へ発生することが観察された(図9)。ムチモは,この雌の配偶子の単為発生能力を用いて無性的に個体群を維持していると考えられる。また,米国産ムチモ標本を調査したところすべて雌であった(図10)ことから,人為的な分布拡大の際,この単為発生能力が大きな役割を持ったことが推測された。
ムチモの生活史(図11)は,褐藻のみならず生物のなかでもユニークであり,現在,雄性配偶子の単為発生(童貞生殖)による個体群維持能力について調査中である。
図11 ムチモの生活史. 配偶子の単為発生や中性複子嚢によるバイパスで複雑化。
図11 ムチモ の生活史. 配偶子の単為発生や中性複子嚢によるバイパスで複雑化。
図10 米国には雌しかいない!
図10 米国には雌しかいない!

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北山 太樹(きたやま たいじゅ)

北山 太樹(きたやま たいじゅ)

菌類・藻類研究グループ

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