2010-09-24

海に棲んでいる哺乳類たちについて知ろう!“海棲哺乳類の多様性―東アジア沿岸域の現状―”


海棲哺乳類から何を、どう学ぶか?---海棲哺乳類 の研究とこれから

○ ストランディング個体調査による海棲哺乳類のリスクファクター評価
日本沿岸には海棲哺乳類が漂着するという現象が、年間約300件以上起こっています。国立科学博物館ではここ10年、こうした漂着個体を調査・研究して、様々な成果をあげてきました。漂着個体の死因または漂着原因を解明することを目的に、病理学的に研究が進められています。多くの情報を得て初めて、その原因の一端を解明できることが多く、膨大なデータの蓄積が重要視されています。最近では、寄生虫感染と環境汚染物質の蓄積に相関性があることが明らかとなって、海棲哺乳類を取りまくリスクファクター(危険因子)には、1)感染症;細菌、ウイルス、真菌、寄生虫、2)身体的外傷;船との衝突、混獲、外敵、3)新生児および哺乳期個体が母親とはぐれること、4)環境汚染物質による影響、5)疾病などが挙げられます。1個体の中でこうしたリスクファクターは、複雑に絡み合っている場合もあるため、それぞれの個体に隠されたファクターを十分に評価して、死因や漂着原因を特定していかなければなりません。海棲哺乳類を脅かす新しいリスクファクターは現在でも世界中で発見されており、有害藻類の大量発生はそのうちのひとつでありますが、太平洋東側沿岸ではすでに深刻な問題となっています。日本周囲に棲息する海棲哺乳類の被害状況を把握するために、漂着個体の調査を進めています。このような研究成果によって、海棲哺乳類の保全に貢献できることを目指しています。

○ 日本沿岸にストランディディングしたスナメリの化学汚染モニタリング
小型歯鯨類のスナメリ(学名:Neophocaena phocaenoides)は、沿岸での活動が多く、棲息環境の破壊、混獲、汚染物質の曝露など、人間活動の影響を受けやすい種類と考えられています。実際に、日本沿岸に棲息するスナメリについても個体数が減少していることが報告されており、その原因の一つとして環境汚染物質による内分泌かく乱作用が疑われています。鯨類は海洋生態系の高次に位置して、代謝力が弱く体内に脂皮と呼ばれる脂肪組織をもつことから、残留性有機汚染物質(POPs)を高蓄積することが知られています。一方で、近年、電子・電気製品、繊維製品等に使用されているポリ臭素化ジフェニルエーテル(PBDEs)やヘキサブロモシクロドデカン(HBCDs)などの臭素系難燃剤(BFRs)による環境汚染が社会的・学術的関心を集めています。BFRsとは、家電製品や建築材料、室内装飾品などの生活用品を燃えにくくするために用いられる物質ですが、一部のBFRsはPOPsと同様に、生物蓄積性や生体毒性があるために、環境や生物に対する影響が懸念されています。欧米を中心に、BFRsによる環境汚染は多数報告されているものの、日本沿岸に棲息する鯨類については、汚染の実態や蓄積特性、経年的な推移などの情報は限られています。そこで現在、瀬戸内海および大村湾で漂着/混獲したスナメリの脂皮を対象にPOPsやBFRsを分析して、化学汚染の実態と蓄積特性、経年変動の解明の研究が進められています。

○ 海棲哺乳類から何を,どう学ぶか
国立科学博物館では、様々な制約がありますが、現状の許す限り海棲哺乳類の標本収集を行っています。各自の研究は進めなければなりませんが、他方、世界中の研究者の要請に応えられるように、展示目的に提供できるように、メディアの要請に応えられるように、標本を収集しています。伝統的には収集標本は骨格でした。しかし、現在では分子生物学、形態学、病理学、汚染物質解析など、多様な研究領域でも活用できるような軟部組織の標本や情報をも収集する努力を行っています。「珍しい種」を重視しすぎないような努力もしています。「当たり前の種」は、時代を追って状況が変化し、時に棲息状況の再生が不可能になることもありえます。博物館は、良質なデータセットを伴った良質な標本を残さなければなりません。それによって、標本の価値が高められます。標本が様々な研究機関の様々な領域の研究者によって、可能な限り幅広く活用されることを期待しています。

監修・協力  山田格 国立科学博物館 動物研究部 脊椎動物研究グループ長
参考文献
国立科学博物館国際シンポジウム2010   海棲哺乳類の多様性―東アジア沿岸域の現状― 資料集
National Museum of Nature and Science International Symposium 2010 Diversity of Marine Mammals―Along the Asian Coasts