スミレ
Viola mandshurica W. Becker
スミレ科 離弁花 多年草
分布 北海道〜九州
高さ 5〜20cm
花の時期 3月下旬〜6月

スミレはひとつの種を表すと同時に世界に400種あまり、日本に56種もあるスミレ類の総称でもある。(以下、総称として用いる場合は「すみれ」と書く。)すみれは、地下茎の形や太さ、葉の形はさまざまである。しかし、花茎や柄の先にぶら下がるように横を向いて咲く花の姿や、上側に立つ2個の上弁、左右に開く2個の側弁、そして一番下の短い管(距という)をつけた唇弁という花の基本的な構成は変わらない。だから、何すみれかは分からなくても、花を見れば誰でもすみれであることはすぐ分かる。すみれという名は、唇弁の距を大工道具の「墨入れ」に見立ててつけられたものだとされる。すみれは地上に茎がない無茎種と地上に茎をもつ有茎種の2つのグループに分けられる。無茎種において花をつける長い柄は花茎と呼び、茎とはいわない。

スミレは無茎種のひとつで、太くて長い黄褐色ないし黒褐色の根があり、葉は細長く長さ2〜9cm、基部はハート形にならず、葉の柄に流れてせまいひれをつくること、花は大きくて直径1.2cmほど、色は菫色でほかのどの種よりも濃い紫色であることが特徴。においはまったくない。花のあとに出る夏葉はぐんと大きく、葉身はせまい三角形で長さ15cm、幅7cm、葉の柄は20cmにもなる。

すみれは種類によって、生育範囲がほぼ決まっているが、スミレは分布域が広く、全国的にあるし、中部地方でいえば低地から1,500mの高原にまで及ぶ。生育地は日当たりのよい草地がふつうだが、乾燥した道ばたやアスファルトのすきまにも生える。花の時期のスミレなら、花の色や大きさに加えて側弁の基部に毛があることを確かめればよい。夏から秋にかけては、ひれのある葉の柄と基部が三角形状にはり出した葉身が決め手。

すみれは、短歌や俳句には盛んに登場するが、それがどの種をさすのかは見当がつかない。『万葉集』によまれた「春の野にすみれ摘みにと来しわれそ 野をなつかしみ一夜寝にける」(山部赤人)のすみれは無茎種のスミレかノジスミレか、あるいは有茎種のタチツボスミレかは分からない。

「山路来て何やらゆかしすみれ草」

は有名な松尾芭蕉の句。「ゆかし」とは何となく心がひかれる意である。翁の足を止めたすみれは何だったのであろうか。このことに興味を抱いたある植物写真家が10年ほど前、この句のよまれた同じ時期に、京都の伏見から大津までを芭蕉のたどった山路を歩き、それが有茎種のタチツボスミレであることを確かめたというエピソードがある。「手に取るなやはり野におけすみれ草」というわけではないが、すみれはやはり自生地での鑑賞が主流のようで切り花として出まわることもないし、スミレの園芸品種も少ない。花が大きくて淡紅色に紫色のすじの入ったシロガネスミレ、葉に紅白のすじの入ったニシキスミレ、八重咲きのコモロスミレ、葉が赤味を帯びたミョウジンスミレが知られるくらいである。園芸植物としてのすみれは、ヨーロッパ原産のニオイスミレやパンジーにかなわないということだろう。ただ、すみれ愛好家の間では、全国的な組織がつくられていて盛んに栽培され、展示会も催されていることはいうまでもない。18世紀前半の江戸時代につくられた動植物の図譜『東莠南畝識』にはすでにスミレやタチツボスミレが描かれており、庶民の野生すみれ志向には古い伝統があることが分かる。 スミレは中国東北部や北部、朝鮮半島にも分布し、漢方ではほかのすみれとともに紫菫地丁と呼び、解毒や鎮痛に使われる。乾燥品を煎じて飲んだり、生の葉をもんで患部につけて用いる。日本ではスミレの薬効はあまり知られていないようだ。無茎種のすみれのなかに同じように濃紫色の花を咲かせる低地のノジスミレやヒメスミレがある。ノジスミレの茎や葉にはビロードのように細かい毛があり、側弁には毛はないし、ヒメスミレは葉の柄にひれがなく、花はひとまわり小さい。