■　旧石器時代人骨の形態の再検討

　（１）最近、港川1号人骨のクラニウム（頭蓋から下顎骨を除いた部分）と下顎骨が別個体に属するのではないかという疑問が出されていたが、それは標本における復元の不具合が原因で、修正すればうまく上下顎歯が咬み合い、同一個体に属するものであることを確認した。これは既に日本人類学会機関紙　Anthropological Science に掲載されている （Kaifu,　2007）。

　（２）三次元マイクロCTデータを使った高精度な脳容量推定法を港川人１号頭骨に適用した結果、その脳容量は従来の推定値（1390cc）よりもかなり小さい（1335cc）ことが明らかになった （久保・河野・諏訪,　2006）。さらに、この港川1号のCT画像から作成されたエンドキャストのサーフェスモデルを対象に基礎的な観察と計測を行った結果、港川1号の側頭葉は、現代日本人のものに比べて、明瞭に外側に突出していることなどが示された（久保・河野, 2008）。

　（３）港川人の身長はすでに推定されているが、新たに脊柱と頭の高さを考慮して再推定した （馬場・瀬口,　2007）。

　（４）沖縄の山下町洞穴から出土している旧石器時代の子ども人骨を縄文時代の子ども人骨と詳細に比較した結果、山下町洞人はホモ・サピエンスとして矛盾がないことが判明した （藤田・水嶋・近藤・海部,　2007）。

　（５）これまで比較分析が行われていなかった港川人の下顎骨を、早〜前期も含めた縄文時代人などの下顎骨と比較して、港川人の位置づけについて再検討した （海部・藤田・河野・馬場, 2008）。

　（６）港川人の大腿骨および脛骨の形態的特徴についても、写真計測に基づいて、早〜前期を含めた、より多くの縄文時代人骨と比較することによって、再検討を行なった （藤田・水嶋・近藤・馬場・海部, 2008）。

■　旧石器時代人骨の年代の再検討

　化石人骨の形態は、その推定年代により、全く異なる人類進化学的解釈がなされることになる。これまでに発見されている日本のいわゆる「旧石器時代人骨」の中には、最近、旧石器時代のものではなく縄文時代に属することが確認された人骨もある。日本人の形成過程のシナリオを再構築するには、やはり年代学的な検討をしっかりとしておかなければならない。そのような視点から、本研究プロジェクトでも、新しく発掘した化石の年代推定は言うに及ばず、既出土の「旧石器時代人骨」の年代再検討も行なう。
　この２年では、まず、多元素分析により、港川人骨群の一部は上部港川人骨と年代が重なる可能性を確認した。また、山下町第一洞穴人骨と同遺跡出土シカ化石との相対年代の判定も行なった。（松浦、近藤〔恵〕）

■　旧石器時代遺跡の予備調査

　新しい旧石器時代人骨を発見すべく、2006年3月には日本列島の中では最も多数の旧石器時代人骨が発見されている沖縄を、研究班員全員で訪れ、主要遺跡の巡検を行うとともに、2006年度以降の共同研究の可能性について一部意見交換した。その結果、2006年４月には、班員の一部が再度沖縄を訪れ、古人骨発見の可能性があると思われる宜野湾市「普天満宮洞穴」、南城市玉城堀川「ハナンダー洞穴」、南城市知念「ウージー洞穴」、「ジーブ洞穴」の巡検ならびに石灰岩崖の予備調査を行なった。その結果、人骨化石の産出が有望だと思われたハナンダー洞穴を、2006年11月に再度詳細に発掘調査することとなった。そして、実際の発掘により、２〜３万年前に絶滅したと言われるリュウキュウジカなどの獣骨化石数百点と、ヒトの膝蓋骨1個を発見した。現在、それら化石骨の形態分析ならびに年代推定を進めている最中である。ちなみに、このような発掘・調査を行なう調査団の名称を「沖縄更新世遺跡調査団」とした。
　日本国内での古人骨化石は、これまで、大半の場合が偶然の機会か、あるいは別の目的の考古学的発掘などで発見されることが多かった。しかし、当研究班では、偶然を待つのではなく、積極的に系統の空白を埋めるべく発掘を行なう予定である。このような発掘により、日本人の起源・系統に関する理解が飛躍的に深まるものと期待される。なお、この遺跡発掘調査は、市町村教育委員会や地元の研究者の協力も得ながら沖縄県立博物館との共同研究として推進している。（馬場、溝口、諏訪、海部、河野、石田、西秋、坂上、藤田、山崎）

　これまでに上記ハナンダー洞穴および山下町第一洞穴より出土している更新世シカ類の齢構成比較を行ない、第62回日本人類学会大会でその結果を発表した（尾�ｱ・藤田・松浦・近藤・諏訪、2008）。この分析は更新世人類の狩猟活動を調査するために行なったものであるが、結果として、リュウキュウジカの齢構成は現生の非狩猟ニホンジカ集団よりもかなり高齢に偏っており、山下町第一洞穴で高齢個体がより多かったことが示唆された。また、山下町のシカ化石については、出土位置によって人類活動の影響の多寡がある可能性が指摘された。

■　旧石器時代人と縄文時代人の系統関係分析

　形態に基づく系統・類縁性の分析は、環境因子の影響という大きな問題が必ず付いてはまわるが、DNA解析によって全てが明らかになるわけではなく、特に人類の進化史に関しては形態に基づく知見も依然重要な位置を占めている。本研究班でも様々な着眼点から、形態学的形質を利用して、とくにアジアの旧石器時代人と縄文時代人の系統関係を明らかにしようと試みる。現時点での研究経過は以下のとおりである。

　（１）マハラノビスの汎距離を使ったクラスター分析にブートストラップ確率を与える計算プログラム、ならびに「ティピカリティ確率（ある標本個体がある集団の一員である確率）」を推定する計算プログラムを開発した。実際にこれらのプログラムを使って縄文時代人とアジア・オーストラリアの旧石器時代人の類似関係を再検討し、2007年6月に開催された第21回太平洋学術会議におけるシンポジウムでその結果を発表した。（溝口・馬場）

　（２）港川人と縄文時代人の眉間部の表面三次元形態をレーザー数値化システムにより数値化し、主成分分析によって検討した結果、港川人特有の形態と港川人・縄文人時代人共通の特徴を量的に明らかにすることができた （佐宗・松川・諏訪,　2006）。

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