2011-07-22

「東日本大震災被災標本レスキュー活動」 − 藻類標本の救出


東日本大震災被災標本レスキュー活動 − 藻類標本の救出

 平成23年3月11日午後2時46分に、宮城県沖で発生した東北地方太平洋沖地震(観測史上最大のM9.0)は、その直後に大津波を引き起こし、太平洋沿岸の市町村を中心に甚大な被害をもたらしました。

 東北地方の太平洋沿岸域にあって、このたびの地震、津波等の影響を受けた博物館、科学館、水族館等施設は多数に及び、建物がほぼ壊滅し、職員全員が亡くなられた施設もあります。多くの貴重な標本が、海水や泥をかぶった状態になりました。

 現在、被災の現地において復旧・復興に向けての作業が進められる中、被災した博物館等の施設から標本を救い出し復元する「標本レスキュー」が始まり、日本中の様々な博物館から職員が現地にむかい作業に当たっています。国立科学博物館の職員も、被害にあった様々な分野の標本についてレスキュー活動の協力を行っています。

 NEWS展示「東日本大震災被災標本レスキュー活動」で紹介中の内容をより詳しく紹介いたします。今回のホットニュースでは、中でも藻類の標本レスキューについて、植物研究部の北山太樹研究主幹が担当した活動について紹介します。現地でのレスキュー活動や、標本を受け入れてからの洗浄・修復の作業など、当館が行っている標本レスキューについて詳細を報告します。


海藻標本を保有していた被災館

 太平洋沿岸の東北4県(青森、岩手、宮城、福島)にまたがる広域かつ大規模災害であるために現在もなお情報が充分とはいえませんが、当事者や関係者の方々の熱意と尽力により、震災当時に海藻標本を収蔵していた博物館や科学館の被災状況が少しずつ明らかになっています。

 これまでに判明したところでは、岩手県の山田町立鯨と海の科学館(岩手県下閉伊郡山田町船越7-50-1)、陸前高田市立博物館(岩手県陸前高田市高田町字砂畑61-1)が海藻標本を保有し、甚大な被害を受けました。いずれの館も岩手県内であることから、震災直後から岩手県内の博物館施設の被災状況の調査に着手していた岩手県立博物館が、両市町自治体の教育委員会からの救援要請を受け、標本資料の救出支援を行っています。

 海藻標本は顕花植物などとともに植物標本に含めて扱われるため、同館で植物を担当されている専門学芸員、鈴木まほろ氏が窓口となり、現地捜索から修復依頼まで獅子奮迅の作業が行われました。陸前高田市博物館の被災植物標本については、全国29機関に修復作業の分担が依頼され、各地で計約7000点が修復されました。岩手県立博物館から各機関へ標本が発送される過程で、海藻標本が約300点含まれていることが判明したため、残っていた約180点が国立科学博物館に送られ、その修復作業を担当することになりました。

 また、山田町立鯨と海の科学館の海藻標本については、救援要請が出される以前から現地スタッフの手によって修復作業が進められていましたが、県内に海藻の専門家がいないことから、現地での標本の修復方法についての指導要請が岩手県立博物館を通して国立科学博物館へ出されました。依頼を受け、当館植物研究部北山太樹研究主幹が5月24日と6月29日に山田町入りし、現地視察、標本の発掘、標本修復作業等の指導、標本修復・整理に必要な物資の支援を行っています。

 岩手県以外の被災した博物館にも海藻標本が残っている可能性があり、いまも情報を収集中です。


■海藻標本とは?

 海藻は、アオノリ、テングサ、ワカメなどのような食用藻も含まれる、海中に生育する大型の藻類です。陸上植物と同様、基物に定着して光合成を行って生活する生き物ですが、系統分類学上は、緑藻(アオサ藻)、紅藻、褐藻など異質な生物グループを含んでいます。「海藻」という呼び方は便宜的な言葉で、自然な分類群を指すものではありません。

 海藻の標本には、主に陸上植物(維管束植物)と同じ形態の標本である@押し葉標本と、海産動物で一般的にもちいられるA液浸標本との2種類があります。両者で作製の方法・保存方法がまったく異なるため、救出・修復にあたってもそれぞれに適した方法が必要になります。

@押し葉標本
 押し葉標本は、海藻の藻体を台紙に載せ、吸水紙に挟んで重石で圧しをかけながら乾燥させて得られる標本です。ただし、陸上植物と異なり、海藻はもともと海水のなかで生活し体のほとんど(95%以上)が水でできているために、その乾燥には大量の段ボール板と扇風機の使用が不可欠です。とりわけ日本では、湿度が高い季節があるために、古くから圧しをかける前に水道水で洗いながら塩分を除くことが行われています。

 今回、津波の被害に遭った押し葉標本は、両館とも1枚1枚、ビニール袋で保護されていたことが幸いし、海水に直接浸かることを免れたものが少なくありませんでしたが、ビニール袋の内部まで海水が侵入してしまった標本では、海藻と台紙に深刻なカビが発生していました。しかし、大部分の標本は、バットのなかで真水に5分程度浸けておくことで塩分を除き、毛筆などで表面のカビや泥を落とすことにより、かなり修復することができました。真水から引き上げたあとは、通常の海藻標本作製と同様に、さらし布、吸水紙(または新聞紙)、段ボール板の順に重ね、最後に重石を載せて圧し、横から扇風機で風を送って乾燥しました。

A液浸標本
 海藻の液浸標本には、動物標本で使われるようなマヨネーズ瓶が使われます。固定液はアルコールではなく、ホルマリンを海水で5〜10%に調整した固定液を使用しています。瓶は強靱な蓋で密閉し、ラベルは耐水性の紙で作成し瓶のなかに同封されています。そのため、海水や泥に埋まっても、瓶が破損しない限りは藻体も標本情報も無事である場合が多く、今回被災した山田町立鯨と海の科学館の液浸標本の多くは土砂に埋まりながらも内部の藻体は良好な状態で発掘されています。ただし、割れてしまうとホルマリン液が漏れ出し、救出作業を難航させる原因となりました。