43歳という若さで突然ノーベル賞化学者に押し上げられてしまった田中さん。若いだけでなく、田中さんは博士号をもたない「民間会社の研究員」でした(受賞決定当時)。その受賞の陰には、数知れない後押しがあったようです。受賞決定後のインタビューで田中さんは「ある科学者から自分の研究について詳細に聞かれていた」と告白しています。田中さん自身は研究費のための調査などだと思ったようですが、その科学者を通じてノーベル賞受賞の是非が調査されていたようです。また、受賞の決め手となった田中さんの論文が、同じ手法を開発していたドイツグループの論文よりも一か月投稿が遅かったことが明らかにされました。このとき、ドイツグループは自分たちの技術が田中さんの発明を参考にしたことをフェアに明記していました。この真摯な姿勢もまた、田中さんのノーベル賞を後押しするものとなりました。
 「ノーベル賞はなかったことにして、今まで通り好きな研究を続けたい」。受賞決定後、田中さんはこのように語っています。研究一筋の田中さんは、島津製作所が提案した重役への道を断り、フェロー(上級の研究員)という立場で研究を続けることを希望しました。「日本の製造業はもっと自信をもっていいと思います。私自身、新しいタイプの分析装置の開発を終え、近々発表することになっています」と今後の研究への意欲がうかがえました。

参考資料
書籍・雑誌
朝日新聞報道記事
日経新聞報道記事
日経サイエンス2002年12月号


ウェブ
島津製作所

http://www.shimadzu.co.jp/aboutus/ms_r/index.html
nature japan
http://www.naturejpn.com/redirect/toc.php?id=45