ノムラホイホイの歴史

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奄美大島で使用された腐肉性ハネカクシ類採集のためのノムラホイホイ



※ここで掲げた内容は、発行者の許可を得て、コガネムシ研究会和文誌「鰓角通信」に掲載された野村周平(ノムラホイホイの発案、開発者)の著作を一部抜粋、転載したものであり、許可なく引用、転載することを禁ずる。

 ノムラホイホイのような採集容器または採集法のようなものは従来なかったわけではありません。下の図を見てください。これは1948年に、パリの国立自然史博物館で作業員をしていたGuy Colasという人が著した"Guide de l'entomologist"(昆虫学入門)という採集法の本に掲載された類似の方法です。ボトル状の容器に熟した果実などを入れ、コガネムシ類、カミキリ類、コメツキ類を誘引する、というようなことが書かれています。



1948年初版のフランスの昆虫採集法の本(左)に描かれたノムラホイホイ類似の採集法


 また、ノムラホイホイの開発以前にも、日本で類似の方法が昆虫採集法として、あるいは害虫の駆除法として行われていました。下の写真は、林野作業の飯場で害をなす恐れのあるスズメバチ類を捕殺するために、作業の人たちが設置した「スズメバチホイホイ」と呼ばれる装置です。

 スズメバチホイホイは2リットルくらいのペットボトルの上方に逆さのコの字型の切れ目を入れて、その部分を上に曲げ、ボトルの中にグレープジュースを入れて、スズメバチのいそうなところに吊下げておく装置です。このようにするとスズメバチは甘い臭いに引かれてペットボトルの中に入り、うまく出られなくなって、グレープジュースの中で溺れ死んでしまう、というものです。これは日本各地の林野作業や林道工事の現場に見られるものです。子供たちが自然体験をするような場所を管理する人には是非知っていて欲しい、そしてよりよく利用して欲しいものです。



林野作業の飯場に吊るされたスズメバチホイホイ


 しかしノムラホイホイはこれら2つの例とはまったく別に生み出されました。1994年頃、九州大学農学部昆虫学教室で助手をしていた野村周平は、数年前からゲンゴロウなどをはじめとした水生甲虫の採集にうつつを抜かしていました。採集現場は、佐賀福岡県境に沿って広がる脊振(せふり)山地の湿原地帯でした。この一角からは当時九州本土ではほとんど採れなくなっていたゲンゴロウやクロゲンゴロウが採れる、ということで地元の採集家の注目を浴びていました。野村は、当時昆虫学教室の学生であった舘卓司君(現九州大学講師)らとともに脊振山地へ通っては、水生甲虫の採集にトライしていました。
 当時大型ゲンゴロウ類の採集法としては、大きな網ですくうのが主体でしたが、野村は鶏レバーなどを使ったベートトラップもよく使っており、脊振山地で実績も挙げていました。しかし、他の地域でペットボトルを容器として使った採集で成功したというニュースを聞きつけ、自分でも試作し、使ってみることにしました。えさは煮干が良いということも聞き及んでいました。
 ちょうどその頃、昆虫学教室では、九州大学の移転先となる福岡市西区元岡の環境調査の一環として昆虫相調査を行うことになりました。ここは現在(2010年)、伊都キャンパスとして九大の一部がすでに移転し、授業や研究なども行われています。この調査を行うにあたり野村は、試作したペットボトルトラップにいろいろなえさを入れて、いろいろな昆虫を誘引してみてはどうだろうかと思いつきました。それでとりあえず、手に入りやすいバナナを買ってくるように、当時の学生であった小島弘昭君(現東京農大准教授)に頼みました。
 この、ペットボトルをちょん切って、バナナを放り込んだだけのトラップを元岡の山中に数日間放置しておいたところ、夜行性のカブトムシやクワガタムシだけではなく、昼に野山を飛び回っているカナブンやシロテンハナムグリも採集することができました。これをきっかけにして、バナナだけではなく、他のえさも試してみることになったわけです。



ノムラホイホイが誕生した九州大学移転予定地(1994年当時)の景観


 その後さまざまな試行錯誤を経て、材料となるペットボトルは透明だが、できれば暗い色で塗装したほうがよい、できれば目立たない色にしたほうがよい、ということがわかってきました。これは明るいところを嫌う虫が夜間に入った場合、朝になっても逃げ出さない効果があります。また、他の人によるいたずらを防ぐ意味もあります。
 そのような経験から現在では、茶色と濃緑のスプレーラッカーで、迷彩色に塗装するようにしています。このように、多くの試用経験から、より効率的なノムラホイホイの仕様や使用法が開発されてきました。これらの経緯は、野村著、「究極のトラップ 正続」(新筑紫の昆虫所載)に解説されています。
 ただ、どうしても素材や加工材料の制限から、克服することが難しい欠点も浮かび上がってきました。その一つが、大変にかさばることです。多数のボトルを使いたいときには、現地への搬入にはかなりの労力を要します。それで最近では、2リットルのボトルと1.5リットルのボトルを重ねるようにして、体積を半減しました。

 ノムラホイホイが1994年に誕生してから16年が過ぎましたが、まだ虫をとりたい人々に十分に普及したとは言いがたいようです。また、16年を経た今でも新たな問題が浮かび上がってきて、改善した、改善しなければならない点も多々あります。
 さらに最近になって、新たなえさを試してみる必要性を感じるようになりました。試してみるといっても、新たなえさを仕入れてきてボトルに入れて放っておくだけではダメで、適当な場所に適当なタイミングで設置回収を行い、なおかつ成果をあげなければ形にはなりません。
 そのような、未だ開発段階にあるものではありますが、虫をとりたい人々に普及し、いろいろと試されることによって新たな改良、新たな展開が生まれてくるものと信じて、この場を借りてこれまでの経緯と現時点での状況をご披露するにいたったものです。

 以上、説明してきた事柄についてはその大部分を以下の報文中に発表していますので、こちらを参照いただければ幸いです。

<参考文献>
池田浩一・野田亮・大長光純(1997)福岡県豊前市におけるシカ糞の消失に及ぼす糞虫類の影響.第108回日本林学会講演要旨集,O-105.
村山輝記(2002)ペットボトルトラップを利用した玄海灘・西海地域のクワガタムシの生息調査について〜一般採集法を併用した採集結果〜.鰓角通信,(4): 19-30.
野村周平(1995)究極のトラップ.新筑紫の昆虫,(4): 87-104.
野村周平(1996)「究極のトラップ」その後.新筑紫の昆虫,(5): 71-82.
野村周平(1998)千葉県船橋市におけるクロカナブンの大量発生.月刊むし,(323): 42.
野村周平(2000)多目的ベイトトラップ.馬場金太郎・平嶋義宏編「新版昆虫採集学」,九州大学出版会,福岡市,p. 406.
野村周平(2001)子どもに開放したいほど豊富な甲虫.国立科学博物館皇居調査グループ編「皇居吹上御苑の生き物」,世界文化社,東京,pp. 168-175.
野村周平(2003)採集法解説シリーズ[7] ノムラホイホイ.鰓角通信,(7): 45-51.
野村周平・野田亮(1998a)ペットボトルを利用したトラップ「ノムラホイホイ」(前編).ルカヌスワールド,(7): 5-9.
野村周平・野田亮(1998b)ペットボトルを利用したトラップ「ノムラホイホイ」(後編).ルカヌスワールド,(8): 12-15.

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