ハネカクシ談話会ニュース No. 10
The Newsletter of the Staphylinidological Society of Japan, No. 10

2000年2月14日発行
The Newsletter of the Staphylinidological Society of Japan
ハネカクシ談話会ニュース No. 10
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ヤ99年度採集会の報告
(1998年10月30(土)〜31日(日)埼玉県両神村両神山周辺)
 燃え立つような紅葉の中、土曜日は好天に恵まれ、参加者は各々に手頃な採集地を見つけては成果を上げていたようです。野村は午前中から三国峠へ登り、土を採りました。夕刻、両神登山口の一軒宿、両神山荘に集合、夕餉には山の幸が並びました。夕食後は野村がお約束のスライド供覧を行い、大峰山のヤマトヒラタシデや皇居のハネカクシ調査状況を報告しました。ここ両神山荘は登山者が一堂に会する場所なので、夜更けになってもにぎやかで、あちこちから話し声が聞こえてきます。こちらも負けじと、本格焼酎の高級ブランド「伊佐美」(渡辺さん提供)を片手にハネカクシ談義に花を咲かせました。毎年思うことですが、ハネカクシ談話会の採集会は、酒よし、食べ物よし、温泉よし、紅葉よしと、採集のロケーションに非常に恵まれています。
 翌朝、別の部屋の人が我々の部屋の押入にちん入し、上田さんにつまみ出されるなどという椿事があったりもしましたが、朝食後宿の前で記念撮影をし、それぞれの体力に適ったコースで採集を行うことになりました。標高1,250mほどまで登ったところにカモシカの新しい死体が落ちており、くさい虫が好きなハネカクシ屋連中はまるでシデムシがむさぼる如く、死体にわらわらと集まってはハネカクシやシデムシを採集しました。この日は昨日ほど天気は良くなくて、中腹より上は雲におおわれ、時折霧雨の降る空模様でしたが、多くの人が清滝小屋付近まで行ってそれぞれに楽しい採集を行うことができました。今回お世話いただいた豊田さんには厚く御礼申し上げます。次回は、神奈川、静岡方面を予定しております。多数のご参加をお待ちしております。

参加者(順不同):上田康之、豊田浩二、新井志保、島田孝、小田博、渡辺崇、岸本年郎、直海俊一郎、野村周平.(野村 記)
右:両神山荘前での記念撮影
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世界&日本のアリヅカムシ近況 ヤ99

 日本国内のアリヅカムシ愛好者はこの数年確実に、しかもかなりの勢いで増加している。これは世界的にも驚くべき状況であり、アジアでは突出した存在となっている。新千年紀を迎えた世界と日本のアリヅカムシ状況を展望してみよう。

1.Besuchet (1999)の分類学的整理
   スイスジュネーブ在住のClaude Besuchet博士は数年前に退官されたが、アリヅカムシの研究は継続しておられ、昨年、いくつかのアリヅカムシの属について、分類学的整理を行われた:
Besuchet, C. (1999) Ps四aphides pal斬rctiques. Notes taxonomiques et faunistiques (Coleoptera Staphylinidae Pselaphinae). Rev. suisse Zool., 106(1): 45-67.
 この論文には日本をはじめとするアジアのファウナがかなり含まれており、我々にとっては見逃すことのできない非常に重要な仕事となっている。この内容は多岐にわたっているが、日本およびアジアに関連の深い部分を以下に紹介する。
1)アシベアリヅカムシの含まれるBarbiera属はベトナムから記載されたB. frontalis Jeannelをタイプ種としており、北朝鮮、日本などからも知られていたが、台湾からRaffray(1914)が記載したProsthecarthron属のシノニムであることが判明した。また、アシベアリヅカの学名は従来Barbiera palpalis (L喘l)として知られていたが、前記属のタイプ種であるP. sauteri Raffrayのシノニムであることが明らかになった。
2)Motschulskyがインドカルカッタから記載したBryaxis clavataはTrissemus属に含まれることがわかった(再記載あり)。そしてこのTrissemus clavatus (Motschulsky)は、
B. Melin氏によって沖縄本島で、灯火によって多数得られている。したがってこの種は日本から初めて記録されることとなった。本種は京都から記載されたT. antilope (Raffray) ヒゲブトエンマに酷似するが、触角球桿部(雄の二次性徴)と雄交尾器の形状(右図)が異なることによって区別される。
3)インド東部から記載されたMetaxis Motschulsky, 1851(Tyrini, Tyrina)のタイプ種他1種を調査したところ、本属はTyrus Aub, 1833のシノニムであることが明らかになった。同じくインドベンガルから記載されたPselaphini族のCallithorax Motschulsky, 1851と、その置換名であるCallithoracoides Strand, 1928はいずれもMentraphus Sharp, 1883のシノニムであった。
4)Pselaphinae亜科のタイプ属であるPselaphusは、大変多様な群であり、分類学的にも混乱を極めている。属を決めるのに重要な形質である小顎肢第4節の形状もさまざまで、いくつかの群に分けられるが、タイプ種のP. heisei Herbstでは第4節は他の種のように細長くなく、従来Pselaphoxysと呼ばれていたものと同じタイプである。中国から書かれたDicentrius chineus Li et Chenは本属に含まれるのが適当。
5)従来、Dicentrius属のシノニムとされてきたPselaphogenius Reitter, 1910はDicentrius属のタイプ種であるD. merkliiと比較したところ、全くの別物であり、独立属として取り扱うのが妥当。これにより、日本産の19種も今後再びPselaphogenius属として取り扱われることになる(次項参照)。なお、従来Pselaphogenius属とされてきた主にヨーロッパ産の17種はAfropselaphus属に含まれるのが妥当。

2.日本産アラメヒゲナガアリヅカムシ属の研究
 Nomura(1998)は「日本産Dicentrius属の分類学的研究第1部」として、対馬および五島産のアラメヒゲナガアリヅカムシ属を検討したが、先のBesuchetの措置により日本産の種はPselaphogeniusに戻されたため、「日本産Pselaphogenius属の〜」と表題を改め、再度第1部から研究を開始した。Nomura(1999)はその第1部として九州西部の本属を検討し、長崎から知られるP. debilis (Sharp) アラメヒゲナガアリヅカに加えて、4新種shintaro タラダケ〜(佐賀県多良山系経が岳)、seihiensis セイヒ〜(長崎県西彼杵半島)、shimabaranus シマバラ〜(島原半島、多良山系)、および patrius マツウラ〜(佐賀県西部、北部および長崎県松浦半島、平戸島)を記載した。この内、マツウラは雄交尾器中央片先端および内部骨片の形状が地理的に細かく変化する。さらにNomura(2000)は第2部としてP. paradoxus K. Sawada サイゴク〜(和名新称)を検討し、本種が瀬戸内海をとりまく地域に広く分布し、以下の4亜種(内2新亜種)に分けられるとした:P. p. paradoxus K. Sawada (原名亜種 基準産地 比叡山:滋賀、京都、大阪、兵庫);ssp. magnioculatus K. Sawada, stat. nov.(基準産地 秋吉台:中国地方、隠岐、四国高縄山、西九州を除く九州本土全域);ssp. iyonis Nomura(愛媛県皿が嶺、小田深山);ssp. chiyokoae Nomura(佐賀、福岡県境の脊振山地西部;亜種小名はアシナガグモの権威であった、故大熊千代子博士にちなむ)。

3.国内各地のアリヅカムシのリスト
 一昨年から昨年にかけて、以下に示すようないくつかの地域のアリヅカムシ目録が作成された。埼玉県嵐山町の甲虫目録の中で12種のアリヅカムシが記録された(豊田,1998)。この地域のファウナは豊田、新井両氏が継続して調査中で、面白い記録が続々追加されつつある。山形県(鳥海山秋田県側を含む)では52種が記録された(野村・櫻井,1998)。東北地方北部で県単位でまとまった記録としては初めて。尾瀬地域のアリヅカムシ23種が記録され、その垂直分布が示された(野村,1998)。高緯度地域、および高山ではアリヅカムシの種数はきわめて少ない。燧ヶ岳山頂(2,345m)で採集されたBryaxis属未記載種は、現在の所、我が国で最も高標高で得られたアリヅカムシである。福島県(吾妻山山形県側を含む)のアリヅカムシがまとめられ、67種が記録された(野村・田添,1999)。本県の地形、植生の多様さと自然林がよく保存されていることを考えると、まだ20〜30種は追加できると考えられる。ちなみに本報告には15種がカラー写真で掲載されており、アリヅカムシの報文(図鑑を除く)としては画期的である。
<引用文献>Besuchet, 1999. Rev. suisse Zool., 106(1): 45-67; Nomura, 1998. Mem. natn. Sci. Mus., Tokyo, (30): 29-35; Nomura, 1999. Bull. nat. Sci. Mus., Tokyo, ser. A, 25 (4): 259-268; Nomura, 2000. Mem. natn. Sci. Mus., Tokyo, (32) (in press); 豊田浩二,1998.寄せ蛾記,(89): 2583-2646; 野村周平・櫻井俊一,1998.山形昆虫同好会会誌,(27): 1-10; 野村周平,1998.尾瀬総合学術調査団編,尾瀬の総合研究:591-600;野村周平・田添京二,1999.ふくしまの虫,(18): 47-54.
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注目!ハネカクシ談話会のホームページを作ります!!

 さまざまな学会や昆虫同好会でインターネット上にホームページ(正しくはWEBサイトと呼ぶ)を開設することは今や珍しくなくなりました。インターネットはさまざまな情報を瞬時にやりとりできる恐ろしくも優れたメディアであることは万人が認めるところでしょう。本会でも情報交換を円滑にし、海外への情報発信を容易にすることを目的にホームページの作成にとりかかることにしました。この構成としては次のようなものを考えています。

1)ハネカクシ談話会の紹介:会の目的、構成、活動内容などを公開。
2)ハネカクシ談話会ニュース:ハネカクシ談話会ニュースのバックナンバーを公開(文字情報のみ)。
3)日本のハネカクシ研究者:会員の紹介ページ。個人のホームページにもリンク。
4)アジアのハネカクシデータバンク:会員が公開したいハネカクシ情報を掲載。

 実は枠組みはすでにほとんどできています。そこで、会員の皆さんには3)の会員紹介と4)のデータバンクに掲載する情報を募集します。会員紹介頁の書式は下の枠内の通りとします。この書式を使ってワープロ、パソコンで打ち出すか、電子メールで野村まで(nomura@kahaku.go.jp)お送り下さい。量が多い場合はフロッピーディスクを添えてお送り下さい。手書きでも結構ですが、打ち直すのがちょっと辛いです。名前と連絡先、研究対象だけでも結構ですが、ポートレート(顔写真)がホームページには欠かせませんので是非お送り下さい。ポートレート(又は何らかの画像)は紙焼きかデジタル画像(JPEG:1枚1M以内)でお送り下さい。
 データバンクはさまざまな利用の仕方があると思います。分類群ごとに部屋を設けますので、それぞれの分類群の種のリストや、写真(画像)集、系統樹などどんな情報でも掲載できるよう努力します。
 折角の情報交換の場ですので、積極的にご利用下さい。あまりまめに更新できないと思いますので、なるべくこの機会をご利用下さい。公開を希望でない項目はご記入いただかなくても結構です。3月一杯までに届いたものを掲載することにしたいと思います。どうか宜しくお願いします。

 1)氏名: 読み: 欧文表記:
 2)所属機関(もしあれば):
   欧文:
 3)連絡先:
 4)研究対象:
 5)論文、業績:
 6)メッセージ:
 7)リンクを希望する個人のホームページなどのURL:
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ハネカクシ関係論文・報文情報

 最近なかなかこの欄の記事が集まらず困っています。毎年、1年間の分をとりまとめてお知らせいただける方もおられるのですが。会員の皆さん全部へ広報する場ですので、是非ご活用ください。今回、貴重な情報、資料をお寄せいただいた平野幸彦さん、尾崎俊寛さん、大桃定洋さん、秋田勝己さん、小田博さん、誠に有り難うございました。昨年同様、「月刊むし」誌の回顧記事もご覧下さい。

<分類・総説>
保科英人(1999a)日本産タマキノコムシ科Pseudocolenis, Pseudoliodes両属の分類学的諸問題.甲虫ニュース,(125): 5-7.
保科英人(1999b)日本産コケムシ科Cephenniini族の分類学的諸問題.甲虫ニュース, (126): 5-8.
森本桂・保科英人(1999)日本産デオキノコムシ科3種についての覚書.甲虫ニュース,(125): 7-8.
<地方ファウナ関係>
小田博・南部敏明(2000)グリーンスクール敷地内の甲虫類.埼玉動物研通信,(33): 10-12.(アリヅカ1, 他ハネカクシ8)
廣川典範(1998)佐賀県多久市の甲虫類と蝶類など.佐賀の昆虫, (32): 127-130.(シデ少数)
廣川典範(1999)嘉瀬川ダム建設による水没予定地の甲虫類.佐賀の昆虫, (33): 195-207.(ガムシ10, エンマ1, タマキノコ1, ハネカクシ3)
西田光康(1998)佐賀県西部の河口付近で得られた甲虫.佐賀の昆虫, (32): 71-78.(コガタガムシ含ガムシ10,シデ1, オオツノハネカクシ含ハネ2, アリヅカ2)
藤本博文(1999)能古島で記録された甲虫類.新筑紫の昆虫, (6): 17-38.(ガムシ7, タマキノコ1, チビシデ1, シデ3, ハネカクシ24.カーネット採集品有、専門家が同定。力作!)
平野幸彦(1998a)続・神奈川の甲虫XVII.神奈川虫報,(121): 1-15.(各科の種数再チェック)
平野幸彦(1998b)続・神奈川の甲虫XVIII.神奈川虫報,(123): 15-25.(同上)
平野幸彦(1999)神奈川県産甲虫類の分析.神奈川虫報,(125): 11-17.(甲虫各科種数の比較)
みちのく野生生物調査会(1999)甲虫類.鰺ヶ沢スキー場拡張計画に係る自然環境影響調査(生物関係)報告書:83-96.(シデ1, ハネ1)
工藤忠ほか(1998)青森市田代湿原昆虫相調査(1997〜98年)調査結果.Celastrina, (34): 45-72.
斎藤勝雄・高橋雄一(1998)仙台市青葉山の昆虫について その2.インセクトマップオブ宮城, (8):32-36.(シデ2)
佐藤光一ほか(1999)栃木県産甲虫分布資料(8). インセクト, 50(1): 45-54.(ダルマガムシ4ほか)
秋田勝己(1998)和歌山県古座川町平井で得た甲虫類.南紀生物,40(2): 195-197.(3科20種)
秋田勝己(1999)美杉村倶留尊山亀山峠で得た甲虫.ひらくら,43(1): 6-7.(デオキノコ6種)
<分布:ハネカクシ科(アリヅカ含)>
吉田進(1998)八王子市でヒメヒゲブトアリヅカムシを採集.神奈川虫報,(123): 26.
野村周平(1999)上杉博物館館蔵標本目録(76)米沢市立上杉博物館所蔵のアリヅカムシ標本について.ファウナ・ウキタム,(64): 546.(3種)
新井志保(1999)日本産Tympanophorus属(ハネカクシ科)について.甲虫ニュース,(126): 11-12.
緒方靖哉(1999)1996年に九重山塊で採集した諸甲虫類.新筑紫の昆虫, (6): 44.(エゾアリガタ)
<分布:シデムシ、タマキノコ>
永幡嘉之(1999)上杉博物館館蔵標本目録(75)日本産シデムシ.ファウナ・ウキタム,(64): 539-545.(オサシデ含む22種)
平野幸彦(1999)キバマルタマキノコムシ平倉の記録.甲虫ニュース,(125): 13.
<分布:エンマムシ、ガムシ>
豊田浩二・尾崎俊寛(1998)本州初記録を含む青森県産セスジガムシ類2種.甲虫ニュース,(123): 9-10.
芳賀馨(1999)クロアリヅカエンマムシを福島県塙町で採集.甲虫ニュース,(125): 12-13.
野村周平(1999)五島福江島と壱岐で採集した水生甲虫.新筑紫の昆虫,(6): 39-40.(ガムシ10)
<生態関係>
平野幸彦(1998)コクロチビシデムシの一生態.神奈川虫報,(123): 25.(ミズキの樹液)
高橋敬一(1999)トラックトラップで採集された石垣島の昆虫類.おとしぶみ,(19): 4-16.(トラックトラップ=カーネットによる昆虫の採集結果。重要!)
<その他>
平野幸彦・岸一弘(1997)第4節第3区第3号・第4号井戸址から出土した昆虫遺体について.神奈川県茅ヶ崎市「上ノ町・広町遺跡」:863.(オオヒラタシデムシ)
大桃定洋(1999)第11節寺野東遺跡から出土した昆虫遺物について.栃木県埋蔵文化財調査報告第208集「寺野東遺跡IV」: 87-94.(エンマ4, クロツヤハネカクシ)
盛口満(1999)昆虫記 57〜63. 飯能博物史,自刊,Nos. 346〜352.(飯能市付近のアリヅカ数種)
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実体顕微鏡は何を使うか?

 実体顕微鏡(ビノキュラ)は小型甲虫の研究に欠かせないものですが、その性能が良く理解されないままに巷に出回っているようです。普及してきたとはいえ、高価なものであり、買い損なったら大損をすることになりますので、性能をよく吟味して買いましょう。ここではどのような顕微鏡が微小甲虫の研究に適しているのか紹介してみます。
 かなりキャリアを積んだ研究者でも、国内メーカーO社やN社製の上級機種(SMZシリーズとか)を使っている方を時々見かけますが、実はこれらはどうしようもない欠陥品で、微小甲虫を研究する人は絶対に使うべきではありません。その性能のまずい点は大きく2点あります。一つは解像度が非常に悪いということ。これら上級機種ではズーム機能を付加するために光学系の途中に余分なレンズが挟まっています。光が通過するレンズの枚数が多いほど、解像度が犠牲になるのがその理由です。逆に学生実験用の普及機種にはズーム機能が付いておらず、レンズの枚数が少ないために解像度がずっとよいという皮肉な現象が起こっています。野村は今までの研究のほとんどをこの普及型の固定倍率のビノキュラで行ってきました。私が見た中で、ズームでも解像度が十分良いのはライカ社(昔のウィルド)の上位機種ですが、これは極端に高価です。
 もう一つの問題は焦点深度です。微小甲虫はだいたい真ん中が盛り上がった立体的な形をしていますから、焦点深度が浅いと非常に観察しづらい。本来、実体顕微鏡というのは立体構造を観察するためにあるのですから、焦点深度が浅いと何にもならないわけです。ところが前述の機種ではどうしようもなく浅い。普及機種で見てみると、上位機種で見たときよりもフラットに見えますが、これはむしろスケッチしやすいという利点でもあります。しかしこれとても写真が撮れるほどではない。どんな高級な実体顕微鏡でも立体的な微小甲虫の全形図が撮影できるほどには焦点深度が深くありませんから、顕微鏡写真撮影装置などは無用の長物です。この点、最近急速に発達してきた拡大接写用CCDカメラは焦点深度が非常に深く、うまく使えば実体顕微鏡の弱点を補ってくれます。最近はテレビにつないで家庭でも使える普及型が出ています(Vixen社)。
 写真撮影でも大いに言えることですが、このような微細な構造の観察ではライティングが重要な要素となってきます。実体顕微鏡の落射照明装置は一見便利なようで、実は外付けの照明ほど役に立ちません。実体顕微鏡に適した照明装置は決定版がなく、非常に困るものですが、野村はHAYASHIのLuminar Ace-50Tという機種を使っています。このようなフリーアーム式のライトガイドがついた照明装置はモリテックスが先駆者でしたが、前後にかさばり、アームが硬いという欠点がありました。前述機種はこれを何と立てて使うことができ、コンパクトで、アームの動きもスムーズです。ただ、冷却装置の音がうるさいのは他と同様です。微小甲虫を長時間顕微鏡で観察する際には余り光を強くせず、眼に優しい光量で観察することも大切です。
 以上まとめると、上位機種ではライカ、普及機種ならばN社でもO社でも許容範囲。照明装置は決定版なしというところで、それ以上のことは透過型顕微鏡や電顕を使うべきでしょう。なお、野外観察用のニコン「ファーブル」という機種が出ており、最近光源なしの普及版も出ましたが、これは光源がついてる方がずっとスグレモノです。以上、かなり独断に満ちた評価もあったかも知れませんが、ご参考まで。
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ハネカクシ類情報いろいろ

1.ダルマガムシとガムシのカタログ
 デンマークのMichael Hansen博士がまたもや大冊の本を2冊立て続けに出版されました。“World Catalogue of Insects”と題されたこのシリーズで、第1巻が現在ではハネカクシ上科に含まれるダルマガムシ科Hydraenidaeで、第2巻がガムシ上科Hydro-phyloideaです。第3巻以降ではムクゲキノコムシ科Ptiliidaeやキスイムシ科Crypto-phagidaeが予定されているそうです。ダルマガムシ科はウィーンのJ劃h博士らが活躍しており、総種数1163種に上っています。ガムシ上科も2803種を数えています。日本ではダルマガムシをやる人は少ないようですが、吉富博之氏が鞘翅学会の雑甲虫分科会で、Ochthebius属を総覧し、8種とされました。野村はまだ増えると思っていますが如何?
 上記2冊の値段と注文先は以下の通り:第1巻 290DK(1デンマーククローネ≒16円);第2巻 690DK;注文先 Apollo Books: Kirkeby Sand 19, DK-5771 Stenstrup, DENMARK; Phone +45 62 26 37 37, Fax. +45 62 26 37 80.

2.Sociobiology 34巻2号にKistner博士他好白蟻性ハネカクシ4論文
 ニュース9号で紹介したDavid Kistner博士がSociobiology誌34巻2号(1999)に共著を含め4本の論文を掲載されています。この号は表紙からして、博士夫妻の採集におけるスナップ写真で飾られており、Kistner特集号となっています。この4版はいずれも記載文が多くを占める分類の論文ですが、これらの間に“Color insert for the Indo-Australian termitophile fascicule”と題したカラープレートが挟まっており、これは今までなかなか図示されることのなかった好白蟻性ハネカクシの生態写真と採集風景をカラー写真で紹介しています。その珍奇な形、色、生態はかなり風変わりなものも見慣れたはずの我々でさえ釘付けにして放さないものです。所載4論文の表題は以下の通り:
Kistner, D. H. Revision of the genera and species of the termitophilous tribe Pseudo-perinthini.
Kistner D. H. & A. F. Newton. A new genus and species of termitophilous Osoliinae from Thailand with notes on its behavior and that of associated termitophiles.
Kistner, D. H. Revision of the Perinthina of the Australian and Oriental faunal regions.
Jakobson, H. R. & D. H. Kistner. A new genus, new species, and new records of termitophilous Corotocini from Australia and the Orient with a discussion of their relationship to others in the Australian, New Guinean, and Indo-Malayan Areas.

3.東アジア産コケムシのチェックリスト
 中国遼寧省の李景科氏がテキサスのS. T. OヤKeefe博士との共著で書かれた東アジア産コケムシのチェックリストを紹介しておきます。表題出典は以下の通り:
OヤKeefe, S. T. & J.-K. Li (1998) Review of the Scydmaenidae (Coleoptera) of Eastern Asia, with particular reference to Scydmaenus, and description of the first Scydmaenid from Hainan Island, China. J. New York Entomol. Soc., 106(4): 150-162.
 これによると、ロシア東部、北朝鮮、韓国、中国、日本及び台湾から97種のコケムシが知られているそうです。日本に産するものはそのうち30種です。多少の分類学的変更もあり、Scydmaenus debilis SharpがMicroscydmusへ移され、Franz, 1976が書いたS. honshuensisはnomen nudumとされています。
 最近コケムシをやるという元気のいい若者が出てきたようですが、まだまだ道は遠いぞ。けれどもそれだけにやりがいがあるでしょうね。

4.「ふくしまの虫」18号がすごい!
 昨年暮れ、福島虫の会の斎藤修司さんから会誌「ふくしまの虫 創立20周年記念号(18号)」が送られてきたのですが、そのボリュームにびっくり!A4版2段組にも関わらず160頁に達していました。その中身を見てまたまたびっくり!ハネカクシ関連の報告が目白押しです。以下に関連記事をご紹介します。
斎藤修司他4名.1999年福島虫の会調査会報告(南会津郡下郷町)(ガムシ8、ダルマ1、エンマ3,タマキノコ3,シデ6,ハネカクシ39但イトヒゲニセマキ、デオキノコ含) ;野村周平・田添京二.福島県のアリヅカムシ(吾妻山山形県側を含む)(前頁で紹介); 大桃定洋.県南地方の甲虫分布資料(その7)(ガムシ、エンマ、タマキ、シデ、デオ); 水野谷昭三.中通り南部の水生甲虫について(ガムシ10);斎藤修司.福島市摺上川上流域の甲虫分布資料(その5)(ガムシ2、ムクゲキノコ1、コケ1,ハネカクシ8、アリヅカ3);島野智之.福島県のシデムシ類の記録(II)(チビシデ6,シデ14、ツヤシデ1、鬼穴(石灰洞)で採集された生物目録、ミヤマチビシデの電顕観察があり重要);福島虫の会「小鳥の森」調査班.「福島市小鳥の森」とその周辺地域の昆虫(ガムシ2、エンマ1、シデ5、デオ1、ハネ2);短報:水野谷昭三.屋内で発見されたチビシデムシ(ヒレル);同.中通り南部山地のクロツヤシデムシ(西郷村);同.県南地方におけるマークオサムシの現状(ヤマトモンシデの情報).
 広範な記録は大変結構ですが、特定昆虫群の記録を捜す人にとっては大変かも。蛇足ながら宮本さんの「トラップ大作戦」はノムラホイホイそのものです。

5.丸山トラップ、バージョン2!
 クロクサアリにつく好蟻性ハネカクシの独創的なトラップを考案された北大の丸山宗利氏は、昨年の鞘翅学会大会ではさらに新たな好蟻性ハネカクシトラップを報告され、会場を唸らせました。これはクロヤマアリなど、固い地面に深い孔を掘って巣を作るアリに対して用いるものです。これらのアリの巣の入口に素焼きの植木鉢を伏せておくそうです。するとアリは植木鉢の底の穴を入口とするように上方へ移動し、結果として巣全体が地上へ引っ越してくるので、容易に好蟻性甲虫が採集できる、というわけです。条件が良い時だと1ないし2時間で採集できるようになる、とのことでした。丸山氏はアリの専門家からこの方法を教わったそうですが、この着想のすばらしさにはやはり唸らずにはおれませんね。

6.シデムシ研究の近況
 昨年の学会ではシデムシ生態の研究発表が目につきました。ヨツボシモンシデがハエとの競争に勝利すること(佐藤綾ほか、昆虫学会大会)や、ツノグロモンシデがヨツボシモンの埋葬した餌を横取りするという(鈴木誠治・片倉晴雄、昆虫学会大会)説は注目されます。労働寄生するというコクロシデの生態についても詳しく見直されています(永野昌博ほか、地表性談話会)。一方海外ではSikesらによるモンシデの分子系統樹が構築され、注目を集めています。Nishikawa(1999: Elytra, 27(2): 551-552)はヒラタシデムシ族雄後けい節先端の形状に多型があることを報告しました。
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 ハネカクシ談話会ニュースNo. 10 (2000年2月14日発行)発行責任者:野村周平
 事務局:〒260-8682 千葉市中央区青葉町955-2 千葉県立中央博物館 直海俊一郎
(TEL: 043-265-3111; FAX: 043-266-2481)
 幹事: 直海俊一郎(千葉中央博),野村周平(科博),岸本年郎(東京農大)
年会費500円(2000年度から)郵便振替にて払込下さい。
加入者名:ハネカクシ談話会;口座番号:00170-2-145635
関西支部事務局:〒666-0116 兵庫県川西市水明台3-1-73 林靖彦(TEL: 0727-93-3712)
 関西支部幹事(川西市:林靖彦);(八幡市:伊藤健夫)

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