ヤリガレイの大変身

執筆:星野浩一

ヒラメやカレイの仲間は、体の片方だけに両目があるという、脊椎動物(せきついどうぶつ=背骨をもつ動物)の中でもユニークな特徴があります。よく、ヒラメの表、裏という言い方をしますが、両目のある方が表側、目がない方が裏側です。どちら側が表か裏か、種類によってほぼ決まっています。例えば、ふつう、ヒラメ科やダルマガレイ科では左側が表、カレイ科などでは右側が表です。しかしヒラメやカレイの仲間たちも卵からかえった直後はふつうの魚と同じように、体の両側に目が一つずつあります。ところが、かれらは成長の途中で、片方の目が反対側に移動するという大変身をとげるのです。その目玉の移動の様子がよくわかる標本がありますので紹介します。

写真はヤリガレイというヒラメの仲間(ダルマガレイ科)の仔魚(しぎょ=稚魚より前の段階の子供)の標本です(体長64.7mm)。ヤリガレイは成魚(おとなの魚)では体の左側に両目がありますので、体の左側が表、右側が裏です。右目は成長の途中で左側に移ります。この標本では、右目はまだ左側に移っていませんが、すでに移動をはじめています。左側(表)からとった頭の拡大写真を見ると、黒くてまるい左目の上に、反対側にある右目がうっすらと透けて見えます。この写真と頭の右側の拡大写真とを比べると、右目は左目よりずっと高い位置にあることがわかります。


ヤリガレイの仔魚。体長 64.7mm。


またこの仔魚では、体は不規則な模様で彩られ、体の上下に翼のように背びれとしりびれが広がっています。頭から上にむかってリボンのようにのびるのは、背びれの第2鰭条(きじょう=ひれを支えるスジ状の器官)です。おまけに、おなかから下にむかって、腸と肝臓がおおきく飛び出しています。これらもヤリガレイの仔魚に見られるおもしろい特徴です。ヤリガレイは成魚ではやや深い海の底 (70-300m) に住んでいますが、仔魚は海の中に浮いています。伸びた鰭条や飛び出した内臓は、水の抵抗を増やすので体を水に浮かべるのに都合が良いと考えられています。



ヤリガレイの仔魚の頭部(左側)


写真2:ヤリガレイの仔魚。体長 91.0mm。

次に、これもヤリガレイの仔魚ですが、前の写真よりも成長が進んだ段階のもの(体長91.0 mm)です。右目は頭の上を超えて左側に移ろうとしているところです。右目の上に前向きに角のように突き出しているのは背びれの前端部です。右目はこの下を通って左側に移るのです。また、体の不規則な模様は目立たなくなり、背びれとしりびれも狭くなっています。背びれの第2鰭条はずっと短くなり、腸と肝臓は飛び出し方がずっと小さくなっています。



ヤリガレイの成魚。Amaoka (1969) より。

この図は、ヤリガレイの成魚です。左側に両目があり、背びれの鰭条は短く、腸と肝臓はお腹の中に収まっています。このようにヤリガレイは仔魚の時期に、背びれの第2鰭条が伸びて腸と肝臓が大きく飛び出るものの、成長にともなって第2鰭条が短くなり、飛び出した腸と肝臓は体の中に引きこまれ、おまけに右目が反対側に移動するという大変身(変態)をとげるのです。