利根川博士は「抗体を作り出す遺伝子が、組みかえられて使い回しされているのかもしれない」と考え、まだ抗体をもたない生まれる前のマウスの遺伝子と、大人のマウスの遺伝子(マウスのがん細胞の遺伝子が使われました)とをくらべていきました。研究はしばしば深夜にまでおよびました。バーゼルに来てから4年の後、いよいよ研究の成果を発表する時がやってきました。
 壇上に上がった利根川博士は次のように述べました。「抗体は白血球の一種であるB細胞によって作られます。その形はYの字を立体的にしたような感じですが、Y字の先端部分に、病原体などの侵入者をそれぞれ別個に見分けるところが存在しています。その部分の遺伝子を調べたところ、生まれる前のマウスでは、遺伝子がいくつもの小さな配列に分かれてつながれていました。ところが大人のマウスでは、遺伝子が動いていて必要なものだけが完全に一つの配列を作っていました。抗体の遺伝子は、成長するに従ってダイナミックに動いて組みかわり、その組み合わせの数だけ抗体を作り出していたのです。このやり方だと、1000個ほどの遺伝子で100億種以上の抗体が作り出されることもわかりました」。
  予定時間を大幅に過ぎた30分の発表の後、会場は拍手の渦となりました。シンポジウムの主催をつとめ、利根川博士の長い講演時間を許可してくれたジェームズ・ワトソン博士が「おめでとう。たいへん良い発表だった」と利根川博士の成果をたたえました。36歳の若い日本人研究者がノーベル賞に限りなく近づいた瞬間でした。